第5話 母と娘
「もうメイったら、友達が来てるなら最初からそう言ってくれればいいのに」
「お母さんも、帰ってくるらなもうちょっと早く連絡くれてもよかったんじゃないかな?」
改めて葉島家の広い居間にきた俺たちは、数人程度で座るには大きすぎるテーブルに座ってそわそわしていた。
そして目の前にいる大女優、葉島凪子さんの付き人たちが俺たちにアイスティーを入れてくれる。
どうやら彼女の付き人たちは、この家の使用人でもあるらしく手慣れた様子で部屋の掃除などを始めていた。
「私は葉島凪子、この子のママよ。気軽に凪子さんって呼んでほしいな。それで、君たちはメイのお友達?」
確かに傍から見ればおかしな組み合わせだろう。
娘と歳が近い異性に、一回り以上歳が離れているように見える女の子。
髪の色が違うので兄妹とごまかすのは無理があるだろうから、ある程度は本当のことを話すしかない。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私はリブラと申します。メイにはいつもお世話になっております」
「あら、外人さんなのね! どおりできれいな髪だと思ったわ!」
かわいい女の子を目の前にしている空か凪子さんのテンションはかなり高い。それともこれが素なのだろうか。
そう考えていると、今度は俺の方へと目が向けられたので俺もそれらしく挨拶をする。
「自分は水嶋蓮と言います。葉島さんとはクラスメイトで、いつもお世話になっています」
「あらご学友? なら後で話を聞きたいな、メイがいつもどんな風に過ごしてるのか」
「ちょっとお母さん!」
笑顔で前のめりになって話す凪子さんを葉島が目力で止めていた。さすがに恥ずかしいのだろう。というか、こんな葉島初めて見た。
「それにしても、メイに友達がいたなんて。この子ったらいつも根暗だから、私と大樹さんも心配してたんだけどこれなら大丈夫そうね。わざわざ日本に帰ってきた甲斐があったわ」
娘の元気な姿を見られたことに満足したのか、凪子さんは一息つきながらアイスティーに口をつけていた。
「帰ってくるなら連絡くらいよこしてくれればよかったのに」
「ふふ、驚いたでしょ。私は常に新鮮さを求めている女よ? これくらいのことで呆れてもらってちゃ困るわ」
これがいつものやり取りなのか、逸れても今日に限って無駄にテンションが高いのかはわからなかったが、とても賑やかな人だなと俺は思った。
「いつまで日本にいるの?」
「それが悲しいことに後三時間くらいでアメリカに行かなきゃいけないのよ。フランスの映画の撮影がついさっきクランクアップになって、そして明日から別のハリウッド映画でクランクインするハードスケジュールだからね、空いている間にメイに会おうかなってわざわざ日本に一度帰国したのよ。あ、ちなみにどっちも主演よ」
俺には想像もつかないが、それは相当疲れているのではないだろうか。でも合間を縫って娘に会いに来ているのだから、とても家族のことが大好きなんだなということはいやでも伝わってくる。
「あ、斎藤さん、この後のスケジュールに空きを作って。大樹さんにも会いに行きたいから」
「了解しました」
そう言われ斎藤さんと言われた人は、めちゃめちゃ高速でスマホをいじっていた。俺でもあれほどのフリップ操作はできない。若々しいしガタイもいいので、きっとボディーガードのようなこともしているのだろう。
「それでメイ、学校は楽しい?」
「まあ、ちょっとは楽しいかな」
チラチラと、俺たちの方を見ながら葉島がそう答えた。その様子を見て、なぜだか俺たちも微笑を浮かべてしまう。
「ふーん、仲がいいのね、あなたたち」
そぅいいながらテーブルに手をついて立ち上がった凪子さんは俺の方へと歩み寄ってきた。
「え、えっと」
「すこしいいかしら」
そう言った凪子さんは俺の顔を至近距離でのぞき込んできた。
「お、お母さん!?」
葉島も困惑しているようで思わず叫ぶように母の名前を呼ぶ。
凪子さんはそんな声に構わず、俺の顔を見続ける。顔というよりは俺のめをじぃっと見ていた。不思議な対抗心が湧いた俺は負けじと凪子さんの瞳を見て、目を離さなかった。
