第7話 魔物

 魔物




 異世界では脅威的な存在として有名であり、毎年多くの死者を生み出しているという。


 異世界での死因で最も高いのが魔物に起因するものだという。


 異能力を使える部隊が殲滅しているらしいが、一向に数が減らず国王含め多くの民が苦労しているのだとか。


 リブラも異世界にいたころは討伐任務にあたっていたこともあり、交戦経験も通常の異世界人よりは豊富に培われている。だからこそ、その脅威を知っている。




「いったいどうやってこちらの世界に!?」




 リブラが息をのんだ瞬間、目の前の化け物が俺たちを切り裂こうと直線的に飛んできた。


 俺は咄嗟にリブラを抱え、バックステップで回避する。


 風を切り裂くような音が聞こえたかと思うと、俺たちが先ほどまで立っていた場所には大きな爪痕が刻まれていた。あれにあたっていたら、いくら身体強化をした俺でもただでは済まないだろう。




「リブラ、一体どうすれば!?」


「え、ええ、とりあえず一匹だけのようですし、油断せず倒し・・・いえ殺します」




 人間とは違い交渉の余地すらない相手、それが魔物。リブラは焦りを押し殺し、冷静に、あるいは冷酷に目の前の相手を見据えていた。


 それほど警戒しなければいけない危険な相手ということだろう。




「レン、頼っても?」


「ああ、任せておけ」




 俺は異能力を発動し、目の前の狼を見据える。


 体長はおよそ三メートルほどで、牙や爪が夜の中でもきらりと光っている。俺を噛み殺そうと、再び跳躍の構えに入っていた。その瞳は、獲物を逃がすまいと強い殺意を込めて細められている。




同調コネクト・・・インストール』




 俺は最低限の身体強化をする。今までは一気に身体能力を挙げるせいで反動が大きかったが、ここ最近の戦闘でようやく繊細な加減ができるようになった。ウィッチと戦った恩恵だ。




「グルァァ!」




 狼が俺の首に向かって一直線に飛んできた。口を大きく開き、首を嚙み千切ろうと差し迫る。


 俺は慌てることなくギリギリのタイミングでサイドステップを使って躱す。そして狼がまだ空中で停滞している無防備な背中に、思いっきり手刀をたたき込んだ。




「バウッ」




 狼は横向けに倒れ込みしばらく痙攣した後動かなくなった。殺すまではいかなかったが気絶にまでは持ち込めたようだ。




(そんなっ・・・)




 だが俺は戸惑いを含んだ複雑な心境で、地面に倒れ込んだ魔物を見ていた。俺は先ほど、体を切り裂き真っ二つにするつもりで手刀を放ったのだ。実験で半径十五センチほどの木ならば抉り切れることは確認済みだ。


だが魔物の皮膚が硬すぎて弾かれてしまった。それどころか俺の手も鈍い痛みがほとばしっている。恐らく手の骨に罅が入っているのだろう。


俺は痛みを押し殺し、リブラの方を見る。




「とりあえず倒せてよかったです」




 リブラが胸をなでおろして俺の方へと小走りで走ってきた。だがその表情は浮かなく、苦虫を嚙み潰した表情で倒れている狼を見ていた。




「どうしてこの世界に魔物、が・・・」




 ジャッカルウルフというのがこの魔物の呼び名らしい。ここ数日で目撃されていた化け物というのは間違いなく異世界の魔物だったのだろう。




「な、なあリブラ、これって一匹だけ・・・だよな」


「え、ええ、レンに感知できないのなら少なくとも仲間はいないはずです」




 生き物の多くは群れで行動する性質を持っている。もしこの魔物が絶滅危惧種で異世界に一匹しかいないなら話は別だが、他の個体が存在するのはリブラの表情と言葉からして確定だろう。




 もし、この世界に他にも魔物が放たれていたら?


 ほぼ同時に、俺たちの脳裏に最悪の展開がよぎった。この凶悪な化け物が、果たしてこの個体一匹だけだと言い切れるだろうか。


 少なくとも攻撃が効きにくい相手、何体も相手にしたくない。




「どうする? 葉島たちを呼ぶか?」




 こうなってしまった以上俺たちだけで対処するのは難しそうだ。一度みんなで町を見回りするくらいではないとこの町の安全の保障はない。


 遭遇したのが俺たちだからよかったが、一般人は簡単に殺されてしまう。俺も異能力がなかったら間違いなく死んでいただろう。




「・・・そうするしかなさそうですね。私の方でも、あちらの世界に呼びかけましょう」




 この世界に魔物が出たとなると、リブラの世界としても黙っているわけにはいかないようだった。もしかしたら力を貸してくれるかもしれない。




「こいつはどうする?」




 俺は目線を先ほどの狼に向ける。さすがにこのままここに放置するわけにもいかない。人を襲う危険があるとわかった以上、倒した俺にも責任があるだろう。




「向こうではテイマー系の異能力を持つもの以外、魔物と馴れ合うことはできません。基本的には殺処分です」




 殺処分と聞いて複雑な心境になってしまう。この異能力では、できれば命を奪いたくなかった。ガイアとも殺し合いのようなことをしているが、俺はできるならば対話で解決したいのだ。


