第3話
何か言い返してくるかと思ったが、エルムスは素直に頭を下げた。
腰抜け野郎め。
「だったら早く帰しておくれよ。明日も明後日も仕事をしなくちゃ生きていけないんだ」
「何でも屋でしたっけ」
「だったら何?」
小さく笑ったエイムスが、懐から硬貨を取り出す。
どのくらい見ないかというと、持っていることがばれたら翌日死体になって発見されてもおかしくないくらいに見ない。
あれ一枚あれば、一ヵ月は軽く生きていける。
「これは、今日来ていただいた報酬です」
「は?」
思わず、またこの言葉が漏れた。
拉致監禁されたかと思えば、今度は報酬として金貨を握らせるなんて、何を考えてるんだ。
「このまま、教会にいて聖女としての審査を受けていただければ……一日につき金貨を一枚、報酬として出します」
「おいおい、司祭サマよ。アタシを金で釣ろうってのか?」
「依頼ですよ、聖女セイラ。あなたが聖女であろうとなかろうと、ここにいるだけで報酬を支払います。いかがです?」
手のひらに乗せられた金貨の重みに、思わず生唾を飲み込む。
どうせ、自分は聖女などではない……すぐに戻れるはずだ。
少しばかり怪しい、しかし割のいい依頼と考えれば、損はしない。
「いいだろう。乗った」
「契約成立ということで。これから、よろしくお願いします、聖女セイラ」
「短い間だけどな。あんた、アタシが聖女だなんて本当は思ってないんだろ?」
あたしの言葉に、一瞬不思議そうな顔をしたエルムスが優しげに笑う。
まったく、何がおかしくて笑ってんだ、こいつ。
「僕は、自分の見たものしか信じません。あなたを聖女に推すのは、僕がそう信じているからです」
「その黒い目ん玉、節穴じゃねーの?」
「節穴の先に見えたのが、あなただというならそれもまた神の意思ですよ」
ちょっと何を言ってんのかわかんねぇ……。
とにかく、頭がいかれてるという事はわかった。
「この部屋は自由に使ってくださって構いません。もし用事がある時は、ベルを鳴らせば世話役の修道女が来ますので」
「一日ここにいろって? 干からびちまうよ」
「教会の敷地内は自由に歩いてもらって構いませんよ。ただし、外出の時は僕を呼んで下さい」
「めんどくせぇ……」
「仕事だと思って」
そう言われてしまえば、何も言い返せない。
一日我慢したら一ヵ月命が伸びる……と言われれば、お行儀良くしようという気にもなる。
「わぁーったよ。でも、そんなに長くはいないかんな」
「僕としてはできるだけ長く居ていただきたいんですけどね、聖女セイラ」
「その呼び方やめろ」
柔和に笑うエルムスを睨みつけて、アタシはため息をつく。
「では、僕はこれで。神の御恵みがあなたに在らんことを」
小さく聖印を切って、エルムスが部屋を出ていく。
それを見送ってベッドに寝転ぶと柔らかに沈んで、かすかに花の香りがした。
「ちっ……さすが、大聖堂様だな。こんなベッド、生まれて初めてだよ」
少しばかり苛つきながら、アタシは昼寝の態勢に入った。
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