第2話 初めての感情
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「いやぁ、フードコートっていうのも、なかなか侮れないものだねぇ」
「はい。正直ここまでクオリティが高いとは・・・」
俺たちは一通りアトラクションに乗り終えた後、遊園地のフードコートまで足を延ばしていた。
ジェットコースターに乗った後も、迷路で迷子になりかけたり、コーヒーカップで目が回ってくらくらになったり、果てには川下りのようなものまであった。
この遊園地は海のすぐ近くに有しており、海水を使用した水上アトラクションが人気となっている。
ジェットコースターの時点で疲労困憊だったが、少しずつ遊園地の楽しみ方がわかってきたところでお昼休憩をしようということになった。
そしてフードコートに来た俺たちは、それぞれに気になった食べ物を購入した。
俺はチーズバーガーのセットを購入した。ポテトとドリンクもついており、そこら辺のファストフードよりもおいしかった。正直、俺もここまでの物を作れるかどうかわからない。
先輩が頼んだのは焼きそばとミニカレーという悪魔的な組み合わせだった。先ほどからソースとカレーの香りが俺の鼻をくすぐってくる。
先輩は食べる前にスマホで何枚も写真を激写しており、角度や明るさにこだわりぬいていた。
「そういえば先輩ってさっきからずっと写真撮りまくってますよね」
先輩が撮っていたのは食べ物だけではない。アトラクションの写真やそれに乗った時の景色などいろいろな場面で写真を撮っていた。海が見えるということもあり、多くの場所が絶景スポットとなっているのだ。だが先輩は、恐らくもう百枚以上撮っているのではないか。
「ほら、せっかく遊園地に来たのにただ遊ぶだけじゃもったいないじゃん。だからたくさん写真を残そうかなって。そうした方が、今日という日が楽しかったって、笑いながら思い出せるじゃん?」
先輩はそんな事を言いながら俺がポテトをつまんでいる写真を不意打ちで撮った。俺は呆れながら「やめてください」というが、先輩は笑いながら自分も食事を楽しみ始めた。すると子猫がはじめておいしい魚を食べたように、かわいらしい笑顔を見せながら焼きそばをすすっていた。
そして俺もドリンクを飲みながら口の中をリセットしていると
「ねぇ、レンレンのハンバーガーっておいしそうだよね、僕にも一口ちょうだいよ!」
「はい?」
「隙ありっ!」
「あっ・・・」
そんなことを言っていると先輩が俺が置いていたハンバーガーを一口齧った。すると先輩は雷に打たれたかのように目を見開いて叫ぶように
「何これウマっ!! もう、レンレンって食べ物を見る才能があるんじゃない?」
そう言いながら先輩は俺にハンバーガーを返してきた。そして、
「はい! レンレンの食べさせてもらったし僕のも食べていいよ。ほらほら遠慮せずに」
そう言って先輩は俺に焼きそばやカレーを進めてくる。
(この人、間接キスとか気にしないタイプか)
俺は自分のハンバーガーを見つめる。女の子とこういったことはしたことがない。長い付き合いである璃子でさえ、こんなやり取りはしたことがなかった。
普通なら恥ずかしがる展開だが、俺は初めてのことにドキドキとワクワクが混ざり合い・・・
「それなら、焼きそばを一口もらいますよ?」
「うんうん、さあ食べてみなよ」
そして俺は先輩が使っていた箸を使って焼きそばを食べる。
ソースがちょうどいい塩梅に聞いており、しゃきしゃきの野菜が歯ごたえと甘さを付け加えてくれた。
「おいしい! 先輩も発掘の才能があるんじゃないですか?」
「ふっふっふ・・・僕って見る目だけはあるからねぇ」
そう言いながら先輩も自分の食べ物の攻略にかかる。
そうして俺たちはワイワイと食事を楽しむのだった。
※
夕方。俺たちは昼食後も遊びまくり、最後には観覧車に乗ろうということになった。
そこから見える景色は、俺が今まで見てきたものの中で一番に輝いていた。というより、これほどまでに輝いている光景を見たことがなかったかもしれない。
「すごい! すごいよレンレン。ほら、さっきまで乗ってたメリーゴーランドもあんなに小さく・・・」
