第10話 先輩

「おまっ、なにしてんだよ!?」


「それはこっちのセリフだって・・・ゴホッ、ゴホッ」




 完全にむせてしまった璃子の背中をさすりながら、水筒を手渡した。




「落ち着け、というかどうした!?」




 璃子は落ち着いた後、水筒を改めて飲んでからこちらに向き直る。




「そりゃああの服部先輩でしょ、あの人の名前を出されたらびっくりするよ!」




 どうやら葉島はとんでもない人を紹介してくれたのかもしれない。何せ璃子がこれほど驚くほどの人物だ。ただ者でないことは確かだろう。




「あの人って、いったいどんな人だよ」


「えっと・・・騒がしいというか、みんなで楽しむことをモットーにしている人?」




 葉島がそんな人物と親しくしているのは意外だったが、恐らく力になりたいと思った結果だろう。だが少しだけ不安になってきたのは事実だ。




「頼りになるのかなーあの人。そんな印象わかないんだよね」


(・・・・・葉島)




 いったい葉島はどんな人と仲良くなったのだろう。


「悪い人じゃないんだよ」とフォローしていたが、璃子がこんな風に驚くなんてなかなかない。こいつは誰とでもフレンドリーに接して友達になれるから、こんな反応を見たのは初めてかもしれない。




 祈るように俺は放課後を迎えるのだった。






  ※






 俺たちは近くの喫茶店を訪れていた。葉島によるとこの喫茶店で待てとのことだった。


 服部先輩が何やら用事があるようで合流には少し時間がかかるということだった。




「久しぶりだよねーこうして二人で同じテーブルに座るの」


「あの時からそんな経ってないだろ」




 俺はいろいろなことがあり、一時期璃子の家にお世話になっていた。同じテーブルで食事などを共にし、同じ家で寝泊まりした。あの時のことは今も鮮明に覚えており、多くのことを教わった。


 俺の家事スキルはあの時から向上していったのだろう。そんなに時間は立っていないはずだが、あの日々が懐かしく感じられた。




「そんなって、あれから1年くらいは経つんだからね!」


「も、もうそんなにか・・・」




 時間が流れる速さを実感しながら、俺と璃子はドリンクバーを注文し他愛もない世間話をしていた。気づいたらドリンクバーを制覇しそうな勢いで何回も二人でお替りのために席を立っては楽しく話してはしゃいでいた。




「これ、じゃんけんで負けた方がイッキね」




 そう言いながら俺の目の前に不穏なドリンクが置かれる。どうやら五種類ほど混ぜたらしい。




「おまえは・・・」




 昔と変わらない幼馴染の在り方に俺は懐かしさに浸ってしまう。俺はため息をつき呆れつつ笑顔になってしまうのだ。


 そう言う意味では、この関係性は俺の人生の中で最も誇らしいものだろう。




(またリブラとも一緒に来たいな)




 以前来たときはリブラは内心はしゃいでいたであろうことを俺は見抜いていた。この前はアズールのせいで緊張感が漂っていたが、次は前回よりも楽しい食事になることは間違いなかった。


 この場にいない異世界人の少女の顔を思い浮かべ俺はついそんなことを思ってしまう。


そんなことを思っていた時だった。うちの高校の制服を着た人物がやってくる。




「君たちかい? 僕に用があるらしいけど」




 僕という一人称を使う少女が俺たちの前までやってきた。


 不思議そうな目をして俺たちの顔を覗き込んでくる。




(・・・この人が)




 服部遊香はっとりゆうか




 身長は璃子より低く、弱体化しているリブラよりは高い。薄い銀髪のような色合いの髪をしており、髪の丈は葉島ほどだろうか。前髪に印象的な蝶の髪飾りをつけている。その顔も童顔で大人っぽいというより子供らしい雰囲気を感じてしまう。クラスのムードメーカーらしく普段ではクラスの中心に立ち、積極的にコミュニケーションをとっているのだとか。




璃子に聞いていた特徴と一致するのでこの人が葉島が頼った人物だろう。




(なんか、年上っぽくないな)




