第21話

 朝始まった魔王軍との衝突は、正午には決した。

 守備隊は、今回も王国軍は魔王軍を撃退することに成功したのだ。


「よお、聖女さんよ、帰ったぜ」


 バルボ・フットがそこらかしこに傷を作りながら帰ってきた。


「しぶといあんたの事なんか心配しちゃいないよ」


 軽口をとばしながらも、無事を喜ぶ。


「セイラ、お前さんが口を利いてくれたんだってな。おかげで、被害が少なかったぜ」

「アタシは何もしてないよ。礼ならモールデン伯爵にいいな。こんな小娘の戯言を真面目に聞いてくれるいい貴族様じゃないか」

「お褒めに与り光栄だね、聖女殿」


 気が付くと、頭だけ甲冑を脱いだモールデン伯爵が背後に立っていた。


「恥ずかしい話だ。聖女殿の言うとおりだった。此度の戦い、前回とは全く違った。私は戦の仕方を間違っていたようだ」


 モールデン伯爵ほか数名の騎士が膝をつき、騎士の礼を取る。


「お、おい……やめろよ。もう隠しゃしないけど、アタシはこの通り下賤の身だ。騎士様に膝をつかれる様な人間じゃないよ」

「いいや、聖女セイラ。此度の戦で死んだ騎士はいなかった。傭兵団が上手くやってくれたからだ」

「傭兵も死人は出てねぇぞ。騎士さんらが上手くやってくれたおかげでな」


 にやりとバルボ・フットが笑う。

 死人が出ていないのは、てめぇの指揮だろうに。


「聖女セイラ。あなたはまさに神に遣わされた者だと思う。あなたの言葉と覚悟がなければ、この戦場はもっと悲惨なことになっていた」

「大げさだよ。アタシは聖女候補を笠に着て無理いっただけさ。ただ、次からは傭兵どもともうまくやってくんな。バルボ・フットならまかせとけば大丈夫だからさ」


 アタシの言葉に頷き、モールデン伯爵がバルボ・フットに向き直る。


「卿らをないがしろにして、すまなかった。此度の働き、誠に見事だった」

「オレらは金の分だけ働いただけでさ」

「では、見合った金を積ませていただこう。要望があれば伝えてくれ」


 和解の様子を見せるモールデン伯爵とバルボ・フットを見て、胸をなでおろす。

 ここに来た意味が少しでもあったと思えば、胸のつかえもとれるというものだ。

 後はこのまま何もなく、慰問が終わればいい。


「で、伝令―!」


 戦勝ムードの中、砦の中に早馬が駆け入ってくる。


「何事か!」


 モールデン伯爵の声に、下馬した騎士が駆け寄る。


「魔王軍、再侵攻! 数は約五百! 率いる魔人は四天王ビーグローを名乗っています! ……監視部隊は私を除き、全滅しました……!」

「なんだとッ」


 騎士が、小さく震えながら伝令を続ける。


「ヤツは、聖女を引き渡せば退く、と……!」


 それを聞いた瞬間、鼓動が早くなり、体が冷えたような感覚に襲われる。

 スラムで生きていれば、何度も感じることになるものだ。


「はぁ……ご指名とありゃ、出向くしかないね」


 誰にも聞こえないように決心を呟く。

 震えた足を叱咤し、こわばる表情筋をねじ伏せて……アタシは何とか誤魔化し笑いをして見せた。

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