第1章 エピローグ
俺たちは結局その日葉島の家で休んだ後、葉島の異能力で俺の家まで送ってもらった。
友達になったとはいえ男が女の子の家に泊まるなどはあってはならないと、俺が強く主張したからだ。
それに、明日の朝になれば葉島の家の使用人が出勤してきてしまい、事態がややこしくなってしまうのを避けたからでもある。
だから俺たちは昨日の夜、葉島の異能力で空の旅を満喫した。
疑っていたわけではないが、本当に空を飛べる日が来るなんて思っていなかったために、葉島が羨ましくなってしまう。
リブラは変身で飛ぶことができるし、自由に移動することができるのだ。俺の異能力を極めれば、できるようになるのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は異能力を酷使して自らの傷を癒し続けた。その結果、次の日には壮絶な疲労感があったものの何とか回復することができた。
しかし俺は忘れかけていたのだ。昨日はまるで別の世界にでも言ったような感覚になってしまい忘れていたがれっきとした休日。つまり日曜日だった。それから一晩夜を明かしたということは・・・
「今日学校じゃん・・・」
時計を見るとすでに朝の7時を回っていた。まだ多少の余裕はある。それでも壮絶な疲労感から学校に行くのをためらうほどには、俺は憂鬱になっていた。
体に巻き付いていた包帯を外し、傷がふさがっていることを確認すると先ほどまで寝ていた自分のベッドを見る。そこではすやすやと可愛らしい俺の相棒が寝息を立てていた。
彼女も俺以上に能力を酷使したのだ。昨日は杖をついていたし、今日のところは寝かせておいた方がよさそうだ。
リブラの昼食と自分の朝ご飯を簡単に作ってしまい俺は急いで食事を終え制服に身を通す。
何も言わないで学校に行くのはまずいので俺は置手紙を残しておく。ちなみに全部ひらがなだ。リブラは勉強熱心で、すでにこの国のひらがなとカタカナはマスターしたらしい。次は漢字と掛け算九九をマスターしますと張り切っていたので、俺がこの世界の学問でリブラに追い越される日は案外遠くないのかもしれない。
俺ももっと頑張ろうと自分を戒め、学校へ向かうのだった。
※
これは後日談のようなものなのだが、俺にとって誤算が二つあった。
まず、アズールのことだ。あの後リブラはアズールからいろいろと有益な情報を聞いたらしい。そしてその情報が真実だとすると、かなりまずい状況に陥っていることが分かった。
なんでもこの世界に、奴らに協力的な人間が存在するらしい。詳しいことはまだわからないが、それを聞いたリブラは頭を抱えていた。
異世界の犯罪者集団に協力する者たち。
善意ならまだしも、あんな奴らに協力するような人間だ。ロクな奴じゃないことは確かだ。しかも厄介なことに一人ではないというのだ。
その人間たちも組織的なものを作り何やら企んでいる。
単純に言って敵が増えたのだ。この世界にとっての裏切り者。これからはそいつらのことを探らなくてはならないと思い、一層気を引き締めることになりそうだ。
そしてアズールはそれ以外のことは何もしゃべらなかったらしい。以外にも仲間思いだったらしく、リブラがどう問い詰めても吐くことはなかったそうだ。
ちなみにアズールだがリブラによると異世界に帰ったらしい。
それを聞いた時俺は、えっどうやって! と素で聞き返してしまった。
なんでも異世界サイドに転移系の異能力者と対話系の異能力者がいるらしい。その者に頼んで元の世界に帰してもらったのだとか。
こちらから話しかけ対象をあちらの世界に引っ張ってもらう。リブラいわく、釣りのようなイメージらしい。
リブラが呼びかければいつでも答えてくれるらしく、これからもその方法で異世界人を送り返すそうだ。
そしてリブラもこの世界でやることが終わったらその方法で帰るらしい。
それを聞いた時俺は寂しくなってしまったが、リブラにだって故郷があるし果たさなければならない使命がある。だからその時が来ても笑顔で送り出そうと俺は密かに決心していた。
そんなことを考えながら俺は学校に着く。自転車を降りて重い体で歩きだす。
そして教室に入った瞬間、もう一つの誤算が顔を出す。それは、俺が自分の席に座ろうとしていた時だった。
「おはよ! 水嶋君」
「!?」
いつも自分の席に寄ってくる悪友たちではない。瑞々しい女の子の声が俺の耳を直撃した。
「葉島・・・?」
「どうしたの、そんな顔して?」
すっかりと雰囲気が変わった葉島が、わざわざ俺にあいさつするために自分の席を立ってこちらに寄ってきた。
その瞬間クラスには衝撃が走った。何せ葉島が自分から挨拶することなどほとんどない。しかもニコニコしながら嬉しそうにパッとしない男に話しかけに行ったのだ。
スマートフォンを落とす者や話を止めてしまう者もいた。
ざわざわとクラス全体が俺たちのことを注目していた。
目を向けると、俺の数少ない友達である吾郎と龍馬も目を見開いてこちらに駆け寄る足を止めていた。
(まずい、これは非常にまずい!)
