第3話 意外な欠点

 遊香先輩と遊園地に遊びに行ってから数日経った。


 吾郎と龍馬に遊香先輩が来てくれたことを後から伝えると、二人ともひどく驚いた。


 そもそも俺は遊香先輩が来ることを二人には伏せていた。


 いたずら心というのもあるが、その方がサプライズ感があっていいと思ったからだ。


 遊香先輩はその自由奔放な性格も相まって、葉島ほどではないにしろ学内ではある程度有名で人気物だ。


 そんな有名人な先輩が来てくれていたと知ったのだから、二人にはものすごく恨まれることになった。


 確かに先輩は顔も整っており、かわいらしい見た目をしているので、そんな人と一緒に遊びに行きたかったのだろう吾郎はがっくりと落ち込んでいた。


 いいことがありますようにと俺は心の中で合掌しておいた。




 それはそうと俺の近況について少し振り返ろうと思う。




 レインを倒した俺たちはというと、積極的な行動を控えるようになった。


 どういうことかというと、こちらから異世界人を探すという行動を極力最小限に抑えたのだ。これには敵の狙いが分かったということが大きい。




 異能力者を捕らえること




 裏返せば、異能力を使えない一般の人たちは安全だということだ。


 例外で、そんな人たちにまで手を出していたレインがいなくなったので、この町も少しずつ平穏を取り戻していくはずだ。




 残る異世界人はオセロという名前の男。こいつは俺が一度殺されかけた相手で因縁がある男だ。


 しかしリブラいわく




「彼はあの二人のように馬鹿げた行動はしません。むしろ、あの二人がいなくなったことでこれまで以上に慎重になるでしょう。つまり、実質的な被害が出ることはもうないとみていいかと」




 良くも悪くもリブラはそのオセロとやらを信頼しているらしかった。少し複雑だがそしてその言葉の通り、あの日から町で何か事件があったなどのニュースは聞かない。


 ようするに、オセロはこちらから近づかなければ基本的には何もしないとの結論に至ったのだ。




「オセロの狙いは私たちのようですし、体制が整ったら私たちの方から仕掛けましょう」




 そうすれば奴も姿を現さざるを得ない。そしてその時が、異世界人との決着がつく時だ。




 だが、新しい問題が浮上してきた。


 こちらの世界で異能力に目覚めてしまった者たち。例えば葉島、そしてあの時の氷使いがそうなのだろう。


 ウィッチと名乗った少女。彼女のような人物たちが組織を作って何かを成し遂げようとしている。そして俺たちはいずれそれに向き合わねばならない。


 その時、一体何が起こるのかは俺もわからない。


 ただただ争いにならないことを祈るばかりだ。




 そして最後に、璃子について話しておこう。


 璃子は俺たちがやっていることを知ると、純粋に協力を申し出てきた。というより、何を言ってもそうするつもりらしく意地を張ってきた。


 彼女の失踪した友達。その行方を知るにはそれが一番の近道だと考えたらしい。


 そんなことを持ち出されてしまっては、俺たちは断ることができるはずもなかった。




 友人の行方はまだ知れない。だが、必ず見つけてみせると俺は璃子に約束した。




 残る異世界人、オセロなら何かを知っているかもしれない。


 だが、オセロは強敵だ。今までのように運がいいだけでは到底届かない。


 それにウィッチとの決着もついていないのだ。


 戦えるのは俺と葉島、そしてリブラだけだ。


 俺たちはその時にむけて牙を磨く。そうしないと、簡単に死んでしまうのだから。






   ※






 そのはずなのに・・・・・


 俺は改めて目の前を見る。そこには奇妙な空間が広がっていた。




「イェーイ! のってるかい?」




 俺の目の前には、マイクを手にポーズをばっちり決める遊香先輩がいた。


 そして隣には放心状態の葉島。どうやら今の歌がちっとも理解できなかったらしい。普段からこういうところに来ない分、動揺が激しいのだろう。




 俺たちはなぜかカラオケにいた。どうしてこうなったのか簡潔に整理しよう。


 今日は学校も早く終わるので、葉島と異能力の練習をしようとのことだった。


 練習をするのはあくまでも葉島の『結界バリア』の力で、俺の家でやりたいとのことだった。


 葉島の家には常に使用人がいるため、人目を気にせずにやるには俺の家のほうが都合がいいのだ。


 この前まで使っていた森は規制線が貼られており、いまだに立ち入り禁止になっている。


 俺も特段断る理由がないので、その提案を受け入れた。


 そして俺と葉島が帰ろうとした時、俺のスマホにメッセージが届いたのだ。




『ハロー! レンレン、今からカラオケ来てくんない? 一緒に青春という名の歌をかき鳴らそうぜ! というか、みんな部活や用事があってきてくれないんだよね・・・しくしく』




