第34話
住み慣れた王都を発って、はや一週間。
馬車でケツが痛くなるまで走ったかと思ったら、今度は足が棒になるまで歩かされた。
そろそろ不満が爆発しようってタイミングで温泉宿に到着し、二日ほど休んだあと、今度は馬みたいにでかいヤギの背に揺られている。
「なあ、エルムス大丈夫かよ、これ」
「大丈夫です。このヤギは山岳に慣れた種で、馬では通れない山道も進むことができるんですよ」
アタシの後ろで手綱を取るエルムスが、妙に得意げに答える。
「もうずいぶん登ったけど、あとどのくらいかかるんだい?」
「もうじきですよ。ほら、参道が見えてきた」
参道と言うには心もとない道のようなものが蛇行しながら坂を上っている。
そして、その先にうっすらと白い建物が見えた。
「あれが、大聖堂です」
「あん? 王都にあるのは違うのかい?」
「あちらもそうですが、あれは王都に集まる衆生にマーニー教の威光を示すものです。真に神と対話するために作られた大聖堂はこちらですよ」
なるほど、道理で。
管理者も俗物だったもんな。
「着きましたよ。……ここが大聖堂です」
ヤギに揺られて坂を上り切った先、建物の全体像が見えた。
白い建材で出来た、聖堂というよりも礼拝所といった趣のこじんまりとした建物だ。
「ここに教皇がいるのかい?」
「はい。行きましょう」
一歩が出ないアタシの手をエルムスが引く。
何を怖がっているんだ、アタシは。
木製のよく手入れされた扉をくぐって、聖堂に足を踏み入れる。
「よく、来ましたね」
一番奥で、聖像に向かって祈りをささげていた司祭服の人物が、こちらを振り返った。
見た顔の奴だ。
「あんた……」
「お久しぶりね、セイラさん。それにエルムスも」
いつぞや、裏庭の東屋で会った老婆がそこにいた。
「教皇様。セイラをご存じだったんですか?」
「うふふ、セイラさんとは煙草友達なのよ。そう、セイラさんが、あなたの聖女だったのね?」
「……はい」
お互いを小さく抱擁する二人。
エルムスと教皇はどうやら親しい間柄であるらしい。
「おい、あんた。何であのとき名乗らなかったんだよ」
「その必要がなかったから。あの場所はそう言う場所でしょう?」
にこりと笑う老婆に少しばかり怯む。
確かに、人と話すのに肩書なんて必要がない。そんなものを見たくなくて、あの隠された東屋に行っていたのだから。
「なぁ、婆さん。いや、教皇様。あんたに聞きたいことがあるんだ」
「いいですよ。でも、きっとあなたはもう答えを持っているわ。私はそれを見える形にするだけ。いらっしゃいな、セイラ」
差し出された手を、握る。
カサカサで低い体温だけど……ずっと繋いでいたいような、不思議な感覚がある。
「エルムス。少し外してもらえるかしら。二人きりで、話したいわ」
「承りました」
会釈したエルムスが聖堂から出ていくのを見送って、アタシは教皇と向き合った。
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