第16話

「今日の夕方にはモールデン砦に到着しますよ」

「はぁー……やっとかよ」


 馬車に揺られること、一週間。

 ようやく到着したモールデン地方は、完全にさびれていた。

 特に今朝出発した宿場町などは、もう営業している宿なんて二つしかない有様だ。


 まあ、魔王軍の侵攻があるとわかれば、逃げられる者は逃げる。

 動けない者だけが取り残されるこの感じは、さながら貧民街スラムの様だ。


「なぁ、エルムス。提案があるんだけど」

「却下です」


 なにも頭ごなしに否定しなくてもいいじゃないか。


「帰る時も一緒です。いいですね?」

「フン」


 この一週間、このやり取りが何度もあった。

 そして、このやりとりをするたびに、少しだけこいつに気を許しているアタシを自覚する。

 まるで、確認作業のようだ。


 やだやだ。

 未通女おぼこじゃあるまいし。

 ましてや、色恋なんて。


 だけど。モールデン砦が近づくにつれ閑散とするこの道行きが、一人でなかったことは有難いことだ。

 柄じゃないけど、不安になっていたかもしれない。

 正直、ついてきてもらって助かっている。


 そんなことを考えていると、馬のひづめの音が外から聞こえてきた。

 野盗の類かと緊張したが、現れたのは王国の鎧を着た騎士だった。


「道中の案内にまいりました」


 馬上から降りた騎士が、アタシに向かって礼を取る。

 騎士であるからには貴族だというのに、こうも恭しくされると、どうにも落ち着かない。


「出迎え、ご苦労様です。彼女は聖女候補のセイラ。僕は付き添いのエルムス・アルフィンドールです」


 騎士の顔がピクリと反応する。

 アタシにか、それともエルムスにか。


「慰問に参りました、セイラです。道中よろしくお願いいたします」


 マーガレットに覚えさせられた余所行きの言葉で、外面良く笑って見せると、騎士は顔をほころばせて馬に乗った。

 やれやれ、これ……ずっと続けなきゃいけないのかね。


「エルムス。この外面はいつまで張り付けとけばいいんだい?」

「できれば、こちらにいる間はずっと」

「無理ってわかってんだろ……。ボロ出されたくなきゃ早めに終わらせな」


 モールデン砦でのアタシの仕事は三つ。


 騎士隊の慰問。

 戦死者の追悼。

 そして、お行儀良くしておくこと。


 ちなみに、三つ目が一番つらい。


 ……が、所詮はスラム生まれスラム育ちの女だ。

 お行儀良く笑っているというのは、無理難題である。


 騎士に案内されながら、日が傾いてきたモールデンの草原地帯を走る。

 しばらくすると、まるで城のような建物が見えてきた。

 他の聖女候補は嫌がっていたが、思ったよりもしっかりした建物のようだった。

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