第20話

 戦場に、立つ。


 足が震えるが、ヒラヒラの聖女服はそれを上手いこと隠してくれた

 ここで死ぬかもしれないが、それは他の奴らも同じことだ。

 覚悟はしてきた。


 傭兵部隊の前に立って、聖女の旗を立ててみせる。


「おう、バカども。よーく聞け。魔王軍のボケカスは約200! アタシらのたった半分だ!」


 魔物一匹が人間の何倍も危険だというのは、この際無視しよう。


「難しいことは言わねぇ。一人一匹殺りゃ、お釣りがでらぁ。数を数えらんねぇダボは多めに殺っとけ!」


 傭兵たちから笑いが漏れる。

 多少は緊張がほぐれるといい。


「これでアタシも聖女の端くれだ! てめぇらが死んだら、特別に殉教ってことにしてやるよ……派手に逝け! だが、死にたくねぇ奴は金の分働いたら逃げてこい。死ななきゃ、また金を積んでやる!」


 命の張りどころは自分で決めろ。

 戦う理由が何であれ、選択権は自分たちにある。

 特に傭兵は騎士と違って命を預けるべき場所が根本的に違う。


 忠誠や騎士道なんて、金にも飯にもならないから。


「じゃあ、行きな! 帰ってきたら、またワインをくすねてきてやる!」


 傭兵たちが、雄たけびと共に駆けて行く。

 本当はアタシも前線に向かうべきなのだろうが、エルムスにもバルボ・フットにも、モールデン伯爵にも止められたので、ここにいるしかない。

 煽るだけ煽っておいて、勝手な話だと自嘲する。


「……生きて帰れよ」


 うっかり出てしまった呟きが耳に入ったのか、エルムスがアタシの手を取って握る。

 それを何となしにぎゅっと握り返して、後ろを振り返る。


 総勢三百からなる騎士たちがそこに控えていた。

 赤い鎧をまとったモールデン伯爵が、戦場を見据えて目を細める。

 アタシが勝手をやらかしたから、さぞ怒っていることだろう。


「聖女殿。これでよかったのか?」

「ああ、これでいい。アンタら騎士とは背負うもんが違う。重い軽いじゃないけどさ。同じ方向さえ見てれば大丈夫だよ。死んだらアタシを恨みな」

「ふむ」


 もう少し何かあると思ったが、モールデン伯爵も騎士たちも何も言わない。


「では、予定通りに出る。総員、進め!」


 モールデン伯爵の号令の下、騎馬と戦車が進みゆく。

 この本隊が到着する頃には、バルボ・フット率いる傭兵団が敵陣を荒らしてるはずだ。

 そうするだけの力が、バルボ・フットにはある。


「……武運を」

「聖女殿のお墨付きであれば」


 そう返して、モールデン伯爵も戦場へを向けて駆けて行く。

 見送るしかないアタシは、それを見送って小さく俯いた。


「情けねぇ。戦えもしないなんて」


 もう、そばにはエルムスしかいない。

 そのせいか、思わず本音まじりの愚痴が口を突いて出た。


「セイラ……」

「やっぱアタシは聖女じゃねえよ。聖女は、戦いを終わらせんだろ? なのにさ、偉そうに煽っておいて、離れた場所で武器すら握っちゃいないんだ」

「安心してください。最後まで、お供しますよ。あなたが、どんなに辛くとも」

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