第32話

「そ、そんな!」

「好きな相手に抱かれることが何とかの罪ってんなら、アタシだって罪ありきだろ? つまり聖女じゃねぇってことさ」

「いいえ、いいえ! あなたこそが……」

「しつこいね。あんたも、そこらの奴も、そうやって生まれてくるんだよ」


 焦った顔の大司教に指を突きつける。


「つまり、あんたの父親も、母親も罪深い人間ってことさ。だいたいあんたさ、修道女をしょっちゅう部屋に引きずり込んでるじゃないか。バレてないと思ってるのかい?」

「ほぇぁ……」


 周囲をぐるぐると見渡しながら、後退る大司教に蔑みを含んだ視線が注がれる。


「生まれて、飯を食って、好きな奴と寝て、また子を作って……それが人の営みってもんだろ? 聖女だなんだと、愛した男を引きはがして……あんた、アタシに人でなくなれって言うのかい?」

「そんなことは……」

「そう言ったんだよ、あんたは」


 脂汗を流す大司教を睨みつける。


「わかりました! エルムスの破門はとりやめましょう! 王国にも聖女様の意向を尊重するように駆け合いますので、何卒!」

「は? そういう問題じゃねぇ、って言ってんだろ」

「エルムスがいればいいのでしょう!?」

「呼びました?」


 廊下の奥からエルムスが姿を現す。

 司祭服を脱いだあいつは、なかなかいい服のセンスをしていた。


「おう、エルムス。行くよ。手の平の良く回るタヌキハゲの顔はもう見たくねぇ」

「忘れ物はないですか?」

「アタシははなから何も持っちゃいないよ」

「そうでしたね。では、まず宿にでも行きましょうか」


 大司教など視界に入らないと言った様子で、つかつかと廊下を歩いていくエルムスの後を追う。

 後ろではまだ何か大司教が言っているが、耳を貸す気もない。


「なんで宿だよ?」

「あなたを抱き足りないからですよ」


 照れた様子もなく、いつもの調子でさらりとエルムスが告げる。

 それでもって逆にアタシは顔に昇ってくる熱を止められなくなってしまっていた。

 ベッドの上でだって最初こそ主導権を握っていたはずなのに、いつの間にか逆転していたのだ。


「お前、まだやんのかよ……猿か」

「禁欲生活が長かったもので」


 照れ隠しの悪態に笑て応えたエルムスが差し出した手を握る。

 人の手を握って歩くなんて、いつぶりだろう?

 妹の手を引いていたのが最後の記憶かもしれない。


 今、手を引かれているのは自分だけど。


「エルムス、良かったのか?」

「最初に言ったはずですよ? あなたのためなら司祭だってやめていいと」


 そう言えばそんなことを言っていた気がする。


「それに、聖職者で居なくてはと思っていましたが……違いました」

「違った?」

「ええ。聖女たるセイラの隣にいるために、神の使徒でなくてはと思い込んでいたんです。そんなことはなかった。僕はもっと素直に、あなたに気持ちを伝えて……もっと早くにあなたを迎えに行けばよかった。愛しています、セイラ」


 こら、元聖職者。

 往来で急に口づけなんてするんじゃないよ。


 胸が高鳴っちまって、どうしていいかわかんなくなるだろ。

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