そう言いながら先輩は大興奮していた。ちなみにメリーゴーランドやコーヒーカップなどは子供っぽいと思い俺は最初遠慮していたのだが、先輩がどうしてもということなので俺は付き合うことにした。
一応先輩は頑張れば中学生ほどに誤魔化せる気がする。というより、小学生と言っても通じるような見た目をしているため、割と違和感がなかった。
俺も渋々乗ったのだが、時間が経つにつれ案外楽しくなって、アトラクションを乗り終えた後には俺まで笑顔になって盛り上がっていた。
(そっか、俺ってこんなところに来たの初めてだったからな)
今まで軟禁状態のようなものだったので、俺は娯楽施設などに足を運ぶ機会がほとんどなかった。小学校の遠足や修学旅行なども両親がそんなことをする余裕はないと言っていかせてくれなかったため、実質遊園地に来ること自体初めてだったりする。
まさか先輩と一緒になると思わなかったが、こんな体験させてもらえただけで俺は先輩に感謝を伝えたい気分だった。
すると先輩が海の方を指さして盛り上がっている。
俺がその方向を見ると、まさに夕日が海に沈む瞬間だった。先輩は何枚も写真を撮っており、つられて俺もスマホを出してその光景を写真に収める。
(リブラへのお土産が一個増えたな)
俺がそんなことを考えていた時、遊香先輩が改めて俺に向き直ってくる。
「やっぱり来てよかったよ。久しぶりに楽しい一日だったさ」
「いえ、俺の方こそ一人で勝手にはしゃいじゃって・・・」
「それはお互い様だ。こんないい写真も撮れたしいいお土産になったよ」
「お土産?」
先輩も誰かに写真を見せたりするのだろうか。俺がそう聞き返した時先輩はハッとした表情を見せ繕ったような笑顔をする。
「い、今のは忘れてくれ。とにかく、誘ってくれてありがとうと僕は言いたいんだよ」
「は、はぁ。こちらこそありがとうございます?」
思わず疑問形になってしまったが、先輩は満足したようにうんうんと頷いていた。
そして俺たちは観覧車を降りた後、お土産コーナーに寄ってから帰りの電車の中でも遊園地の話題で盛り上がった。
そんな話をしていると、あっという間に町の駅までついてしまった。
「それじゃレンレン、寄り道せずにまっすぐ帰るんだよ」
「はい。ありがとうございました遊香先輩」
「こっちこそ、また誘ってくれよ」
そういて遊香先輩と別れた俺は、あらかじめ駅の駐輪場に止めてあった自分の自転車に跨り、家の方まで自転車を走らせる。
「本当に楽しかったな・・・」
最初は苦手意識を持っていた遊香先輩だが、一緒に出掛けてみると案外気の合う先輩だった。
見た目通りに少し子供っぽく何事も全力で楽しもうとする先輩の姿に、俺は影響されていた。
リブラもこの世界のことを楽しもうといろいろなことを学んでいる。その点で、遊香先輩とリブラは似ているかもしれない。
「でも、やっぱり目を付けられるのは複雑だよなぁ」
今日話していて思ったことだが、遊香先輩はやはり計算高いような気がした。
何度か俺と葉島のことを聞き出そうとする場面があったし、果てには璃子とのことまで聞き出そうとした。
璃子に関しては別にただの幼馴染というだけなので、当たり障りのない話をして終わった。
しかし、先輩は巧みな会話術でさらに深堀しようと葉島のことを聞いてくるのだ。それが好奇心によるものだと思われるため何とも質が悪い。
「でも、一緒に喋っていて楽しかったのは事実なんだよな」
別に先輩を女性として見ているというわけではない。
話が合うという点では、相棒のリブラや幼馴染の璃子、そしてクラスの男友達である吾郎や龍馬を上回るかもしれない。それほどまでに、会話を合わせてくれるのがうまかったのだ。
なんとなくだがリブラと近いものを感じる気がする。
彼女も何事も全力で取り組もうとするし、その分楽しむときは全力で楽しんでいた。
遊香先輩のそれが計算されたものなのか天然なのかはわからないが、なんとなく後者であると俺は思う。
それほどまでに、先輩は楽しそうに話をしていたのだ。
「とりあえず、リブラと葉島には今日のことを余さず伝えよう」
そして次に遊園地に行くときには俺が二人のことを案内するのだ。
その日を楽しみにしながら俺は夜の道を自転車で走っていくのだった。
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