第3章 姉妹の約束
第1話 デート?
日差しがきつくなり、太陽が存在感を主張する六月下旬。俺は現在進行形で奇妙な状況に置かれていた。
俺がいる場所は地上からおよそ五十メートルほど離れており、今なおぐんぐんと上昇中だ。
ガタガタと鈍い金属音が鳴り響いているような音がして、ビュウビュウと強い風が俺の顔を殴ってくる。
そしてそんな俺の隣には
「あははっ、やっぱり遊園地はジェットコースターに限るよね、レンレン。」
「そ、そうですねっ、遊香先輩」
蝶の髪飾りが付いた薄い銀髪のような髪をなびかせ、この状況を誰よりも楽しんでいる小さな女性。
まだあまり聞きなれていない声の音色を響かせる遊香先輩がいた。俺たちはジェットコースターでじわじわと上の方まで上昇中だ。先輩はワクワクしながらその瞬間を待っている。
高さが最高点にまで到達すると同時に、少しずつ前のめりになったかと思えばジェットコースター特有の浮遊感に身を包まれる。
隣の先輩は両手を放してその浮遊感を全力で楽しんでいた。
一方の俺はジェットコースターになど今まで一度も乗ったことがないためしがみつくことで精いっぱいだった。しかもぐるぐる回ったり一回転するので、平衡感覚がない俺は直ぐに気持ち悪くなってしまう。
(なんでこんなことに・・・)
俺はどうして先輩とジェットコースターに乗っているのか、改めて昨日のことを思い出す。
※
事の始まりは、吾郎の何気ない一言だった。
「あーあ、彼女欲しいぜー」
昼休み、いつものメンバーで昼食を食べていると吾郎がそんなことを呟いた。
「彼女って、急にどうしたの?」
そう驚くのは、俺の隣でサンドウィッチを食べていた俺の友達の龍馬だ。
普段の吾郎はこんな事を言うキャラではない。大雑把で物事を深く考えない分、彼女とかそんなことを気にしているとは思えない。
「この前先輩が俺に初体験のことを熱弁してきたんだぜ。そのことに関しては別にどうでもよかったんだけどよ、その後の先輩の一言よ」
『まあ、彼女どころか女の子と話す機会がないお前らには俺の苦労はわからないだろうけどな・・・ガハハハハ』
どうやらそんな事を言って、彼女がいない部員のことを馬鹿にしたらしい。そしてその結果、野球部員に妬まれデッドボールを連発されたのだとか。
しかしその一言は、吾郎の心に多少の影響を及ぼしていたらしい。
「確かに先輩にはムカついたけどよ、先輩の言うことも一理あるかなってさ。何せこのままじゃ彼女どころか女友達もできやしねーよ。これじゃ青春をドブに捨てたようなもんだろうが」
吾郎は負けず嫌いなところがあり、俺たちにもたまに突っかかってくることがある。
先輩が部活に恋愛と全力で青春を謳歌している姿を見て、自分も同じくらい青春を思い出に残るいいものにしたいのだろう。
「けど、今のままじゃーなー」
そう言って吾郎がへこたれる。その様子を見た龍馬が呆れた様子でほほ笑んでいた。
「まあ吾郎には野球があるしね、聞いた話だともう甲子園出場は確定みたいなもんなんでしょ。じゃあ、華々しくも泥だらけになりながら尽力すべきだよ。それも青春の一つさ」
「それはそうだけどよ」
何やら葛藤があるのか、吾郎は次に俺の方を睨んできた。
「龍馬はともかくよ、こいつにさえ最近は女の影があるんだぞ。葉島さんや隣のクラスの鳴崎さんとよく仲良さそうにしてるじゃんか。それに引き換え俺は・・・」
勝手にまくしたて勝手に落ち込んでいく。そんなことをしてうなっていた吾郎に龍馬が提案する。
「いっそのことナンパでもしてみたら。まあ吾郎の芋くさいルックスじゃ少しきついかもだけど」
「ナンパ、かぁ」
意外にもその言葉に吾郎は揺さぶられていた。意外に効果があったのか、それともなにか思うところがあったのだろう。
「確かに今まで積極的になったことはねーからな。それもいっそアリか?」
どうやら変なスイッチをつけてしまったらしい。龍馬もこれにはやってしまったという顔をし、そそくさ退散しようとする。それを見て嫌な予感がした俺も急いでその場を離れようとするが時すでに遅く、俺たちは吾郎にがっしり肩をつかまれていた。
「今度の週末は珍しくオフだし、一緒に遊園地にでも行こうぜ! せっかくだからナンパと遊び二つを両立する!」
前々から機会があったらどこかで遊ぼうと誘われていたので、いっそのこと三人で遊ぼうということらしい。そしてそのついでにナンパをする算段なのだろう。
一人では勇気が出ないから俺たちにもついてきてほしいようだ。
「それと蓮! お前も誰か誘えよ! できればかわいい女の子だ」
その方が遊びに行くうえで、ナンパが失敗してもその後のアトラクションには華が添えられるだろうとのことだった。
「えっと、その日は友達と約束が・・・」
「俺も、ちょっと幼馴染とお出かけを・・・」
そんな事を言って俺たちはその厄介そうな誘いを断ろうとするが、今日の吾郎はしつこかった。
「頼むよ二人とも! 今日を逃したらしばらくお前らと遊びに行く機会なんてほどんどねーんだよ。それにナンパも一人じゃ心細いし・・・だからさ、頼むよ、な?」
これから甲子園に向けて部活が追い込みの時期に入るらしい。それに向けてほぼほぼ休日が潰れるのだとか。
きっと吾郎も息抜きをしたいのだろうと思いながら、俺と龍馬は諦めたように吾郎の手を振り払い
「わかったから、とりあえず落ち着いて、ね」
「まったく、これっきりだからな」
俺たちがそう言うと、まるで拾われた犬のように明るい笑みを浮かべた吾郎はさっそく近くの遊園地の情報を調べ始めた。
こうして俺たちの遊園地行きが決定するのだった。
※
とは言ったものの、遊園地に関しては他のメンツとすでに先約がある。
リブラと葉島は遊園地に行くのを楽しみにしているが、異世界人の脅威がある以上俺たちが町を離れるわけにはいかない。
もともと俺たちは隣町の遊園地に行こうと計画していた。この町には遊園地などのアミューズメントパークはないので、必然的に遠出しなければならないのだ。
俺が勝手に吾郎たちと遊園地に行くというのは、彼女たちに対する裏切りに等しいだろう。
しかし今回のことを葉島に告げると
「いいよ。でも次行くときは私たちのことを案内してね」
割とあっさり許可してくれたので、俺は安心とともに罪悪感が生まれてしまう。
この様子だと、リブラも恐らく似たような事を言ってくるだろう。
以心伝心とまではいかないが、俺はリブラの言いそうなことやしたがっていることが何となくわかるようになってしまった。俺たちは本当に相棒となっているのだろう。
というより、最近のリブラはもはや俺の家に住み着いており、我が家のようにくつろぐことに慣れ、気づけば俺も俺で最適なタイミングでリブラにお茶やコーヒーを出せるようになっていた。
そして案の定
「ええ、構いませんよ。その代わり、お土産には期待していますね」
俺の考えていたことと合致し、やはり俺たちの間には絆が芽生えているのだと実感した。
そして次の難問だ。
吾郎は誰か女の子を誘えと言っていた。
前提として、葉島とリブラは残念だが次回まで見送ってもらうしかない。
そうなると俺の仲のいい女子なんて・・・
『ごめん、あたしパス』
女の子である幼馴染、璃子の番号に電話をかけて聞いてみたところ、その日部活があるそうだ。
メンバーが一人欠けているものの、バンド活動は継続していくそうだ。そしてその日はスタジオを借りて練習するらしく、すでにキャンセルは効かないらしい。
そもそも先日の一件で璃子は部活を休みまくってしまった。さすがに勘を取り戻したのだろう。
それはそうと、これで俺の伝手は全滅だ。俺が誘える人なんて・・・
そんなことを思いながらスマホを眺めていると、新しく連絡先をもらった先輩のことを思い出す。
服部遊香
まだそこまで接点がない先輩で、あの時璃子と一緒に会って以来ほとんど関わることはなかった。
もし先輩が来てくれたら、多少は吾郎も舞い上がるのではないかと俺は考える。
「まあ、遊香先輩のことだからすでに予定は埋まっていそうだけど・・・」
あの人は交友関係がダントツで広いそうでもう友達と遊ぶ予定を組み込んでいるかもしれない。
俺は最初から無理だと思い先輩のことを誘ったのだが・・・
『ふむふむ、話の趣旨は分かった。それなら僕も赴こうではないか!』
「・・・まじっすか」
そんなやり取りがあり、あっさりと遊香先輩の参戦が決まった。
※
そして現在、俺はジェットコースターの搭乗口でげっそりと瘦せ細っていた。
(ジェットコースターってここまでダメージがデカいものだったのか! ? 初めて知った・・・)
今まで遊園地など来た覚えがない俺は、このギャップに面食らっていた。
隣で笑いながら俺の看病をする遊香先輩は満足したように俺の背中を撫でていた。
「ほらほら、今日という時間は有限なんだよ。次はあっちの迷路に行ってみようよ!」
俺の腕を引きずって、遊香先輩は次の場所に向かっていく。
(あいつら、直前になって約束をすっぽかしやがって・・・)
吾郎と龍馬は今日の朝になって約束をドタキャンした。
吾郎は急に部活の練習が入ったらしく、龍馬も友達と一緒に遊びに行くことになったのだとか。
結果的に俺と遊香先輩の二人きりになってしまった。
先輩は俺たちの通話に笑いこけており、電話を切った時
『なかなか面白い運命にあるねーレンレン。まさか二人して約束をすっぽかされるなんて』
そうクスクス笑われてしまった。
すると先輩は変にやる気が入ったらしく
『それなら、僕とレンレンで二人の分まで満喫しよう、二人でデートだ!!』
そんな事を言って、まさかジェットコースターを三周するとは思わなかった。
そして俺は遊園地の顔であるジェットコースターを乗り終えた後も、遊香先輩に引きずられるまま次のアトラクションへと向かうのだった。
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