第16話 かけがえのないもの

 時刻はすでに四時を回っていた。


 俺の学校はとっくに放課後を迎えており、今頃部活動の生徒の喧騒で騒がしくなっているころだろう。


 そんな時間に、俺は先輩の家で優雅にコーヒーを飲んでいた。




「すみません先輩、さんざん話を聞いた上に食事まで・・・」


「別にこれくらいいいさ。それに僕が料理できることを証明できたしね」




 先輩はコーヒーと一緒に簡単なサンドウィッチを出してくれた。


 ちょうど軽食が食べたかったので本当にありがたい。


 確かに先輩はある程度料理はできるようだった。


 軽く覗いただけでも、キッチンには多くの調味料があり作り置きの食品もあった。


 きっと日ごろからキッチンに立って料理を作っているのだろう。




「別に先輩のことを疑っていたわけじゃないですよ。ただ何となくイメージとそれるなーって」


「ま、今のうちに崇め奉った方がいいのは事実だけどね」




 どうやら先輩も俺がおいしそうに食べる姿を見てまんざらでもないようだ。


 先ほどから小指をくるくるしてうれしいのを隠しているのが見え見えだからだ。




 そして軽い食事を摂り終え、俺たちが一息ついていたころに




 ピンポーン♪




 先輩が改造したのだろうか、軽やかなメロディー音を響かせるインターホンが家の中に鳴り響いた。




「はいはーい、今出まーす」




 俺の向かいに立っていた先輩はすぐに立ち上がり玄関にトテトテと駆けていく。


 あの様子を見るからに、昨晩の疲労もだいぶ回復しているみたいだ。




 俺は少しだけだるいが、もう少し休んだら回復するだろう。




 どうやら俺の治癒能力も、少しずつ磨きがかかってきたようだ。


 本来なら使う機会があってはいけないのだが、俺がけがをするにしたがって『同調』そのものがレベルアップしている気がする。




「けどな・・・」




 俺が強くなったところで、上には上がいることを思い知らされたばかりなので素直にうれしくなることはできない。それどころか歯がゆさすら感じてしまう。


 こうして休んでいる間にも、刻一刻と差がつくばかりだ。本来なら休んでなどいられないのに・・・




 俺が自分の世界に入りかけていた時だった。




「レン!」


「蓮!」


「水嶋君!」




 三人の女の子が叫ぶように部屋の中に入ってきた。




 三人とも走ってきたのだろうか息を切らして、今にも泣いてしまいそうな顔をしている。


 璃子などすでに泣きかけていた。




「もうっ、バカ!」




 誰よりも最初に璃子が俺を責め立てる。他の二人もそれぞれ似たような表情をして俺のところへ駆け寄ってくる。


 俺はそれを呆然と見ていた。




(い、一体なんだ?)




 心配をかけていたのはわかっていたが、まさかここまで慌てて駆けつけてくれるなんて思っていなかったので、俺は思わず困惑してしまう。




「約束したじゃん、危ないことはしないって! あれからそんなに日は経ってないのに、蓮は、ほんとに蓮は!!」




 そういって俺の肩をポカポカ叩いてくる。璃子はそこまで身体能力が高いわけではないので、別に痛くもなんともない。だが、俺の心に表現しがたい何かが響いてくるのには十分だった。




「水嶋君、ごめんね」




 葉島は何よりも先に謝罪を口にした。申し訳なさそうにして頭を下げている。




「ど、どうして葉島が誤るんだ?」


「だって、あの時直前まで私が一緒にいたのに何も気づけなくて・・・私自身が楽観視していたのもあるけど、水嶋君が死にかけているときに、私は・・・」




 そんなことを言って葉島は申し訳なさそうな顔をしていた。あの日、きっと俺が葉島のことを送って言ったせいだと思っているのだろう。




「葉島こそ、無事でよかったよ。もしあの後に葉島が襲われてたら俺は一生後悔することになったさ」


「それは結果論だよ。私は結局、何の力にもなれなかった」




 俺が何と言おうと、葉島は自分のせいだと思ってしまうのだろう。


 それは彼女が持つべき感情ではないのだが、そこまで思ってくれていることを、俺は少しうれしく思ってしまった。




(こんなに心配してくれる子と、友達になれてよかったな・・・)




 口に出すことは絶対にできないが、心の中で彼女に感謝しておこう。




 そして俺はさっきからずっと黙っている相棒に視線を向ける。


 二人よりは落ち着いているが、その瞳が揺れていることを俺は見逃さなかった。




「レン」




 その小さい口からひと言、言葉が漏れ出る。それだけでその場の空気が変わったかのように感じた。


 璃子と葉島、そして後ろで見守っている遊香先輩も思わず黙って釘付けになっている。




「いろいろ言いたいことはありますが、今全部をぶつけても時間が足りなくなってしまいます。なので一つ、どうしても言いたいことだけ・・・」




 そういってリブラは俺のほうへ歩みを進める。俺は床に座った体制なので、リブラのことを見上げるようになっている。




 そして俺の前でリブラは静止する。そしてリブラは俺の方へ手を伸ばす。


 一瞬殴られてしまうのかと思い思わず身をすくませたが、俺の頭に温かく小さな何かがポンと置かれた。




「心配を・・・かけさせないでくださいっ!」




 俺が見上げると、リブラは涙を流していた。見た目は小学生なリブラだがいつも頼りがいのある彼女のこんな姿を見るのは初めてなので、俺はどうしていいのかわからなくなってしまう。


 だが、こんな俺でも謝らなければいけないのはさすがにわかる。




「・・・ごめん」




 我ながら声が小さかったが、それでも俺の思いが通じたのかリブラは満足したように




「ええ、それでいいのです」




 そんなことを言ってくれるので俺は安心してしまう。


 そうして俺は重い体を起こしてみんなの顔を見る。


 葉島は申し訳なさそうに、璃子は不安そうな顔をして俺のことを見ている。きっと、俺が思っていた以上に心配をかけたに違いない。




「みんなも、心配かけちゃって本当にごめん!」




 俺はみんなの方向を見てきちんと頭を下げた。唯一璃子だけが不服そうだったが、最後は許してくれた。


 葉島も納得してくれたようで、一緒に強くなろうと約束する。




「人気者だねー、レンレンは」




 遊香先輩はそんな光景を見ながらひとりで勝手に和んでいた。これから大変だというのに呑気な人だ。




 リブラや葉島、そして遊香先輩もいろいろとぐちぐち言ってきたものの、きっとこんな時間が愛おしくて、かけがえのないものなのだと俺は思った。






 ちなみにこの後、遊香先輩の家に泊まったことがばれて璃子に大目玉を食らうのだが、自分がそんな爆弾を抱えているなんてこの時は知るよしもなかった。


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