第2話

「は?」


 本日何度目かの意味不明さに、アタシは辟易した。

 てっきり、いくつかやらかした軽犯罪がバレて『講堂説教』でもされるのかと思ったが、アタシを捕まえた、このエルムスとかいう優男の口から語られたのは、荒唐無稽を通り越して妄言としか言いようのない言葉だ。


「アタシが聖女だって?」

「はい」

「神の言葉を聞きすぎて頭がどうかしちまったのか?」


 うっかりと飛び出した本音に、思わず口を押える。

 聖職者に対する暴言は、立派な犯罪になってしまうのがこの国の法だ。


「ありえねー……。もう帰っていいだろ?」

「お帰しするわけにはいきませんね」


 柔和な笑顔を浮かべたエルムスが、首を横に振る。


「なんでよ。聖女様ってのは信心深くて慈愛に満ちた、慎み深い人間だってきいたよ? ずいぶん前の話だけどさ」


 貧民街区スラムにも教会はあった。

 休息日はそこでミサが行われ、最後までお行儀良くしていれば食事と……運が良ければ、菓子にありつくことができた。

 そこで聞いた『ありがたいお話』のことをいまだに覚えているというのは、きっと刷り込みに違いないけど。


「あなたの肩にあるそれ……いつからあります?」

「このアザかい? 生まれた時からさ」

「我々マーニー教では、その痣を『光の刻印』と呼んでいます。ほら、あそこにあるのと同じでしょう?」


 エルムスが指さす先、日光に輝くカラフルなステンドガラスは、確かにアタシの肩にあるのと同じ模様に彫り込まれている。

 だからと言って、こんな偶然で拘束されたのでは溜まったもんじゃない。


「セイラ。いえ、聖女セイラ……」

「語呂悪くね?」

「話の腰を折ろうとしても無駄ですよ、聖女セイラ」


 この優男……顔を合わせた時からずっと思っていたが、どうにもやりにくい。

 怯まないし、見透かしたような目をするし、何よりしつこくて頑固だ。

 苦手なタイプ。


「魔王が復活する時、聖女が闇を切り拓くという神託が五年前にありました。いま、各地から『光の刻印』らしきものを持った者達が集められています」

「んじゃ、別にアタシじゃなくたっていいだろ」

「誰が真なる聖女なのか。それがわかるまで、あなたを手放すわけにはいきません」


 噂には聞いていた。

 魔王が復活したことも、聖職者どもが妙な動きをしているのも。

 それが聖女探しとは知らなかったが。


「んで? アタシはあんたの出世のための点数になるわけだ? エルムス」


 怒りが沸々と湧き上がってくる。

 魔王も復活したっていう不安な状況で、聖職者どもは椅子取りゲームをしてるってわけだ。


「セイラ。僕は出世など望みません。あなたが真に聖女で……あなたが望むなら、この地位を捨てたっていい」

「口でなら何とでも言えるさね。貧民街区スラムに行ったのは今日が初めてかい? あんた、あれを見てどう思った? あそこでずっと生きてきたんだ、アタシは」


 貧民街区スラムでは各種危険がいつでも特売セール中だ。

 飢餓、疫病、暴力……ありとあらゆる危機が、生活の身近にあふれている。

 何かしくじれば、あっという間に何もかも失う。

 それ以上、何も失うことのできない人間が流れ着く貧民街区スラムで失うのは、およそ失ってはいけないものばかりだ。


「確かに。僕の失言でした」

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