第22話 友達

 端的に言うと限界だった。無理に無理を重ねた挙句、最後には自らのキャパをオーバーする力をふるってしまったのだ。それに実は風の散弾を数発くらっていたし、指の骨にひびが入っていると思う。


満身創痍。そんな言葉が今の俺にはふさわしいだろう。


 俺が目を覚ましたころにはすでにあたりは暗く、とっくに真夜中と呼ばれる時間帯になっていた。だが俺たちは既に森を抜けていた。俺はどうやら葉島の能力で外まで運んでもらったと予想する。


結界の上に俺を乗せて運ぶという、人に見られれば手遅れな方法。だがそんなリスクを負ってでも森を抜けだしたのは正解だったかもしれない。


 夜の森は危険だし、アズールの仲間が近くにいたら、間違いなく俺たちは一網打尽にされていただろう。




 もちろん俺は目覚めたときに驚いた。




「ここは・・・どこだ?」




 見慣れぬ天井。豪華な部屋。そして何より大きなベッド。何もかもがうちのアパートの部屋とは比べ物にならない。まるでお金持ちになったかのようだった。部屋の中には誰もおらず、俺は無理をして体を起こす。




「うっ・・・」




 どうやら治癒の方は完全には済んでいないらしい。体のあちこちが悲鳴を上げていた。しかしその分、俺の体には包帯や絆創膏などが貼られており、どうやら先程まで治療行為を受けていたようだ。




「あっ、起きたの水嶋君!?」




 すると聞き覚えのある声が俺の真横から聞こえてくる。




「葉島・・・?」




 ドアを開けて葉島が入ってくる。どうやら手当をしてくれたのは葉島のようだ。そして何よりこんなことををできる場所は・・・




「もしかしてここって・・・」


「あっうん、私の家」




 もしかしてと思ったらマジだった。女の子の家に入るのはほぼ初めてかもしれない。


 幼馴染である璃子の家に入ったことは何度もあるが、こうしてクラスメイトでありお嬢様のような人の家に来たのだ。そう意識すると急激に照れ臭くなるが、それ以上に緊張してきた。




「そんなに硬くならなくても大丈夫だよ。親も使用人の人たちもいないし、ゆっくりしてて」




 どうやらお見通しのようだった。笑顔を見せてくれたがそれが余計に緊張する要因となり俺は慌てて話題を提示することにした。




「あの後何があったんだ?」


「ああ、ずっと寝ていたからわからないよね。あの後・・・」




 話をまとめるとこうだ。倒れたアズールはリブラが処理をすると言って葉島に俺のことを任せたようだ。そして怪我の具合がひどかったのか俺は気絶してしまい動けなかった。


 葉島は俺の予想通り異能力を使って俺のことを運んだらしい。だが予想外だったのは・・・




「えっと・・・・俺の聞き間違いじゃなかったら、空を飛んだって言った?」


「うん。結界を使ってね」




 どうやら魔法のじゅうたんのように結界を広げ、空を飛んでここまできたらしい。リブラの知識と葉島の技術があって思いついた使い方だそうだ。




「リブラはまだ?」


「たぶんアズールと一緒にいると思う」




 リブラがこちらに来るにはまだ時間がかかりそうだと俺は思う。何せようやく捕まえることができた異世界人なのだ。貴重な情報を持っているに違いない。




『抵抗するなら、殺してでも連れて帰ります』




そんな事を言っていたのだ。拷問してでも有益な情報を得ようとするだろう。恐らくそういうところを見られたくなかったから、俺たちを先に帰したのではないか・・・




(しかし、よく勝つことができたな俺たち)




 諦めてしまいそうな場面がいくつもあった。そもそも、犯罪者集団に所属しているような人間と戦うことなど、こちらの世界でもそうそうない。勝つことができたのは全員がすべての力と知恵を振り絞って、最後まであきらめず戦い抜いたことだろう。


