第2章 薄氷の絆
第1話 葉島メイ
桜も散り始め、緑が生い茂る季節になってきた五月半ば。私は駅前のショーウィンドウの前で待ち合わせをしていた。
以前の私なら信じられないだろう。まさか休日に友人と出かける約束をするなんて。
いつも休日は家で一人で過ごしたり、ペットショップで動物を寂しく見たりしていた。誰にも理解してもらいたくなく、誰のことも理解しようとしなかった。
そんな私がつい最近、信じあえる友達ができたのだ。つい先日はその一人と家でお泊り会をした。使用人は私が友人を連れ込んだことに驚き、ひそひそと陰口をたたいていた。
しかし実際によく聞いてみると、それは陰口などではなく、喜びからくるひそひそ話だった。なんでも、私に友達がいないことを知っているらしかった使用人たちは私のことを心配してくれていたらしい。だからこそ私が友人を連れてきたときは大いに喜んでいた。夕食に出てきた食事の豪華さがその証拠だ。
リブラも私の家で出る食事に目を輝かせていた。なんでも食べたことがないものばかりだったらしく、終始おいしそうに食べていた。
そしてそのあとはお風呂に入り、一緒に夜遅くまでゲームをしたり、お話をしたりして過ごしたのだ。
(あの日は楽しかったな・・・)
自分にこんな感情が芽生えるなんて昔の私は思ってもいなかっただろう。だからこそ私は自分を救ってくれた二人に感謝をしている。もちろん面と向かっては恥ずかしくて言えないが、私なりに柔らかくはなったつもりだ。
そんなことを考えていたら、向こうから見慣れた人影が歩いてくるのが見えた。
背丈は私より小さく、普段は青い髪を今日はウィッグで隠し、私と同じような黒髪にしている。そして先日一緒に買い物に行った際に買っていた服を着て私の方へと笑顔で近づく。そして、
「お待たせしました、メイ」
「おはよーリブラ!」
私は異世界人の親友であるリブラと合流した。
※
「それでリブラ、水嶋君は一緒じゃないの?」
今日はリブラだけではなく水嶋君とも出かけることになっていた。
名目は家電とリブラの衣服の購入だ。最初は水嶋君とリブラだけで行く予定だったのだが、それを聞きつけた私が付いていきたいと申し出たのだ。
二人は快く了承してくれて、このショーウィンドウで待ち合わせをする予定だったのだが、彼の姿が見えなかった。
「誰かと電話をして、一度そちらに行くと言っていました。けれど、すぐに追いつくと言っていたので、そう時間はかからないみたいです」
「ふーん・・・」
私は少しだけほほを膨らませながらリブラとファッションショップを目指す。
約束を破られて少しだけ遺憾だが、もともと言い出したのは私なので大目に見ておくことにする。
そんな私をリブラが苦笑して隣を歩きながら駅周辺を歩いて回る。
近くのショップで服の試着をしたり、ちょっとしたファッションショーを開きながら私たちはなんやかんやで休日を楽しんでいた。
アズールを捕らえて以来、この町で不審なことが起こることはなくなった。どうやら敵は完全にこちらを警戒しているらしい。要するにうかつに手を出せないと理解したのだろう。
だからこそ、私たちにも多少の余裕ができこうしてショッピングなどを楽しめるのだ。
しかし、異世界人の脅威がある程度収まったとはいえ、元凶は断ち切っていない。さらに厄介なのはそれだけが私たちを悩ませる種ではないということだ。
それに現在進行形でまったく別の問題が起こり始めていた。
「よお嬢ちゃん、買い物中かい? よかったらお茶とかどう?」
「奢ってあげるからさ、とりあえず行こうよ!」
いかにもガラの悪そうな男たちが私たちに絡んできた。
そうなのだ。今まではナンパなんてされることがなかったのだが、リブラと一緒に歩いているとこういう機会に巡り合うようになってしまった。
自分でこんな事を言うのは何だが、私たちは目立つ。仮にも学校でマドンナと呼ばれている人物とかわいらしい少女がそろって出歩いているのだ。
しかもリブラによると、私の雰囲気も以前と比べ明るくなったらしい。学校で告白される回数が以前にもまして多くなったのはこれが原因だろう。
これらを総合して、私たちには下心丸出しの男たちが寄り付くようになってしまった。
「すいません、これから用事があるので」
