第5話 ガイア

 殺す




 その言葉を聞いた瞬間俺とリブラは改めて身構える。


 俺は『同調コネクト』を


 リブラは『変身メタモルフォーゼ』を




 あとは言葉を紡げば発動できる状態だ。




 俺たちが戦闘態勢に入ろうとしたところで、コマンダーは一人で笑い始める。




「話をよく聞け。私は挨拶をしに来ただけだ、と。いわゆる宣戦布告のようなもの・・・だったのだが」




 そう言ったコマンダーは俺たちを改めて一瞥した後




「そう思っていたが、案外期待外れだったようだな」




 肩をすくめ、そう言ったコマンダーは俺たちに背を向け明後日の方向を見る。




「彼らを倒し、ウィッチと戦って生き延びたと勝手に期待していたのだが・・・君たち程度の力では我々には勝てないよ」




 そしてため息をつきながら歩き始めた。その姿は堂々としており、まるで自分が負けることなどありえないと思っている様子だ。


 だが、案外それは事実なのかもしれないと俺たち二人は痛感する。




「もし次に会うときに君たちが生きていたら・・・その時は、期待させてもらうことにしよう」




 そして俺たちは蛇に睨まれた蛙のように動けぬまま、奴が消え去るのを見ていることしかできなかった。






  ※






 俺たちはしばらくその場を動けなかった。


 恐怖というのもあるが、なにより目の前で起きたことをかみ砕くのに少しだけ時間がかかったからだ。




「レン」




 すると隣に居たリブラが俺の名前を呼ぶ。


 しかしいつもの頼りになる声ではなかった。




「とりあえず今日はもう帰りましょう。ただし、異能力を限界まで発動して気配探知を。私も異能力を使います」




 そう言ったリブラは自身の両腕に盾を形成する。先ほど俺たちに向けて放たれた謎の攻撃を警戒してのことだった。




 俺たちはあの攻撃がどこから放たれたのかがわからない。察知することすらできなかった。




 ただ、第三者がいたことは確かで、もし遠距離攻撃が可能な異能力使いであれば十分な脅威に違いない。何せいつでも俺たちのことを攻撃できるのだ。




 リブラが武装するのを見た俺もすかさず異能力を発動する。


 自身の五感を研ぎ澄まし、第六感すらも無理やりこじ開ける。




 過剰武装。そんな言葉が脳裏をよぎるがもうそんなことは気にしていられなかった。家に帰ることがここまで辛いと思ったのは久しぶりかもしれない。




「とりあえず半径2キロにはこちらを見ている人物はいない。もう撤退したか・・・もしくは」


「もっと遠くにいるか、ですね」




 もしそうだとしたら、これらの備えはあまり意味をなさないかもしれない。


 それどころか、敵に手中を明かすようなものなので正直悪手としか思えない。




「レン、やはり目的地を変更します。私についてきてください」




 そう言ったリブラは警戒しながら歩きだす。そして俺もその後を追いながらリブラについていく。


 俺が住んでいる住宅街は、五分も歩けばちょっとした繁華街へと出ることができる。


 だからこそ生活に不自由することはほとんどない。そこにはいろいろな施設がそろっているのだ。




 様々な飲食店をはじめとして、理髪店、病院、本屋、そして・・・




「まさか、目的地って・・・」




 そこは大きなマンションのような建物だった。そしてリブラは俺の方を向いて




「お金は完全にレン頼りになってしまいますがいけそうですか?」




 ちょっと豪華なホテルに入ることを促していた。




 幸いにも休憩をするようなところではなく、ちゃんとしたビジネスホテルだ。


 家がばれたくない以上ここに泊まるのはベストだろう。だが問題が・・・




「未成年の男女だけで入れたっけ?」




 恐らくこのままいっても従業員に引き留められてしまうだろう。それどころか学校に通報されてしまいかねない。そんなことになったらもはや目も当てられないだろう。


 だが俺の相棒は




「それなら私が異能力でペンダントになります。一人分の料金でお得ですし、それなら問題ないのでは」


「なるほど、それなら何とかなるかもな」




 そしてその作戦は案外うまくいき、俺たちはあっさりと受付をクリアし部屋まで案内された。




「それでは、何かご不明な点がございましたらいつでも受付の方までご連絡くださいませ」




 そう言って俺たちに鍵を渡したホテルマンが去るのを見送りながら俺は思わず脱力してしまう。


 そして頃合いを見計らいリブラもペンダントから少女の姿へと戻る。




「元の体に戻るのは、やはりもう少し先になりそうですね」




 結局異能力を使ってしまったため、体が元に戻るのを先延ばしにしてしまったことをリブラは少し悔やんでいた。だが、そんなことも言ってられなくなった。




「あのコマンダーという男、間違いなく覚醒した異能力者です。まだ力を見ることはできていませんが、間違いなく強者でしょう」