 そして何より・・・




「葉島、改めてありがとう。お前のおかげで俺たちは勝つことができた」


「えっ・・・・」




 そう言って俺は葉島にお礼を言った。




「もしもあの時葉島が助けてくれてなかったら、たぶん俺たち死んでたし」


「でも、最後にとどめを刺したのは水嶋君だよ?」


「そのきっかけを作ってくれたのは葉島だろ? それに最後から最後まで俺たちに付き合ってくれたし、何より・・・」




 俺は一呼吸おいて改めて話す。




「俺たちのことを信じてくれてありがとう」


「あっ・・・・・」




 あの時、葉島が俺たちのことを信じて行動してくれていなかったら俺たちは勝利をつかめなかった。勝てたのはほかでもない、葉島のおかげなのだ。




 だから俺はそう伝えたのだが・・・




「・・・・・ごめんなさい」


「えっ・・・」




 なぜか葉島は下を向いてこちらに顔を向けず謝りだしていた。プルプルと震え今にも泣きだしてしまいそうな顔をしてぎゅっと目を閉じてしまった。




「どうして謝るんだ? 勝てたのは全部お前のおかげなんだぞ」


「だって、だって・・・私は・・・私は!」




 そう言って葉島はまるで懺悔をするように、膝に手を置き悪いことをした子供みたいにたどたどしくしゃべりだした。




「今回協力したのだって、私が自分自身のリスクを減らすように二人のことを利用して・・・心の奥では二人のことを最初から信じてなくて、あの時だって、本当は二人のことを見捨てて逃げようとしたし、私は二人のことを、仲間だなんて思ってなかったの・・・」




 泣き出しそうな顔をしながら、今まで抑えていた感情を次々とまくし立てる。




「今回のことが終わったら私はもう二人と一生関わらないようにしようとして・・・助けられたことを忘れて、二人を結果的に追い詰めるような真似をしちゃって、挙句に怪我まで・・・やっぱり私は、あなたたちの仲間になる資格なんて・・・最初からなかった」




 俺はその言葉を漏らさぬよう一つ一つ真剣に受け止める。




「二人のことだけじゃない。学校でも家族のことでさえも、私はいつも逃げようとしていた。そもそも、私は友達すらいないの。多少の交流関係はあるけど、私がそう思えるような人はいない。八方美人を演じて、自分から遠ざけるための努力ばかりして・・・余計な人間関係なんていらなかった。だからみんなの誘いを断って、自分の都合でみんなを利用して、私は、私には、二人みたいにはなれない。誰かを助けようともしないし、自分の都合ばかり押し付けて逃げてしまう。だから・・・・今までごめんなさいっ・・・




 とうとう葉島は泣き出してしまった。恐らく今に限った話じゃない。長年秘めていた思いを俺にぶつけたのだろう。


 俺だって彼女に説教できるほど崇高な人生を歩んでいないし、現に俺も人間関係で失敗してしまっている。これが俺の違和感の正体。恐らく俺は、葉島に昔の愚かな自分を重ねていたのだろう。


 だからと言って、俺は葉島ではない。だから彼女の気持ちをすべて理解できるわけではないし、共有する資格もない。俺が彼女に説教することはお門違いだろう。




「葉島もう一度言っていいか」




 しかし俺は彼女に語り掛けていた。そんなことを抜きにしても、今この瞬間、伝えたいことが山ほどあったのだ。




「ありがとう。俺たちを信じてくれて。葉島がいたから俺たちは一歩前へ進むことができた。葉島がいなかったらできなかった。今回のことに一番貢献しているのは、ほかでもない葉島だろ」