何せ葉島はこの学校で最も人気がある女子生徒だ。今まで自分から話しかけに行くことなどほとんど見たことがない。そんな生徒がよりにもよって得体のしれない男である、俺に話しかけてきたのだ。
もちろんこれから嫉妬の視線などが痛いほど飛んでくるだろう。
しかし、いまはそれよりも、疑問を抱く視線の方が多く見受けられる。
「なんで葉島さんがあんな奴に挨拶を!?」
「ねぇ、葉島さんってあんなに可愛く笑ってたっけ?」
そんな言葉を俺の耳が捕らえてしまう。無意識にも異能力を発動してしまったようだ。だから俺は選択を間違わないように、慎重に葉島に話しかける。
「えっと・・・葉島さん、どうして俺なんかに挨拶を?」
「どうしてって、友達になったじゃない。だからまずは挨拶から始めていこうって。それに水嶋君も今更どうしたの、昨日まで呼び捨てで呼んでたのに」
その瞬間、クラスから完全に音が消えた。誰もが耳を疑うことを聞いたからだろう。しかし数秒後、もちろんこの後、とんでもない大音声がこのクラス内で響き渡ることになった。
「「「「「「「「「「「「はぁーーーーーーーーーーー!?!?!?」」」」」」」」」」」」
(やばい、火に油を注いだ・・・)
俺の悪い予感は的中し、学校を巻き込んで大きな騒ぎが起こった。
「友達って・・・なんであんな奴と!? し、しかも男だぞ!」
「昨日って・・・私たちの誘いを断って休日に会ってたの!?」
(ああ・・・・・終わったよ、俺の学園生活)
吾郎たちに目を向けると、天変地異が起こったかのような顔をして俺のことを見ていたが、慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「れ、れ、蓮、いったいなにをしたんだよ!」
「そうだよ! なんで葉島さんと仲良くなってんの!?」
これから数日、この出来事が学校で一番の話題となる。
葉島さんに男がいた!?
どうやらもう何回もデートをしているらしい!?
お互いの家に行ったことがあるんだって!?
そんな噂が学校中を飛び交い、俺は全生徒から注目されてしまうのだった。その時の俺の気分は動物園のパンダのようで、時には、果たし状が下駄箱の中に入っていることがあった。
俺はこの出来事に数日間悩まされることになったが、葉島と友達になったことに後悔はない。
今の葉島は以前とは違い、心から笑うことが増えてきたように見える。もともと中途半端な関係を築いていたクラスの友達とも、言葉に熱を込めて話しかけたりすることが増えたように感じた。
意外だったのが、リブラと葉島が俺の想像以上に仲良くなったことだ。今ではお互いを呼び捨てで呼び合い、まるで親友のようにふるまっている。
いや、二人は本当に親友となったのだろう。
リブラは調査がてら、一人で葉島の家に遊びに行くことが増え、最近はお泊り会をしたそうだ。なんでも今度、二人で駅前に遊びに行くと言っていた。たまに俺も顔を出すが、本当に二人は楽しそうに笑いあって、かけがえのない友達となっていた。
俺は今回の戦いがこの二人の友情を生み出せたのだと思うと、なぜだか誇りに思えてしまう。
俺はもしかしたら生まれて初めて、何かを守ることができたのかもしれない。
だからこそ俺は覚悟を決めた。守るものがさらに増えたのだ。敵は未知数。
だが俺に不安はない。何せこんなにも頼もしい仲間友達がいるのだ。正直もう負ける気がしない。
こうして俺たちはさらなる戦いに身を乗り出していくのだった。
第1章 完
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