「ふふ、いい目をしているわねあなた。どう、気が向いたら映画に出てみない? もちろん、エキストラでね☆」
そう言って俺に名刺を差し出してきたので、俺はとりあえず受け取っておく。ばっちりメールアドレスも載っていたので、葉島に確認して後で登録でもしておこう。
「それはそうと、さっきまで何してたの?」
「ああ、私が水嶋君に料理を教わって・・・」
「料理って、メイが?」
なぜか凪子さんは顔をしかめた。どうやら、自分の娘の料理の腕を知っているらしい。
「斎藤さん、キッチンの様子を見てきて。もしかしたら火がくすぶっているかもしれないわ」
「了解しました、すぐに人を向かわせます」
斎藤さんは耳に手を当て指示を出す。おそらく小型の無線機を耳に着けているのだろう。さながらボディーガードみたいだと思ってしまった。
「ちょっとお母さん、それどういうこと!?」
「この前だって、油を水で増やそうとしたでしょ。あれ危ないんだからね!」
いったいどんな場面だったのか想像したくもないが、一つわかったことがある。
葉島が時折見せる天然は、どうやら母親から譲り受けたのだろう。女優の娘が音痴なのはさすがにどうかと思うが、それも含めて親子ということだろう。
「確認したところ特に異常はないようです。それどころか以前見た時よりきれいになっているとの声が」
「ほ、ほんとに?」
凪子さんは信じられない顔をして葉島の方を見ていた。
「ええ。どうやら水滴一つついておらず、食器やシンクもピカピカに磨かれているようです。それどころか、冷蔵庫の中にチンすれば食べられる作り置きの定食があると」
「え、何それ水嶋君?」
先ほど凪子さんが帰ってきたとき、俺は率先して食器の後片づけを行った。キッチンを使わせてもらったお礼として、葉島家のキッチンをこれでもかというくらいピカピカにしておいたのだ。もう少し時間があったら、今の倍くらいは輝かせられる自信がある。
さらにカルボナーラを作る際に余った卵を使って、葉島のためにいくつか作り置きの料理を冷蔵庫の中に入れておいた。
さすがに卵だけではあれなので、冷蔵庫の中にあった食材を拝借させてもらったが、停職と言っていいくらいにはなっていると思う。
「と、こんな感じです」
「ありがと水嶋君、お夕飯楽しみにしておくね」
「ああ、ピーマンは入ってないから安心しておけ」
俺の料理の腕を知っている空か、葉島は嬉しそうににやついていた。ちなみに葉島の好き嫌いは、この前昼飯を作った時に大体把握したので抜かりはない。きちんとピーマンは避けておいた。
「あなた、見かけによらずハイスペックなのね」
顔を引き攣らせた凪子さんは呆れるように言った、そば付きの斎藤さんも感心したように9俺のことを見ていた。
「凪子様、それに加え相当鍛えているようです。もしかしたら私より・・・」
「え、うっそ!」
話を聞くと、斎藤さんは空手の黒帯所有者で、相当な腕前を持っていうるようだ。そして俺はそんな人物たちに目をつけられたらしい。
「あなたのこと、よく覚えておくわね」
そう言って凪子さんは部屋の外へと歩きだす。どうやら時間のようだ。
「次いつ帰れるかはわからないけど、その時はたくさんのお土産を持ってくるからパパと一緒に過ごしましょうね。水嶋君も、また会えることを楽しみにしているわ」
そう言って凪子さんは葉島邸を後にした。俺たちは脱力したかのようにみんなでため息をついた。
「き、緊張したー」
大女優ということもあってオーラがやばかった。俺はあまり彼女のことを知らないが、今度映画を見てみようとひそかに決めた。
「ほんとだよ、余計なことばっかり・・・」
葉島は口をとがらせて、凪子さんが使っていたコップを片付けようとしていた。
「それじゃ、俺たちもこの辺で」
「うん、ありがとね二人とも」
「メイも、また誘ってくださいね」
想定外のことがあったが、夏休みらしく友達の家に遊びに行くのも存外悪くないと改めて思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます