第19話 赤髪の男
璃子視点
あたしって本当に大バカだな
いったいこの短期間の間にどれだけそう思ったのだろう。
あたしは深夜に差し掛かる住宅街を一人歩いていた。周りには人っ子一人いなく、周りの家の明かりも随時消えていくのが見える。
もし大人に見つかれば怒られるだろうし、警察に見つかったものなら間違いなく補導されるだろう。今までこんなことをしたことはないし、最初で最後の機会かもしれない。
何故あたしがこんなことをしているか。
答えは簡単であの手紙の内容に従っているからだ。あたしは手紙の内容を思い出す。
『かわいいりこちゃんへ
きょうのよるに
ひとりでこのちかくのじんじゃにきてね
ぼくはきみをたのしくまってます
きてくれないときみのおともだちがしんじゃうよ?
もちろんみんなにはないしょでね』
明らかな脅迫文だったので私は読み終えたとき戦慄した。全文が手書きのひらがなで書かれていたことがより一層あたしの恐怖感を増幅させた。
(やっぱり相談すればよかったのかな?)
普通なら警察に相談するのが一番だろう。そもそも相談する相手なら身近にたくさんいた。お父さんにお母さん、そして・・・
『璃子、何か困っているなら俺が力になるぞ』
アタシの部屋を訪ね、そう言ってくれた幼馴染のことを思い出す。
「蓮・・・ごめん」
彼のことを裏切る形になってしまったが、それは一種の決意表明みたいなものであった。
この先に待ち受けるのは、間違いなく危ないことだろう。
もしかしたら、あたしは誘拐されるかもしれないし、何らかの形で事件に巻き込まれる可能性が高かった。
もしそうなったとしても、そんなことにあたしの大切な人たちを巻き込みたくなかった。
あたしは最初この手紙を送ってきたのはストーカーだとか変質者だと思った。
しかし和奏失踪については学校や警察が隠しているため公になっていない。
ならばなぜこの手紙の送り主は和奏が失踪したことを知っているのだろうか。
「間違いなく、和奏の行方を知っている」
あたしはそう確信した。名前こそ出されていないが、あたしの友達が失踪したと知っている時点で、関係者であるとしか考えられない。それにこの手紙によるとあたしが行かなければ和奏が死んでしまうということがほのめかされていた。
「だったらあたしが行かなきゃだよね」
友達として、そんな思いがアタシの胸を占めており、気づいたら行動に移していた。
蓮に気付かれないようにこっそりと出てきたものの、もしものことがあった時のために手紙は机の上に置いておいた。
もしも朝まで戻れなかった時、これであたしの行方を皆に気付いてもらえるだろう。
「絶対怒られるだろうな・・・」
あたしは自分の行動が愚かだということを誰より自覚していた。子供でもこんな誘いには乗らないだろう。
それでも和奏のために何かできればという思いと中途半端な正義感がアタシの背中を押していた。
あたしは足を震わせながらいつもは見慣れた町を歩いていく。
そうして一つの神社が顔をのぞかせた。
荒神神社
この町に古くからある建造物で、荒神様と呼ばれるこの町に伝わる神を祭った由緒正しい神社だ。その歴史は二百年にも及ぶらしい
この神社で開かれる夏祭りはよく蓮と一緒に来たものだ。毎年毎年あたしがばかやって、そのたびに蓮を困らさせて・・・
「アハ、ほんとに来てくれたんだ」
感傷に浸っていた時、正面から声をかけられあたしは身をこわばらせ後ずさりする。
赤髪の男だった。執事服のような格好に身を包みにやにやと笑っている。身長は蓮よりやや低くどことなく非力な感じを思わせる男。
「あんたは、あの時の外国人!」
「そうだよ。アハハハハ、覚えててくれたんだ」
恰好は違うが間違いなくあの時の男だ。
何が楽しいのか赤髪の男はけらけらと笑いあたしのことを見つめてくる。
その瞳は顔とは違い笑っておらず、あたしから目を離そうとしなかった。
「それで、君が璃子ちゃんだよね?」
「そうよ。で、あなたは誰?」
あたしがそう尋ねると、赤髪の男は気持ちの悪い笑みを浮かべこれまたけらけら笑い出した。
「アハハ、そうだそうだよね。僕が名乗らないと失礼ってもんだよね。うっかりしちゃってたよ。アハハハハハハ!」
かろうじて会話が通じているが、どこか狂っているように見えた。なによりこの男の目的が実際にあってもわからないことがあたしの筋肉を固くした。
「それじゃ改めて、僕の名前はレイン。気軽にお兄ちゃんって呼んでもいいんだよ?」
それはそれで気持ち悪いね、と言いながら一人で笑い出した。
