第35話

「さぁ、セイラ。何を聞きたいのかしら?」

「……アタシは、なんだ?」


 捻りも遠慮もない、ド直球。

 だが、一番に聞きたのがそれだったのだから仕方名がない。


「難しい質問ね。あなたはあなたよ、セイラ。でも、何になりたいかは、決められる」

「アタシは……よくわかんないよ。聖女だって、みんなが言うんだ。押し付けるんだ。聖女であることを、アタシに求める。そんなの、無理だよ」

「あらあら、セイラ。そんなことを誰が言ったのかしら。良くないことだわ」


 アタシの頬に触れて、教皇が微笑む。

 しわの刻まれた、苦労した人間の顔だ。


「でも、あんたが……神さんからそう伝えられたんだろ?」

「そうよ。神様は、聖女が現れて光で照らすとおっしゃったわ。決して、私達で聖女を選んでいいとは、一言も仰っていない」


 なんだろう、安心する。

 この人がそばに居ると、妙に安心してしまう自分がいる。


「ねぇ、セイラ。人は人でしかないわ。人の営みから外れることはできない」

「だろうね」

「だから、人は人でしか救えないの。神様は、救ってくださらない」


 それを教会のトップが言っていいのか?


「だって、神様は人がよくわからないんですもの。神様は全能でいらっしゃるけど全知ではいらっしゃらない。人がわからない御方に、人を救うなんて無理な話なの」

「じゃあ、何で……ッ」

「わからないから、人に授ける。真に人を理解する人に、人を救う力を。飢えたものに分け、恵み、生きるすべを示し、道を説き、邪悪を前にして折れず対する者に。──あなたの事よ、セイラ」


 そう微笑む教皇の顔はひどく儚い。


「アタシはそんなんじゃない!」

「あなたは優しい子よ。ちょっと口は悪いけど、聖女たるに相応しい心を持っている。神は全てを見ておられて……その上で求めるものに、力をお与えになるのよ」


 そこで、気が付いた。

 確かに、アタシは求めたのだ。

 神の力を。


「あなたが決めなさい、セイラ。神の力の代行者として……聖女として。人として。全てを救ってもいいし、何も救わなくてもいい」

「アタシはスラムの便利屋だよ? そんな大それたこと、わかんないよ……ッ!」


 微笑む教皇が再び頬を撫でる。


「いつもどおり、思った通りでいいのよ。あなたの自由でいいのよ」

「そんなの……! 卑怯じゃないか」

「じゃ、卑怯ついでに一つお願いしていいかしら、便利屋さん」


 教皇が首に提げたロケットから、何かを取り出してアタシに握らせる。


「私、もう長くないの。だから、お仕事の依頼よ」

「これ……!」


 渡されたのは、欠けた銅貨。

 いつか妹が天に旅立った時、あの優しい司祭に報酬として支払ったもの。


「神様だってタダじゃ働かないわ。そうでしょ? セイラ」

「……何の、仕事だよ」


 涙と声を抑え込みながら、名前も知らぬ恩人の手を握る。


「この世界を救ってくれないかしら。もう、誰の泣く顔も見たくないわ」

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