第28話

「アタシは……」


 アタシが反論をしようとしたところに、指を立ててエルムスが続ける。


「それと、モールデン砦の戦いで見せたあなたのあの力。そして、今のあなたの姿。教会としては、もはや点数云々の話ではなくなっているんです。神託の言葉を、お伝えしましたよね?」


 ──『光の刻印を持つ小麦と空の娘は、暗き道を照らし、闇を裂き、我らを悠久の平穏へと導くであろう……』


 ……うん?


 光の刻印、よし。

 小麦色の髪、よし。

 空色の瞳、よし。


「……やっべ……」


 冷汗が止まらなくなった。


「おいおい、マジかよ……。勘弁しろよ。聖女とか柄じゃない。エルムス、ここで精算だ。契約更新は無し。飯食ったらアタシは帰る」

「セイラ。みんな、あなたを待っていたんです」

「そんなこと言われても、無理なもんは無理さ。アタシは、スラムの便利屋だから、依頼されれば何だってやるさ。でも、さすがに聖女はできないよ」


 『聖女をする』ということが、いかに恐ろしいことか。

 アタシはあの戦場で知った。


「エルムス、あんただから言うけどさ……アタシは怖いのさ」

「セイラ?」

「あの戦場で、アタシが聖女だと言って命を無碍にする連中が山ほどいた。スラム育ちのアタシなんかと釣り合わないたくさんの命だ。あれは、耐えられない」


 俯くアタシの肩に手を置いて、エルムスが目線をあわせるべく跪く。


「セイラ。あなたの言う通り、命の価値は平等ではありません」


 司祭様の言うことかよ。


「ただ、それは……皆がそれぞれに定めるものなんです。あなたが釣り合わないと言うあなたの命は、あの場の全員があのようにして守る価値があると信じた命でもあります。僕も含めて」


 肩の手が離れ、代わりにそれがアタシの頬を撫でる。

 優しい手つきだ。


「ですので、セイラ。聖女であることを恐れないでください」

「……ッ。ああ、もう……わーったよ。もう少しだけ雇われてやる」


 まったく、このクソ司祭め!

 惚れた弱みに付け込むなんて詐欺師かよ。


「良かった。では、正式な通知は後ほど」

「待ちな」


 立ち上がるエルムスの手を握って止める。


「なぁ、エルムス」

「何ですか? セイラ」

「なんで、あんたはアタシが聖女だと思ったんだ?」


 前々からの疑問を、そっと投げる。

 なんだかこのタイミングでしか、真実が聞けない気がした。


「僕はあなたと一度会っているんですよ」

「……覚えてないね」

「そうでしょうね。でも、その時に確信したんです……。あなたこそ、聖女だと。きっと、あなたを迎えに行くと」


 ──きっと迎えに来るから。


 脳裏で、旧い記憶がふわりと浮かび上がる。

 もう何年になるだろうか?

 妹が死んだ時と同じくらい昔だ。


「エルムス、あんた……」

「思い出してもらえた様で結構。では、ゆっくりと食べて、しっかりと寝てくださいね」


 そう微笑んで、エルムスは部屋を出ていく。

 それを見送ったまま、アタシは相変わらず味が薄い教会の食事を、考え事をしながら黙々と詰め込んだ。

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