 そんな心境を読み取ったのか、リブラは俺の前に出る。




「レン、辛いのなら私がやります。さあ、後ろを向いていてください」


「・・・頼む」




 情けないが命がなくなる瞬間を俺は直視することができなかった。きっとそれは、これからも続くだろう。




変身メタモルフォーゼ




 リブラが異能力を使用する。おそらく自分の腕を鋭利な刃物に変えたのだろう。




 ザシュッ




 そんな音とともに血の匂いがあたりを漂い始めた。きっと首をはねたのだろう、命の気配がなくなるのを俺は感じ取ってしまった。




「さあ、もう振り向いてもいいですよ」


「いや、振り向けって言われても・・・え?」




 リブラに裾を惹かれ仕方なく振り向くと、そこに先ほどの魔物の姿はもうなかった。


 いや、あるにはあったのだ。だが青い粒子になりながら少しずつ分解されていく。




「こちらの世界でも、消え方には変わりないのですね」




 リブラがそう呟くのが聞こえた。推測するに、魔物というのは命が尽きた途端、青い粒子になって消えてしまうのだろう。現に狼の姿はもうほとんど消えかけ、地面に一日と一緒に空気へと溶けていく。




「とにかく、一度ここを離れましょう」


「ああ、そうだな」




 俺は異能力で自分の手を直しながら、もと来た階段を上がっていく。


 先ほどの感覚が、俺の肌から離れることはなかった。






   ※






「ごめん、寝てた」




 身長が平均よりも圧倒的に低くて薄い銀髪色の髪をなびかせる少女。普段はあまり見ない私服に包まれた彼女は開口一番にそう言った。




「いえ、呼び出したのはこちらですので」


「そうですよ、無理やり呼んだのはこっちです。いきなり呼び出してごめんなさい、遊香先輩」




 俺の目の前には交流のある数少ない先輩、服部遊香が立っていた。




 異能力者でもない璃子を誘うわけはなく、俺たちは葉島と遊香先輩に声をかけた。


 葉島は用事で抜けることができそうにないとのことだったが、時間に余裕のある遊香先輩が助けに来てくれたのだ。


 ちなみに夏休みに入ってからは会っていないので、俺としては結構久しぶりに会った気がする。




 ちなみに、優香先輩は昼夜逆転の生活を送っていたらしく、つい先ほど起きたばかりだそう。




 ・・・本当に進路関係のことを進めているのだろうか?




「それで、その魔物って奴が暴れているから、かっこよくて頼りになる僕の力を借りたいんだっけ?」


「ま、まあ概ねそんなところです」




 遊香先輩の調子に慣れないのか、リブラはいつもこんな感じだ。遊香先輩の浮ついた調子にリブラが振り回されるのは見ていて少しだけ楽しいと感じるものがある。




 かつて異能力の相性からリブラキラーと命名したことがあったが、もしかしたら異能力以外でも適性があるのかもしれない。




「とりあえず私はこれ以上異能力を控えたいので、戦闘は主に二人になるかと。ですが、それ以外のことは任せてください」




 どうやらリブラが俺の代わりに索敵をしてくれるようだ。リブラの頭には異能力でアンテナのようなものが立っており、俺たちに敵意を向ける相手をすぐに見つけてくれるそうだ。


 ガイアなどの異能力集団にも警戒しながら、俺たちは三人で夜の街を歩いていく。




「最初は郊外の方に行ってみようか」




 今回は葉島がいないので、地道に地上を歩いていくしかない。時刻はすでに23時を回っており、もし見回りの大人や警察に見つかってしまえば補導の対象になってしまう。


 ただ俺も含めて索敵をしているので、よほど注意を怠らない限りそれは避けることができるだろう。




「それで、その魔物っていうのはそんなにやばいの?」




 まだ魔物と遭遇していない遊香先輩は俺たちにそう聞いてきた。それを答えるのは俺ではなくリブラだった。




「はい。私たちの世界では魔物は最大の脅威として認識されています。毎年多くの死者が出ますし、魔物の手によって死んでしまった同僚も少なくありません。とにかく、この世界にまだ魔物がいるのなら今まで被害が出ていないことの方が奇跡なんですよ!」




 リブラは魔物の脅威を何度も体感してきたのだろう。言葉には今まで以上に熱がこもっており真剣な雰囲気がそれを押し上げる。事は一刻を争うのだと、俺たちに強く主張していた。




 俺と遊香先輩は気を引き締めて周りを警戒しながら歩いていた。さすがに町全部を見回るのは不可能なので、人気がないところや目撃証言があったところをしらみつぶしに探す予定だ。




「なんか肝試しみたいだね」




 遊香先輩がそう言いながら俺の隣を歩いている。


 そんな言葉に少しだけ気抜けして、何も起きないでくれと祈りつつ夜の中を歩くのだった。


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