第30話

「どういうことだ?」

「……王子に会ったんですね」

「わかってんなら答えろよ」


 人気が少なくなった廊下の端で、エルムスを問い詰める。

 エルムスは、何もかもを知っている様子で小さく息を吐きだした。


「あなたが聖女となったことで、国の上層部が動きました」

「は? わかんねーな」

「王国は救世の聖女であるあなたを取り込みたいんですよ。教会だけの力とするわけにはいかないと言ったところでしょう」


 国が亡びるかどうかって時に、なんて悠長で冗長な連中なんだ。

 そりゃ、魔王も好機と思って目を覚ますってもんだ。


「アタシは降りる」

「セイラ、報酬の事なら話は通してあります。まとまった額の金貨があなたの自由になります」

「そうじゃねぇだろ! エルムス……あんた、それでいいのかい?」


 掴みかかるアタシに、エルムスが微笑む。

 ようやくわかってきたこいつの微妙な表情の変化で、ピンとくる。

 今は、無理してる顔だ。


「セイラ。僕は君の望みを知っている」

「なん……」

「聖女として王国とうまく連携すれば、貧民街スラムを一気に改革できます。そういう大義名分を立てることができるんですよ」


 静かに語られるエルムスの言葉には説得力があった。


 確かにそうだろう。

 でも、違うんだよ。エルムス。そうじゃない。

 聞きたい言葉も、してほしいことも、いまアタシが願うことも。


 まったく、夜鷹に立つ女たちから男はバカだって聞いてたけど。

 本当にバカなんだね。


んだ?」

「僕は……僕は、君の隣に立っていたかったな」

「……っ!」


 自分で無理やり言わせたようなものなのに、胸の奥が温かくなって、それが頭まで上がってくる。

 嬉しさと恥ずかしさと、悔しさと……それと怒りが綯交ぜになって、脳を沸騰させた。

 何だってこのバカは、いつも鋭い癖にアタシの気持ちに気が付かない?


 ……こうなったら、徹底的に思い知らせてやる。


「セイラ? むぐ」


 気が付くと、エルムスと唇を触れ合わせていた。

 もう考えるのも面倒だ、クソッタレ。


「なんてことを」

「うるさいね。黙ってな」


 再度、襟首をひっつかんで引きずっていく。


「ちょ……っ、セイラ?」

「エルムス。覚悟を決めな」

「へ?」


 何やら言っているエルムスをそのまま部屋まで引きずっていき、ベッドに転がす。


「セイラ、何を……」

「何って……『ナニ』だよ。ヘタレのクソ司祭め」


 こんなに焦るエルムスを見たのは初めてだ。

 なんだ、ちょっとかわいいじゃないか。


「大人しくしてろよ? エルムス」

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