こうなった以上埒が明かないので、あたしはここに来た目的を果たそうとする。
「それで、あたしに何の用事? それとどうして和奏のことを知っているの?」
あたしがそう尋ねると、この男の雰囲気が変わった。軽薄な笑みが不敵な笑みに変わり、あたしのことを不思議な目で見てくる。
まるで、子供がおもちゃを見るような・・・
「君のことは君のお友達から聞いたんだよ。えっと、わかなちゃん? 多分その子かな。それで聞いているうちに面白そうだなって」
「っ! 和奏がどこにいるか知ってるの!?」
やはりこの男は和奏の失踪に関わっていた。もしかしたら、これで和奏の居場所がわかるかも。
「さあね? 僕にもあの女のことはよくわかんないんだよね。少なくとも、もう君が知っている彼女じゃないのは確かだけど」
また軽薄な笑みを浮かべそんな事を言ってきた。
あたしが知ってる和奏ではない。その意味がよくわからなかったが、結論から言うとこの男にも明確な居場所はわからないらしい。
「それでね、あの女が君のことを教えてくれたんだ。君ってすごく愛されているんだね」
突然レインと名乗った赤髪の男はこちらに詰め寄り、ニコニコしながらこちらへ向かって歩いてきた。
「和奏が、あたしのことを?」
「そうそう。僕にいろいろ教えてくれたよ?」
正直信じられなかった。あたしが知っている和奏は、こんな気味の悪い男に協力するなんて絶対にしないし、何より友達の情報を勝手に流したりしない。
「僕ってね、危機的状況がウェルカムなんだ。危険と常に一緒に生きていたい。影に脅威が潜んでいてほしい。よく馬鹿にされるんだけど、そっちの方が楽しいじゃない?」
あたしは後ずさりしながらこの男から目を離さなかった。
あたしの本能が今すぐこの場から逃げろと騒いでいるが、足が震えていうことを聞かなかった。
「それでね、君を僕の遊び道具にしようかなって。そうすれば自然に敵は増えていくでしょ? 少なくともあの和奏ちゃん? あの女は敵になるわけだしね」
だから君も協力してね?
あたしはそう同意を求められるが正直この男がなにを言っているのかわからなかった。
気が付けばレインとの距離もあとわずかになっていた。
「そうだな、さすがに殺しちゃうのはまずいから適当に痛めつけるかな。いや、首輪をして連れまわすのも面白そうだな。うーん、こういうの久しぶりだからあんまりいいのが浮かばないな・・・君は何をされたい?」
あたしは体を動かすことができなかった。それだけの恐怖がアタシの中を駆け巡り、体の震えが止まらなかった。
そんなこともお構いなしに、レインがこちらに手を伸ばしてくるのが見え、あたしは絶望の淵に立たされた。
(和奏っ・・・ごめん。あたしはまた何もできなかった)
もうしばらく顔を合わせていない友達のことを思い浮かべ、目の前に手が近づくのが見え・・・
『おまえはもう諦めているのか?』
あたしはその手を振り払っていた。
最後に聞こえた幼馴染の声が、あたしに勇気をくれたのだ。
(そうだ。諦めるのなんてあたしには似合わない。これからどんな目に合おうと、あたしは諦めない)
そう覚悟を決め前を見るとレインが不思議そうに払われた自分の手を見つめていた。
「なるほど、抵抗できるタイプか。なら痛めつける方向で行った方がよさそうだな。うんうん、なんだか楽しくなってきたな!」
そう言われ、今度はただの手ではなく握りしめられた拳が飛んでくるのが見えた。
非力な腕をしているが、なぜかその拳をくらってはいけないような気がしたあたしはあえてしりもちをつくように倒れこみ何とかその拳をよけることに成功する。
「ふーん。運がいいんだね。まあいいや、もう逃げられないだろうし!」
そう言いながら再び拳が飛んでくるのが見えた。今度はよけることなどできそうもなく、気が付けば周囲の光景もスローモーションのようになっており・・・
(ごめん、お父さん、お母さん。・・・蓮)
大切な人たちの顔が浮かび、あたしは思わず目をつぶる。
しかし、その拳がアタシにまで届くことはなかった。
目を開くとそこには見慣れた顔があった。その人物があたしに向けられた攻撃を防いでくれたのだ。
「悪いな、意外と遅くなってさ」
「あ・・・・・」
もしかしたらもう会えないかもと覚悟した幼馴染の男の子。
ある意味家族より特別であたしが誰よりも信頼している。
「ここからは、俺に任せろ」
「うん・・・蓮!」
あたしは涙を流しながら幼馴染の名前を呼んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます