第33話
「シギ山に行きましょう」
大聖堂を二人で後にしてから一ヵ月。
エルムスが急にそんなことを言い出した。
「なんでまた。逃げるにしても秘境過ぎんだろ」
「──教皇様に会いに行きましょう」
「教会のトップか。そういや、大聖堂にゃいなかったね」
大聖堂はマーニー教の総本山だ。
なのに、そこでトップをしていたのは大司教のタヌキ親父だった。
このやばいご時世に教会を取りまとめる教皇が、なんだってそんなとこにいるんだ?
「不満が顔に書いてありますよ、セイラ」
「うっせ。そんで? なんかそいつに用事かよ」
せっかく堅苦しい大聖堂から抜け出したというのに、こっちからそのシギ山とやらに出向く必要なんてあるのか?
「顔に書いてあると言ったでしょう? 教皇様に尋ねてみればいいのです」
「……」
まさか見透かされているとは。
ここのところ、戦況が悪化しているのは知っている。
王国から前線への救援を要請する声明が出ているし、徐々に物流も滞ってきている。
いろんな場所が、魔王軍に制圧されたという話も聞く。
それを聞くたびにモールデンの連中の事が気になる。
アタシを聖女と言って命を張った奴ら。
なのにアタシは聖女じゃないと……自分の意思を示して教会を後にした。
……実際のところ、アタシが聖女かどうかなんてわからない。
戦場で何かしらの破壊を巻き起こしたという認識はある。
それが何であるかはよくわからないが、それが神の威光であるというなら、そうなのかもしれない。
でも、私はみんなが求めるような『聖女』になんてなれやしないのだ。
──『清廉潔白で慈愛に溢れ、信仰と善意を体現する聖なる乙女』。
反吐が出そうになるような気持ち悪い存在だ。
そんな人間が存在するのか?
そもそも、それは人間か?
そんなモノに、なりたくはない。
アタシは清廉でも潔白でもないし、分け隔ての無い愛なんてない。
信仰はこれっぽちもしていないし、善意ってのは余裕ある者がする自己満足だと思っている。
「迷っていいんですよ、セイラ」
「でも、迷ってたら……みんな死んじまう」
「だからこそ、教皇様に会いに行きましょう。きっとあの方は、答えを持っていらっしゃる。神から聖女の神託を賜ったのは、あの方なのですから」
エルムスが頬をそっと撫でて優しく笑う。
「わかったよ。くそ、会ったら文句を言ってやる」
悪態をつきながらも、方針が決まったことに少し不安が和らぐ。
聖女とは何なのかがわかれば、もっと気持ちがハッキリするに違いない。
「では、準備を。途中にいい温泉宿があるんです。寄っていきましょう」
「なんだ? アタシと入りたいのか? スケベ司祭め!」
「もう司祭ではないのでノーカンです」
スケベであることは否定はしなくていいのか? エルムス。
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