美しいというより可愛らしいというのだろうか。そんな印象的な人が俺たちのことを観察するように見ていた。




「もしかして、服部先輩ですか?」


「ええそうよ。というか、りこりんも来てたんだね」


「りこりん?」




 どうやら璃子のことらしい。あだ名で呼ばれるほどには交流があるとみて間違いないだろう。


 先ほどは驚いていた璃子も今ではうれしそうな顔をして先輩のことを見ている。どうやら苦手というわけではないらしい。




「ご無沙汰です遊香先輩」


「アハハ、ほんと久しぶりだねー」




 そんな事を言いながら先輩は璃子の隣に座る。割と仲がよさそうだと思っていると、先輩が俺のことを興味深そうに見てくる。




「ところで君かな、メーちゃんに僕と会いたいって頼んだの?」


「はい。水嶋蓮といいます」




 佐倉先輩には部長としての貫禄があったせいで妙な緊張感があったが、この先輩にはそんなのを微塵も感じなかった。良くも悪くもフレンドリーで俺は距離感を図りかねていた。


 隣で璃子は「メ―ちゃん?」と疑問を浮かべているが、とりあえずそのことから意識を外し俺は先輩の目を見る


 しばらく無言で見つめあってみると突然先輩が笑ったかと思うと、目を輝かせ、こちらに顔を近づけてきたので俺は思わず顔を引いてしまう。




「なんというか・・・面白そうな気配をしてるね、君」


「気配、ですか?」


「そう! そうだよ!!」




 どうやら先輩は俺から何かを感じ取ったらしい。まるで小さな子供がはしゃぐように俺のことを楽しそうに見つめてくる。




「うんうん。メーちゃんと仲がいいってだけで注目の的だったのに、実際に目で見て確信しちゃったな。すっっごく面白そうな感じがする! 僕の勘も意外とあてになるものだね、フフフっ」




 俺は少しあっけにとられていたが、先輩は止まらなかった。




「聞きたいな、ねえねえ聞きたいなー、どうやってメーちゃんと仲良くなったの? というか、あの子が変わったのって君の影響なの? そうだよね。というかどんな関係なんだろ。ねえねえどーなのー?」


「ちょ、遊香先輩、蓮が困ってますって。トリップしないで戻ってください!」




 そう言いながら璃子が先輩を牽制してくれる。


 どうやらこの先輩は俺と葉島のことを聞きたいらしい。さすがの璃子も苦笑いをしながら先輩をいさめていた。だが、幼馴染である璃子がいる手前、女友達のことを話すのは何かと気が引ける。というか恥ずかしいものがあったので俺は幾分か言葉を濁し掻い摘んで説明する。




「あいつとはそんな関係じゃないですよ。たまたま仲良くなっただけですよ」


「そのたまたまがどれだけ難しいことなのか、君はわかってるのかな~?」




 どうやら先輩は流されてくれないらしい。確かに、葉島と仲良くなるなんて、以前なら誰にも不可能だっただろう。しかし、最近の葉島は俺たちと関わった影響で少しずつ周りにも目を向けるようになった。この変化はいい傾向だろうとリブラも安心していた。




 服部先輩は俺に何か要因があると踏んでいるらしい。というかほぼ確信しているらしかった。




「その話はまた今度でいいですか? 服部先輩」


「もう、流されちゃったな―。あ、あと遊香でいいよ」




 何とか話を切り上げることができた俺は、内心ひやひやする。




 何だろう、この先輩と喋っていると余計なことを話してしまいかねない。しかも少し話していて思ったが、頭の回転が恐ろしく速い気がする。もしかしたら、リブラと同じくらい・・・




 率直に言って俺の苦手なタイプだ。こういう人はとことんやりにくい。リブラとは違い完全なる好奇心であることから、下手に誤魔化そうとするとボロが出かねない。


 その証拠に俺は完全にロックオンされていた。しかも俺の隣にいる璃子もこちらを訝しむように見ている。これは後々影響が出るかもしれないと俺は心に留めておくことにする。




「ところで遊香先輩、そろそろ本題に入っていいですか?」


「ああ、そういえば話があるんだったねー」




 そう言って遊香先輩もドリンクバーを注文し適当なドリンクを持ってきてから俺の席の正面に座る。先輩はメロンソーダを選んだらしく、おいしそうに飲んでいる。




「それで、私に話って?」




 メロンソーダを半分ほど飲んだ先輩に、俺は失踪事件のことを伏せつつ先輩に言う。




「あなたに聞きたいことがあるんです、遊香先輩」




 すると先輩は面白そうに俺のことを見つめ返してくる。


 その顔は好奇心からかワクワクしているように感じた。


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