 その意見には俺も完全に同意だった。


 俺たちはそろってあの男に魅入ってしまっていた。それは恐怖からくるもので、命の危機を実際に感じてしまったのだ。


 俺より戦闘経験豊富なリブラでさえ、行動に移すのが遅れていたのだ。敵の脅威度は今まででダントツだろう。




「あれほどのプレッシャーを放てる者は私たちの世界にもそうはいません。それにあの時の攻撃。あれについてもよくわかりません」




 コマンダーが手を挙げて合図を出した瞬間、どこからか攻撃が飛んできた。その威力はコンクリートを穿つほどで、くらってしまったらただでは済まないだろう。




「俺もあの攻撃を察知できなかった。正直なところ分かっても避けられたかどうか」




 察知できなかったということは、それほどまでに速いスピードで繰り出された攻撃であることが伺える。


 もしあれが俺たちに向けられていたら?


 そんなことは考えたくもなかった。




「彼らはガイアと名乗っていましたね」


「そんなことも言ってたな。もしかしてグループの名前か?」




 コマンダー、ウィッチ、そしてまだ見ぬ何者か。


 そいつらがガイアと名乗り俺たちに宣戦布告をしてきた。




「本来なら力を蓄えて、来るべきオセロとの対決に全力を注ぎたかったのですが、そんな余裕はなさそうです」




 俺は今まで自分より格上の敵と戦い続け、何とか生き延びてきた。それでも、その自信が徐々に打ち砕かれつつあった。




 コマンダー、そして先ほどの攻撃を仕掛けてきた何者か。これだけでも十分な脅威だ。


 そしてそれにウィッチが加わる。あの氷使いが・・・




「・・・」




 俺は思わず黙りこくってしまう。今もあの時の戦闘が脳裏に焼き付いているからだ。


 圧倒的な異能力と戦闘のセンス。


 俺も異能力が覚醒したとはいえ、それでもあの少女に勝てるかは微妙だ。


 いいところ互角。否、ややこちらが力不足か。




 それでも俺はあのウィッチに勝って聞かなければいけないことがあるのだ。


 そんなことを考えているとリブラはベッドに寝転がってしまう。




「正直なところ、私は何とかなると思っていたんです」


「リブラ?」




 ここに来て初めて聞いた、相棒の不安げな声。


 リブラは天井をじっと見上げており、大きなため息をついた。




「こちらの世界にアビリティストーンが流出したとはいえ、中途半端に異能力が使えるようになった者など脅威ではないと思っていたんです」




 ここにきてリブラが、俺も初めて聞く心中を明かす。




「警戒するのは世界を渡ってしまった彼らだけ。そう思っていたんですが、あのようなものたちが現れてしまうだなんて・・・私の考えが甘かった。メイのような人物がいたことをもっと深く考えるべきだったのです」




 葉島は俺たちと関わる以前から異能力が使えており、すでに自分の手足のように使っている。そしてアズールとの戦いで覚醒して以降、そのすごさは言わずもがな。




「このままでは危ない。本来なら私が何とかしなければいけなかったことなのに、もう取り返しのつかないところまで来てしまったのかもしれません」




 リブラはここのところ町の見回りを減らしていた。


 アズールとレインの脅威が去ったことにより、この町の危険度が格段に下がったからだった。そう思っていたが、ここにきて新たな敵が現れた。もう少し警戒をしていたら止められたのかもしれない。リブラはそう後悔しているのだろう。




「あのウィッチという異能力者も、覚醒したレンの敵ではないと思っていたんですが認識を改めた方がいいでしょう。彼らはとてつもない脅威だ。私が怯えてしまうくらいに」




 初めて聞く相棒の不安げな声に俺は思わずたじろいでしまった。




 こんな時、俺はどういった言葉を掛ければいいのかわからない。俺もリブラと同じく不安で仕方がないからだ。


 けれど、リブラのこんな顔を見たくはなかった。




「諦めるのはまだ早いさ。俺たちにもある程度の猶予はある。その間に、できることをやろう。後悔するのは、うまくいかなかった最後の瞬間だけで十分だ」




 俺はリブラと向き合いその瞳をまっすぐ捉える。




「俺も一緒に戦うよ。それじゃあ足りないかもだけど、忘れるな。お前にはこの世界でできた仲間がいるんだぜ」




 そう言うとリブラは起き上がって肩に力を入れた。




「そうですね。私としたことが、少しネガティブになっていました」




 そういったリブラは立ち上がり俺に向かって拳を差し出す。




「どうか、こんな私を助けてください。レン」


「いいさ。最後まで付き合ってやる」




 そうして俺はリブラと拳を合わせる。それだけで、心に勇気が湧いてくるのだから不思議だ。




 確かな決意を胸に、俺たちの新たな戦いが始まろうとしていた。


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