「少しぐらいいいじゃないか? なあ」
そんな事を言いながらこちらを逃がそうとはしてくれない。どうやら完全にマークされてしまったようだ。こういうことがあるとリブラの異能力発動の際に放たれる光を使って逃げることがあるのだが、ここは人目に付きやすくそんなことをするわけにもいかない。
どうしようと私が悩んでいた時だった。
「俺の連れに何か用ですか?」
も・う・一・人・の・友・達・が私たちに割り込んで入ってきた。
「ああ? なんだよお前」
「すいませんがこれから彼女たちと買い物に行かなかければいけないんですよ」
「てめぇの話は聞いてないんだよ! とっとと失せやがれ!」
「すいませんが友達を見捨てるわけにはいかないので。それにいいんですか? 周りからすごく見られてますが」
「っ・・・」
私も気づかなかったがどうやらかなり注目されていたらしい。よく見ると携帯電話を取り出している人たちもいた。もしかしたら通報しようとしてくれていたのかもしれない。お店の人もよく見るとこちらに向かってきていた。どうやら騒ぎを聞きつけて、助けに来てくれたようだ。
「・・・・行くぞお前ら」
そう言いながらガラの悪い連中が店から去っていった。私は緊張が解け大きな深呼吸をした。
「お客様! 大丈夫ですか!?」
そう言いながらこの店の店員さんがこちらに来てくれた。今まで人のことを信じなかった私だが、優しい人も実在するのだと穏やかな気持ちになった。
「ええ大丈夫です。友達が助けてくれたので」
「そうですか、それはよかったです」
そうして店員や周りの人は安心したのか人込みは少なくなっていった。私が見ようとしていなかっただけで、私のことを心配してくれている人はもしかしたらまだまだいるのかもしれない。これから向き合っていこうと決意を胸に、助けてくれた人物へお礼を言う。
「ありがとう、水嶋君」
「助かりました、レン」
「ああ、何とかなってよかったよ」
そう言って水嶋君は何もなかったかのように笑ってくれる。私はこんな友達を持てたことが今では誇らしい。
何とか合流できた私たちは、改めて家電を買いに近くのショッピングセンターに向かっていた。
「そういえばレン、結局用事とは何だったのですか?」
そうリブラが水嶋君に尋ねる。まあ約束を破ったのだ。リブラはそういうところに厳しいし、理由次第では案外怒り出すかもしれない。
「ああ、ちょっと璃・・・知り合いに呼び出されてさ、そいつに少し付き合っていたんだ」
はっきりとしない事を言っていたが、どうやら誰かに助けを求められたらしい。
まあそういうことなら仕方がないと、遅れてきたことは咎められなかった。
それはリブラも同じらしく、仕方がないですねと言いながら笑みを浮かべていた。
そんな会話をしているうちに家電ショップへと到着する。なんでも今日は炊飯器を見に来たそうだ。人が一人増えたので、ご飯を炊く量が増えたのだとか。機会があればトースターも買うとも言っていた。
(やっぱり・・・同棲?)
本人たちは半同棲だ~、とか食事だけだ~とか言ってるが、本格的に同棲を始めそうな勢いだ。案外既に一緒の家で寝ているのかもしれない。
買い物を終えると水嶋君はパソコンの周辺機器を見たり、リブラは展示されているヘッドホンを手に取り遊んでいた。
案外二人はお似合いなのかもしれないな・・・
私は何となくそう思ってしまった。
※
「今日はありがとうな葉島、買い物に付き合ってもらっちゃって」
「ううん、私が行きたいって言ったんだしむしろ邪魔しちゃったかもだけど」
「いいや、リブラも楽しそうだったし色々話せて楽しかったよ」
正直家電についてアドバイスなどができればと思ったが、私はあまり家事が得意ではないので何か言おうとするとボロが出そうで怖い。
(自炊、始めようかな・・・)
そんな淡い決意をしながら私たちはそれぞれ家に帰るのだった。
※
「あいつらか・・・」
平和な日常。普段より気が緩んでしまうのは仕方がない。
「すぐに殺してみせる」
しかし危険とは、いつでも知らぬうち自らに降りかかってしまうものである。
新たな脅威はすぐそこまで来ていた。
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