第20話 有利と不利
「一応聞いとくけど、お前はレインで間違いないな」
「一応答えるけど、うん。そうだよ」
リブラに聞いていた特徴と一致したため、やはり一連の事件に異世界人が関わっていたことを俺は確信する。
俺は璃子を抱えて、後方へ大きく後ずさった。璃子が顔を赤くしたが今ぐらいは見逃してほしい。
「それで、これからおもしろそうって時に現れた君は何、王子か何か?」
不機嫌さを隠そうともせず顔をしかめながらレインが俺にそう問いかける。
俺は璃子を下ろして庇うように前に出る。
そして俺はその言葉について、少し真剣に考えてみた。
俺が璃子の何かって、そんなの決まっている。
「俺は水嶋蓮。璃子の幼馴染で、家族だ!」
俺がそう言い放つとレインはキョトンとした顔をして一瞬目を見開いていた。後ろから璃子が照れているのが伝わってくるが、逆に俺は璃子のそんな態度に安心感を抱いた。
「家族ねぇ・・・フフフ。なるほどなるほど、璃子ちゃんの家族かー」
すると先ほどまでの雰囲気が一変して俺に好意的な態度を取り始める。
「つまり君を僕の物にしてしまえば璃子ちゃんも僕の物になるよね。だって家族だもの! 支えあって生きるのが当然でしょ?」
何を言っているのかわからなかったが、完全に狂っているのは伝わってきた。
どちらにしろ戦いは避けられそうにない。
「璃子、後ろに下がっておけ。もし俺に何かあったら、俺にかまわず交番まで逃げろ」
正直今逃げてもらうのが最善だが、こんな夜中に一人でさまよわせることの方がリスクが高いと判断したため、できれば近くにいてもらえるように璃子に伝える。レインがいるなら残りの異世界人もこの場の様子を探っているかもしれない。
何より、今の璃子の足は震えが止まっておらず満足に走れるとは思えなかったからだ。
「そんな!? あ、危ないよ蓮、一緒に逃げようよ」
「悪いな璃子。それはできそうにないや」
俺が聞いた話によるとレインはこちらに来た異世界人の中でも血気盛んな部類に入るらしい。そんな奴が俺たちを逃がしてくれるとは思えなかった。
それに何より、もし本気になられてらそこから始まるのは一方的な蹂躙だろう。
つまり俺たちは人生最大の窮地に陥っているわけだ。
しかし俺はレインに対してわずかな有利性を持っている。
恐らくレインは俺のことを知らない。あの手紙に俺のことが書かれていなかったことから、璃子の近くに異能力者がいるとは知らないはずだ。
そして俺はリブラから、異世界人の情報を聞かされている。
わずかな光だが、俺たちにも少しの勝機はあるというわけだ。
情報の差。これがどれだけ有利に働いてくれるかはわからないが、今はそれに頼るしかない。
「お話はこれでいいかなー? えっと、蓮くんだっけ? とりあえず安心してね。君のことは殺さないよ」
今まで黙りこくってこちらの様子を見ていたレインは、そう言いながら今まで以上に不気味な笑顔で俺に近づいてくる。
少なくとも俺が異能力者ということを知っていればこんな迂闊に近づいてきたりはしないだろう。
だから俺はレインが俺たちのことを知らないと確信した。
(チャンスは一度きり。俺が先手でこいつに一撃を与える)
勝機があるとすればレインに先制攻撃を仕掛け、起き上がることができないような一撃をレインに放つことだ。
異能力を完全に使いこなせていない俺とレインでは圧倒的にこちらが不利だ。それは奴から放たれる威圧感を感じ取れば明らか。
もし長期戦に持ち込まれてしまったら俺に勝ちの目はなくなるだろう。
ここで戦えば璃子に異世界のことを離さざるを得ないが、正直なりふり構っていられない。
俺は秘密より、幼馴染の・・・大切な女の子の命を優先することにした。
「ああ、殺しはしないと言っても適度に壊してあげるからね。そうだな、まずはその舐めた口をきけないように舌を引きちぎってあげよう♪」
どうやら俺とまともに戦う気はないらしく、完全に俺のことを舐め切って油断しているようだ。
(タイミングを合わせろ、奴がかわせない距離まで接近するんだ!)