 先輩は部活に所属していないのでこの時間から暇になるらしい。




 俺はこの前、遊園地に先輩を急に誘ったこともあり、このお誘いを断りにくかった。


 だが、葉島もついてきてくれるということで、俺たちは予定を変更し先輩が待つカラオケ店まで足を運んだ。




 だが・・・




「どうしたのメイメイ? そんなに僕の歌に見惚れちゃったかな? かな?」




 そう言って遊香先輩が葉島に迫っていた。


 先程まで先輩が歌っていたのは魔法少女ものの主題歌だ。今流行っている者であり、リブラもこっそり視聴している。


 だが、葉島はそんなものに微塵も興味がわかない人種らしく、歌詞に盛り込まれている専門用語やキラキラしたセリフに戸惑っていた。




「その、こういう歌ってあまり聞かないので、ちょっと戸惑ってしまって」


「そうか、初体験なんだね! ならばもっと聞くがいい、僕の美声とこの歌の可愛らしさを!」




 そう言って先輩は次にこのアニメシリーズの歌を選択し続ける。どうやら先輩も魔法少女のアニメが好きらしい。リブラと気が合いそうだなと心の中で思ってしまった。




 先輩は次々と歌を予約していく。どうやらまだまだこのカラオケは終わりそうにない。




「ねぇ、水嶋君」




 ひっそりと先輩に聞かれないほど小さな声で葉島が俺に話しかけてくる。




「遊香先輩のことだから、いきなり私たちに歌わせようとしてくると思うの。今のうちに予約された歌の歌詞を確認した方がいいよ」




 そんな事を言う葉島は既にタブレットとにらめっこし、いつ自分の番が来てもいいように備えていた。


 そして俺も歌い続ける先輩を傍目に予約された歌を次々眺めていく。




 そしてとうとう・・・




「じゃあメイメイ、次は君に託した!」




 どうやら葉島の番が回ってきたらしい。先輩は葉島にマイクを手渡し、俺たちに見えるようスペースがある場所まで背中を押す。




「だいじょぶか?」




 俺は心配になって葉島の方に声を掛ける。しかし




「任せて、たぶん大丈夫」




 聞いたこともない歌を初めて歌う。普通なら緊張しないわけがない。


しかし、目の前の葉島はどこか自信に満ち溢れていた。


まるで、今からステージに向かうアイドルのような・・・




「ほほーう。自信満々だね。では聞こうじゃないか、メイメイの天使の歌声を」




 そんな事を言いながら俺の隣に座った先輩は手拍子のように手を一定のリズムで叩き始めた。


 俺もそれに倣い先輩と一緒に手を叩く。




 そして曲のイントロが流れ始める。どうやら、この曲も魔法少女シリーズの主題歌らしい。






 そしてとうとう葉島がその歌声を響かせる!




「あなた~のために~、魔法をかけるわ~。ステッキをかかげー愛を守るの~~~・・・」






  ※






「意外と楽しいかもね、カラオケって!」


「そ、そうですね・・・」




 笑顔になった葉島と痩せ細ったかのように隣を歩く俺と遊香先輩は、駅に向かって千鳥足で歩いていた。耳だけではない、体全体がボロボロなのだ。


 葉島の歌はそれはもうひどいものだった。


 まず出だしが全然違っていたし、音程も違う。そして下手に感情を込めている分、歪な曲へと生まれ変わってしまうのだ。




 葉島メイは典型的な音痴だった。




 しかも熱が入ったのか、葉島はあの後に予約されていた歌をいくつも歌いまくった。


 地獄のリサイタル


 あの空間を形容するならそれが一番近いと思う。




 何事も全力で楽しむということで定評のある遊香先輩も、途中で手の震えと冷や汗が止まっていなかった。おそらくずっと我慢していたのだろう。


 かくゆう俺も、途中からこっそり耳をふさいでいた。そうしなければ、今頃取り返しのつかないことになっていただろう。




「またいつかこようね、カラオケ」


「「もう勘弁して!!」」




 そんな叫びが夜遅い駅で木霊するのだった。


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