 俺はあの時のことを思い出す。アズールに追い詰められ死すら覚悟した瞬間だ。




「あの時、自分の危険すらかえりみず、俺のことを守ってくれただろ。だから俺はこうして今も葉島と喋れているんだ。それにアズールに向かって言ってただろ」




『これ以上、私の仲間を傷つけさせない!』




「あの時の言葉は、本当の本当に嘘なのか?」




 葉島は答えない。何かを言う資格なんてないと思っているのだろうか。




「今回限りかもしれないけど、俺たちは・・・・・仲間だろ。リブラだってそう思っている。あの言葉はすべてが嘘なのか? 少なくとも俺にはそうは見えなかった」




 あの時俺は彼女のことをかっこいいと思ったのだ。自分の身を危険にさらしてでも誰かのことを救う。まるで俺の相棒みたいに・・・




「仲間っていうのはな、別に最初から全員が信頼しあっているわけじゃないと思う。俺は仲間になってから信頼を築くことだってあると思う。俺の幼稚な考えかもしれないけど、葉島は違うって否定するか?」


「それは・・・」


「だからさ、信頼関係なんて別にいつでも築いていけるし結局は本人次第なんだよ」




 俺は改めて葉島の目をまっすぐ見据える。




「お前はそんなに悪いやつなのか。俺には誰にでも優しくて頼りになるクラスの委員長。少なくとも俺はそう思ってるし、みんなもそんな感じだろ。なんでだと思う?」


「それは、私がもう関わらなくていいように・・・」


「みんなのことを救っていたからだろ。だからみんなは葉島のことが好きなんだ。自分のために親身になって話を聞いてくれて、手を差し伸べてくれる。葉島にそんなつもりはなかったのかもしれない。けれどな、お前は結果的にたくさんの人を助けていたんだ。どう思うかは結局自分次第だろ。だから俺は何度でも言うぞ、葉島!」


「あっ・・・・・」


「俺を、俺たちを助けてくれてありがとう」


「ううっ・・・・・うん!」




 そう言いながら葉島は泣き出してしまった。きっとこれからもつらいことはある。でも、葉島は自分で思っているよりも強い。心だって、本当の意味で友達が見つかればきっと強くなっていける。


俺は葉島ならきっと大丈夫だろうと確信した。




「お話は終わりましたか?」


「あっ・・・」




 そう言って杖を突きながら歩いてくる少女がいた。




「リブラ、終わったのか?」


「まあ、一通りは・・・」




 どこか不満気だがおそらく何かしらの情報がつかめたんだろう。そしてリブラなら、この状況を理解できるはずだ。なにせ、葉島のことで俺たちは多少なりにも話し合っていたのだ。


 そしてリブラと決めていたことがある。


 リブラに目配せをして、俺は自分がこれからすることを伝える。


 呆れながらうなずいたリブラがこちらに寄って葉島の肩を支えた。




「葉島、お願いをしてもいいかな?」


「ぐずっ・・・うん、いいけど私に何をお願いするの?」




 ある意味これは仲間以前にするはずのお願い。単純でばかばかしい子供のやり取り。


 けれど俺は真剣に、ていねいに彼女に告げる。




「俺たちと、友達になってくれないか?」


「とも・・・だち?」




 キョトンとした顔をして葉島が俺に聞き返してくる。




「異能力とか異世界とか関係なく、俺たちと友達になってくれないか。リブラに関しては同年代の女の子がいないから、たまに暇そうにしてるし。俺、女心とかわからなくて怒らせちゃうしな」


「ちょ、レン! 何を勝手に言ってるんですか! 友達になることはともかく、そこまで言うなんて聞いてません」


「でも、お前だってあんまり友達いないだろ」


「そ、そんなことはありません。元の世界には、それはもう数えきれないような友達がたくさん・・・」




 そんなやり取りをしていると葉島は笑っていた。泣きながら笑っていたのだ。


 涙で目が腫れていたが、苦笑いや誰かにあわせた作り笑いではない。今まで見たことがないほどきれいな笑顔だった。




「うん・・・こちらこそっ、よろしくお願いします!」




 そんなことをしながら夜は更けていった。俺たちはお互いにできた傷を笑いあいながら、夜遅くまで楽しく語り合っていたのだった。

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