第18話 後悔
「璃子、入っていいか?」
扉の前に立ち、俺は部屋の中にいるであろう人物に声をかける。
しばらく静かな時間が流れたが、中から慣れ親しんだ気配を感じるので不在ではないだろう。
「・・・・・いいよ」
しばらくして璃子がようやく返事を返してくれた。どうやら入室を認めてくれたようだ。
俺は懐かしいドアノブを回し久しぶりに璃子の部屋に入る。
葉島のお嬢様のような部屋と違い璃子の部屋は女の子らしい部屋だった。
まず目に入ってくるのは、彼女の相棒的な存在である深い青のギター。
いつからあるのかわからないぬいぐるみや机の上に積まれた漫画、棚の上には今までの写真が飾られており、そこには無愛想な俺の姿もあった。
璃子は毛布をかぶりベッドの上で座り込んでいた。
「久しぶりだな、ここに来るのも」
「ずっと来なかったからね」
謎の感動を覚えた俺だが、今の璃子の姿を見てつい目を細める。
何か思い詰めている顔をしており、先ほどまでの元気な姿はどこにも感じられなかった。
それどころか、時間が経つにつれ元気が吸い取られて行っているような・・・
「それで、手紙には何が書いてあったんだ」
「・・・・・言えない」
俺はつい「は?」と調子のない声を上げてしまう。
ここまで暗いトーンで話す璃子を見たことはないし、プライベートな事とはいえこのように拒絶されるのは初めてだったからだ。
「ど、どうしたんだよ、なんかお前らしくないぞ」
「なんていうかさ、よくわかんなくなっちゃったんだよね」
そう言う璃子の姿は落ち込んでいるというより迷っているように見えた。
まるでどうすればいいのかわからない子猫のような・・・
「何か俺にできることはあるか?」
「・・・・・」
璃子は答えない。否、答えられずにいた。
自分の中で何かしらの葛藤があるように見えたが、それもすぐになくなり諦めたかのような表情をする。
「ごめん、今は少し一人にしてほしいかな。ちょっと考え事をしたいから」
璃子は俺に出て行けと遠回しに伝えてくる。
なんとなくだが、璃子をこのまま一人にしてはダメな気がした。
このままでは取り返しのつかないことになってしまう。そんな予感を俺の第六感が告げていた。
「璃子、困ったときは助け合うって言っただろ」
「うれしいけど、今はちょっといいかな」
どうやら取り付く島も与えてくれないらしい。それほどまでに今の璃子は俺を寄せ付けなかった。
恐らくこのまま俺が話しかけても膠着状態が続いてしまうだろう。何となくそれがわかってしまった。
このままでは意味がない。だから俺は、あえて部屋から出ていくことにした。
ここにいても、何も進展しそうにない。だからこそ要望通りに璃子を一人にすることにした。
もしかしたら、時間が解決してくれるかもしれないからだ。
俺は足を動かす前に最後に璃子に伝える。
「わかったよ。とりあえず俺は行くけど、これだけは言っておくぞ。俺はいつでもお前のことを助けるから」
「・・・・・」
暗くて重い雰囲気に包まれながら、俺は璃子の部屋を後にした。
※
「その、いいんですか?」
「いいもなにも、こんな遅い時間に帰すわけにはいかないだろう。君が使っていた部屋もほとんどそのままだし、今日はゆっくりと泊っていきなさい。幸い、明日は日曜日だしね」
俺が階段を下りてきたとき、透矢さんが俺に泊まっていきなさいと提案した。
さすがにそこまでお世話になるのは気が引けたが、璃子をこのまま放っておけないし、俺自身ももう少しこの家にいたかったので俺はその提案を受け入れた。
「それじゃあ、お言葉に甘えます」
「ええ、ぜひそうしていきなさいな。お布団はいっぱい余っているわ」
話を聞いていた美鈴さんもその提案に賛成し俺の一泊が決まった。
「それで、璃子とは何か話せたかい?」
「それが、言いずらいことらしくて。俺には何も話してくれなかったです」
「そうか・・・」
そう言いながら透矢さんは苦い顔をする。やはり、心配しているのだろう。その顔は一人の立派な父親の顔だった。
「蓮くんに話してくれないなら、私たちが聞いても同じだろう。とりあえず様子を見るしかないか」
「ごめんなさい。あんな事を言って何の役にも立てなくて・・・」
俺がそう謝ると透矢さんが笑いかけ、俺の肩に手を置く。
「君が謝る必要はないよ。璃子にも何か事情があるんだろう。時間が来たら自分から話してくれるさ」
そう言って俺のことを励ましてくれる。
(ダメだな。俺のことまで心配させちゃ)
この人たちにこれ以上の心配事をさせたくない。だからこそ俺が頑張らなければいけないのだ。
「とりあえずもう遅いし、蓮くんはお風呂に入ってもう休みなさい。着替えは前に使っていたのがあるから、好きに使いなさい」
「はい、ありがとうございます」
そのまま以前使っていた服をいくつか見繕い、歩きなれた道を通ってお風呂場へと向かう。
俺はそのまま風呂に入ってこれまでのことを思い出しながら湯船につかった。
(璃子はいったい何を見たんだ)
璃子があそこまで動揺するなんて今までなかっただろう。よほどのことが手紙に書かれていたに違いない。
そして俺は何もできていない。
(クソッ、これじゃああの時と同じだ)
何もできずに過ごしていたあの時の俺とは違うはずなのに、俺はまた無力で無知なままだ。
(そもそも、佐藤和奏はどこに行ったんだよ?)
元凶は誰だと聞かれれば、間違いなく自分からいなくなったと思われる璃子の友達である彼女だろう。
彼女が今いてくれたなら、璃子のことを救えているかもしれないのに。
俺は目をつぶりながらないものねだりをやめる。
(俺が何とかしないといけないんだ)
璃子のことを守る。そう決意したからにはこのままではだめだろう。
彼女の力になるには何をすればいいのか。しかしそれが思いつかない。
結局俺は何もできないまま、以前使っていた部屋に身を寄せるのだった。
※
「・・・・・ん?」
もうすぐ日付が変わるであろう深夜。眠ろうとしていた俺は無意識に異能力を発動していた。
よくわからないが、俺の気配探知や治癒能力はまるでタイミングを見計らったように発動するのだ。しかも、そういう時に限って何かしらアクシデントや危険が迫っている。
念のために俺はこの家の中と周囲の気配を探ってみることにした。
透矢さんと美鈴さんは二階の部屋ですでに寝ている。二人の気配が近くの部屋にあったのを感じたからだ。
だがすぐに違和感に気付く。
「璃子の気配がない!?」
俺は慌てて璃子の部屋まで移動する。扉の前に立つが中に人の気配は感じられなかった。
それどころか、この家のどこからも彼女の気配を感じることができなかった。
俺は無言でドアを開ける。この部屋の主は既におらず、先ほどと全く変わらないガラリとした部屋をのぞかせた。
ベッドを触ってもぬくもりは感じられなかったため、かなり前に家を出たのだろう。
「あいつ、こんな時間にいったいどこに!?」
透矢さんたちを起こそうと思ったが、どこか様子が変だ。
部屋に荒らされた様子などはなかったから自分からどこかへ行ったのだろうが、璃子は今までそんなことをしたことはない。
「あ!」
俺は璃子の机の上に何かが置かれていることに気付いた。
「これは、さっきの封筒?」
どうやら璃子はそのまま手紙を置きっぱなしにしていったようだ。
「悪い、璃子」
この場にはいない相手に謝りながら俺は封筒の中から手紙を取り出しその内容を読む。
「なっ!?」
俺は最初何を読んでいるのかよくわからなかったが嫌でもその内容を理解する。
そして同時に先程までの璃子の不審な様子の意味がようやく分かった。
「クソッ、あのバカ。いや、それは俺もだ・・・」
俺は後悔する。あの時もっと強引にでも聞き出していればこんなことにはならなかっただろう。
俺はあの時、部屋を出ていくべきではなかったのだ。もう少し粘っていれば、璃子も話してくれたかもしれないのに。
「このままじゃマズイ。早く行かないと!」
透矢さんたちには悪いがこのまま眠ったままでいてもらうことにした。
彼らをこんなことに巻き込みたくなかったし、一般人にはどうしようもないだろう。
俺は慌てて靴を履いて璃子を追う。異能力を全開で発動し、闇に包まれた住宅街の屋根を飛び回りながら駆けていく。
「急がないと、手遅れになる前にっ!・・・」
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