俺の異能力は発動するまで少しタイムラグがある。これは異能力者ならだれでもそうだが、詠唱をしなければ異能力は発動しない。
そのタイミングを合わせるために俺は極限まで神経を張り詰めた。
「あいにく専門の道具はもっていないんだ。だから素手でやることになるんだけど、まあ関係ないよね、もう喋れなくなるんだから」
あと数歩、目と鼻の先まで奴が来た。
(耐えろ・・・あと少し)
そしてついにレインが俺の口に手を伸ばそうとした。
(ここだ!!)
『同・・・』
俺が異能力を発動しようとした瞬間、レインが大きく後方に跳んだ。
その顔からは先程までの笑みは失せ、明らかに動揺していた。そして自分の手と俺のことを交互に見て俺に尋ねてくる。
「? どうして僕の体が反応したんだろう・・・ねぇ、君何かしようとした?」
体の反射。
戦闘に精通した者は意識しなくとも体が危機を察知して、自然と最適な動きができるようになると聞いたことがある。第六感ともいうべきか。
レインは第六感のようなもので俺の攻撃を察知して、後方へ避けてしまったのだろう。
それは同時に俺のたくらみが頓挫したことを意味した。
(しまった、絶好の機会だったのに!)
俺は内心舌打ちする。今のが最初で最後のチャンスだったのだろう。
レインは先程までの笑みを消し、真剣な顔で俺のことを見ていた。どうやら完全に警戒されてしまったらしい。
「蓮くんさっきさぁ、なんか叫ぼうとしていたよね。何をしようとしたの・・・かな?」
「ぐっ」
レインがそう言い放った瞬間、とんでもない殺気が俺に向かって飛ばされた。
震えが止まらず、今にも逃げてしまいたかった。
後ろにいる璃子も顔を青ざめさせており、今にも気絶してしまいそうなほど体を震わせていた。
「うーん。気になるなぁ。こっちの世界に来てこんなことは一度もなかったのに。もしかしてなにか武術にでも心得があるの?」
「あいにくと、スポーツなんて今までやったことないね」
俺は何とかレインの問いかけに応える。ここで答えないと余計な詮索をされてしまい、俺が異能力者だということがばれてしまうかもしれない。
この有利さだけでも、決して捨てるわけにはいかなかった。
「仕方がないなぁ、あんまり使いたくはなかったけど・・・これなら君も秘密を明かしてくれるかな」
「?・・・何を」
俺が疑問を浮かべてレインの方を見た瞬間、レインが一瞬怖い表情を見せ何かをつぶやくのを聞いた。
『
その瞬間、圧倒的な闘気がレインの体から発せられた。
次の瞬間だった。
(っ!? マズイ!!)
俺も異能力による第六感のようなものが働き、このままではいけないと直感する。
俺は慌てて異能力を発動し、璃子を抱えその場を離れようとした。
『
異能力の発動時間は鍛錬の成果もあって今まで以上に早い発動をすることができた。
命の危機による火事場の馬鹿力という奴だろうか。
璃子は呆け、何が起きたかわからないように困惑しているが、俺はこれなら何とかなると確信する。
しかし次の瞬間、とてつもない衝撃波がすぐ近くから押し寄せてきた。
「うわっ!?」
「きゃあ!」
俺は思わず吹き飛ばされてしまい、璃子だけでも守ろうと璃子を守る形で地面を転がった。
「へぇ、何かあると思っていたけど」
煙の中からおぞましい声とプレッシャーが放たれ、俺は思わず凍り付いてしまう。
「まさか異能力者だったとはね。全然気づかなかったよー」
声が聞こえた方を見ると、レインが先ほどまで俺たちが立っていたところに座り込んでいた。
否、正確にはその拳を地面に振り下ろしていたのだ。
そこにはちょっとしたクレーターができており、明らかに俺たちを殺すつもりで放たれた一撃だった。
「璃子、お前だけでも隙を見て逃げろ」
俺はレインに聞こえないように璃子に耳元でささやく。
一撃で倒せるなら璃子がそばにいてもよかったのだが、多少のリスクを負ってでも璃子を逃がした方がいいと判断しなおした。
いつだか懸念したように、俺では璃子を守りながら戦うことはできないと悟る。
俺が真剣な顔をすると、レインは輝くような笑顔で俺に向かって叫ぶ。
「璃子ちゃんに目を付けたのは、大正解だった!!」
狙いが完璧に潰えてしまい、俺たちはとてつもない窮地に追いやられてしまっていた。
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