第36話

「お話は、終わりましたか?」


 聖堂の外に出ると、エルムスがニコリと笑った。

 また、無理した顔をしてやがる。


「婆さんから依頼があってよ。これからモールデン砦に行く」

「わかりました」

「エルムス、お前……ここで待ってろよ」


 エルムスの肩を軽く叩く。

 きっと、ここに戻って来た時には……もう婆さんに会えないだろう。

 エルムスと婆さんの関係はよくわからないが、エルムスと婆さんがお互いを大事にしてるってのは、見てればわかる。

 傍目に見れば、孫と祖母のようにすら見えるくらいに。


「そうはいきません」

「お前なぁ……」

「お別れはすでに済ませています。教皇様にはたくさんのものをいただいた。そして、それは返さなくていいと言われています」


 アタシの手を取って、エルムスが跪く。


「代わりに、僕はあなたに僕の全てを差し出します。セイラ、僕の聖女。きっと、最期まであなたと共にいると誓います」

「エルムス……いいんだね?」

「はい。あなたが恐れる全てを共に背負います。だから、あなたらしく自由に」


 婆さんと同じことを言うんだな。

 いや、最初からそうだったか。

 聖女になってほしいとは言っていたが、聖女らしくしろとは一言も言わなかった。

 アタシであっていいと、ずっとこいつは告げていたんだ。


 わかりにくいやつ。

 もっとシンプルに言えよな。


「なら、行くよ」


 意識の奥に在る何かに触れる。

 そいつは、アタシの意志に反応して言葉を返した。


『救世システム起動。聖女セイラのアクセスを確認。神的同位開始……完了。神力リソースの解放を承認──要請まで待機』


 相変わらず言ってることはよくわからないが、何ができるかは体感でわかる。


「モールデン砦にアタシ達を連れていきな」

『要請受諾──承認。転送を開始します』


 白い光がアタシ達を進み込んでいく。


「これは……」

「神様の力さ。もうアタシは、これを恐れない」


 アタシの意思に呼応するかのように爆ぜた光が、景色を一瞬で塗り替える。

 光が消えると、そこはモールデン砦の建つ小高い丘の一角だった。

 ここからなら戦場がよく見える。

 かなり押されているようだ。


「っち、遅かったか」

「まだ間に合います。行きましょう、セイラ」

「おうよ。『聖女の力』ってのを見せてやるよ」


 エルムスが少し驚いた顔で、アタシを見る。

 

 もう吹っ切れた。

 これは単なる『力』の名前だ。

 騎士たちが振るう剣、司祭どもが使う治癒魔法、魔術師たちが放つ魔法。

 それと同じもの。聖女という名のついた何者かが、自分と自分の背負うものの為に揮う『力』の名前に過ぎないのだ。


 だから、アタシはアタシのままでこの力を好き勝手に使う。

 聖女がか弱く清廉潔白なんてイメージは、今日でおしまいだよ。


 ……思い知らせてやる。聖女の恐ろしさをな!

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