第19話

「セイラ、起きてください!」


 翌朝、扉を叩く音でアタシは目を覚ました。


「どうしたんだい?」

「魔王軍が攻めてきます。脱出の用意をしなくては」

「……ッ!」


 昨晩、侵攻が近いとは聞いてはいたが、まさかその翌日とは仕事が早いことだ。

 どうやら魔王軍というのは、働き者の集団であるらしい。


「規模は?」

「不明ですが、前回よりも多いと……」

「防衛騎士の立て直しは終わってるのかい?」

「再編成は済んでいるそうですが、人員補充は充分でないようです」


 服を着替えながら、扉向こうのエルムスに質問をいくつか飛ばす。

 こんな情報をすらすらと答えるあたり、意外とエルムスという男は戦場慣れしているのかもしれない。


 すっかり身支度を整え、作戦所へとエルムスと共に向かう。


「聖女殿の脱出時間を稼ぐ。馬車には護衛を十騎つけよ。迎撃部隊は扇の陣で魔物を迎え撃て。傭兵部隊は陣の両前方に配置、防衛させるのだ」


 作戦会議室ではモールデン伯爵が声高に作戦を指示している。

 作戦内容そのものはよくわからないが、それが作戦ミスだって言うのは直感でわかった。

 そもそも、数が揃ってない騎士をアタシの護衛でさらに減らすとか、本末転倒だろう。


「エルムス。今から化けの皮を脱ぐけど、いいかい?」

「それは、必要なことなのですね?」

「さぁな。でも、気に入らねぇことは、口に出ちまうのさ」


 作戦中の机に近づき、空いているイスに荒く腰かける。


「せ、聖女殿?」

「おう、おっさん。アタシの脱出はなしだ。護衛の騎士を部隊に戻しな」

「は?」


 モールデン伯爵をはじめとする隊長格が、唖然とした表情を見せる。

 唯一、バルボ・フットだけが笑いをかみ殺していたが。


「それでは聖女殿に危険が……」

「ダボが。もうそこまで来てんだろ? 脱出したって危ねぇのは変わんないよ。追い返すのが一番安全さ」

「しかし、戦力的に……」


 モールデン伯爵が言葉が終わる前に、机を蹴る。


「聖女のアタシが魔物の殺り方ってのを教えてやるよ。まず、傭兵の指揮はバルボ・フットにまかせな。それが一番効率がいい。あんたらのお行儀のいい指示で動かしたって、役に立やしないよ」

「しかしそれでは、総戦力が……」

「いいかい? 騎士と傭兵じゃやり方が違う。流儀も、命の張り方もね」


 バルボ・フットに目配せしてやると、頷いて作戦会議室を駆け出ていく。

 昨日の通りに傭兵たちを再編するはずだ。


「では、騎士隊の作戦立案は私が」


 アタシが口を開く前に、エルムスがアタシの横に立つ。

 肩に置かれた手に、妙に安心したのはアタシも緊張していたからだろうか。


「アルフィンドール卿……」

「まずは騎士隊の準備を。並行して作戦を伝えます」


 足踏みする騎士たちに、声を張り上げる。


「さ、急いで準備しな。グズグズしてると魔物どもが攻めてくるよ! アタシも一緒に逝ってやる! 臆せず立ちな!」


 一斉に動き出した騎士たちに、アタシはそっと胸をなでおろした。


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