第29話
「聖女セイラ!」
ようやく歩けるようになって数日たったある日、例の裏庭へ向かおうとしたアタシを聞きなれない声が呼び留めた。
誰かと思って振り向くが、顔を見ても思い出せない。
どこかで見た顔だとは思うんだけど。
「あんた、誰だっけ」
「……ッ」
一瞬怯んだ優男が、笑顔を作り直す。
全体的に細くて頼りない感じの金髪天パ……どっかで見た気するが思い出せない。
身なりからすると貴族だともうが。
「マドック。マドック・エルメリア。この国の王子だよ。聖女セイラ」
「ああー……思い出したよ。アンナのアレじゃないか。何か用事かい?」
アタシの返答にまたも怯んだ王子様は、わかりやすい作り笑いで無遠慮にこちらへ近づいてくる。
まぁ……王族だし、遠慮する相手もいないか。それにしたって、気に入らないけど。
「今後、君の面倒はボクが見ることになった。仲良くしようじゃないか」
「はぁ?」
なに言ってんだ、コイツ。
頭の中にゴミでも詰まってるのか?
「あんたはアンナのオトコだろう?」
「そうでもない。聖女なんだろ? 君が」
「だったら何だってのさ」
いいかげん、イライラしてきた。
ヤニが切れてはなからイライラしてるのに、こんな意味の分からないやつに絡まれるなんて、ついてない。
一発ぶん殴って転がしておくか?
いや、そうするとエルムスの立場が悪くなるかもしれない。
「ボクは王子で君は聖女なんだ。拒否権はないよ? 国民と平和のためにね」
「くだらない。興味ないね」
どうせその『国民』とやらにはスラムの人間は含まれちゃいない。
「
「触んな」
触れようとする王子の手をはたき落す。
「何が気に入らないんだい? 大人しくしていれば君は王妃にすらなれる可能性があるっていうのに」
「頭の軽そうな日和見のヘタレが抜かすんじゃないよ。王子か何か知らないけどさ、あんた安っぽいよ」
私の言葉に、一瞬怒気を漲らせるが、逆に睨み返すとすぐに引っ込めて血の気を引かせる。
この程度のカスが王族ってんだから、やってられない。
「失せな。いやいい、アタシが行く」
「待っ……」
またも触れようとする王子の脛を力いっぱい蹴ってやる。
声なき悲鳴を上げて、うずくまったバカを置いてけぼりにアタシは足早にその場を立ち去って、廊下を行く。
しばし歩き回ると、目当てに行きついた。
「おい、エルムス!」
「セイラ?」
「ちょっと顔貸せ」
何かの仕事中だったエルムスの襟をひっつかんで、アタシは廊下をズンズンと歩いていった。
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