第15話
「エルムス。やっぱ、前線にはアタシ一人で行く。あんたは残んな」
「何故そんなことを」
「自分でもよくわかんないんだけどさ……アンタに死んでほしくないって思ったのさ」
心中の整理が、上手くいかない。
別に誰が死のうが知ったこっちゃないと思っていたけど、アタシの勝手に付き合ってエルムスが死ぬのは、違う気がする。
判然としない。もやもやとする。
……端的に言うと、なんか嫌だ。
「セイラ。それはできない相談です」
「なんでよ」
「約束だからですよ」
そんな約束しただろうか?
「忘れてしまったんですね……」
「はッ、頭が悪くて申し訳ないね。でも、アタシの記憶じゃそんな約束した覚えないんだけどね?」
「したんですよ」
珍しく、強気な様子のエルムス。
さて、こいつがこうも言い切るってことは本当にしたんだろうか?
聖職者がおいそれと嘘を吐くとも思えないし……はて。
「いつの話だ?」
「思い出すまで教えませんよ」
「おいおい、それじゃ意味ねぇだろ……」
どこか拗ねた様子のエルムスに思わず吹き出す。
こんな笑いはいつぶりだろうか。
しかし、意外に子供っぽいところもあるもんだ。
こいつ、こんな表情豊かだったっけ?
「とにかく、モールデンには僕も行きます。だいたい、あなた一人で行って聖女らしくできるんですか?」
「……自信ねぇな」
「でしょう? 聖女を騙った罪で投獄でもされたらどうするんです」
……あり得ない話じゃない。
自慢じゃないが、素行と口の悪さには自信がある。
前線に行ったところで、野盗か詐欺師の類と間違われても文句は言えないくらいに。
「でも、アンタさ。ホントにいいのかい? 戦場だぞ? 人が死んでんだぞ? 襲撃があったら死ぬかもしれないんだ」
「それはあなたも同じでしょう? それに、あなたにこんな役回りを押し付けるために推薦したんじゃないんですよ、僕は」
「どんなつもりだったのさ?」
エルムスの真意はいまだに謎だ。
肩に痣があるだけで、スラムの何でも屋を聖女に推薦するなんて、「もしかしたら、ちょっと頭おかしいんじゃないかな」と疑ってしまうくらいに妙ちきりんな話である。
「何度も言ったでしょう?」
「?」
「僕は、あなたが聖女だと心底思っています」
真剣な眼差しが向けられて、思わず息を飲む。
「またそれかい?」
はぐらかす様に目を逸らしたアタシの肩を、掴んでエルムスがアタシの瞳を覗き込む。
「絶対に無茶しないと約束してください」
「アタシが無茶するように見えるかい? 殉教なんてガラじゃない。絶対にごめんだね」
目を逸らそうとするが、何故か逸らせなかった。
代わりに、妙な気恥しが湧いて出る。
「……約束してください」
「わーったよ。約束する」
優男に競り負けるなんて、ちくしょう。
アタシもヤキが回ったね。
「もし、死ぬときは……僕より後にしてくださいよ?」
「はぁ? アタシとあんたじゃ命の価値も立場も違うだろ? アタシはスラムの便利屋で、あんたは司祭様だ。順番的にはアタシが先さ。アタシの死体を
悔しいので少しばかり煽ってやる。
さて、デコピンが来るか、平手打ちが来るか。
もしかしたら殴られるかもしれない。
「そんなの、耐えられませんよ。僕」
痛みは来なかった。
ただ、頬を包まれて……エルムスの額がアタシの額に触れただけだった。
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