友人として

中学の時のように断れない。

 前回だって本気で言ってくれたのは分かっている。それでももう一度俺に好きだと伝えてくれたのだ。

 返事次第で関係性だって変わる。もしかしたら二度と話せないかもしれない。

 そう思うと言葉が……

「ちゃんとやれ」

 そんなグルグルとした思考の中で突然、背中を叩かれる。

 結構痛かったのもあって思わず俺は振り返ってしまう。

「…………」

 背中を叩いた当の本人である死に神は何も語ることはなく、ただ俺の目を真っすぐ見ているだけだ。

 それが全てを語っているように俺は見えてしまった。

 覚悟を決めて、そしてゆっくりと頭を下げた。

 それはどっちの意味にも取られる行動だったが、頭を下げる瞬間の俺の曇った表情に、陽菜さんは全てを察したようだ。

「……うん」

 ハッキリと陽菜さんの顔を見ることが出来ない。

 だがそれでも言うべきことは言わなければいけない。

「やっぱり付き合うことは出来ないです」

「……どうしてかな?やっぱり冬香のことが好き?」

「そうです。俺は冬香のことが今でも好きです」

 俺はきっぱりと言い切る。この場には冬香がいないので死に神が鎌を構えることも、本当に死ぬほどの痛みを感じることもない。

「私、昨日の夜に冬香と話したの。冬香は輝くんのこと好きよ。でもそれは友達とか人としてだと思う」

 とてつもなく残酷な言葉を陽菜さんは投げかけてくる。

「……分かっています。それでもいいんです」

 しかし悪意だけは一切ない言葉に、俺も混じりけのない言葉で返す。

「付き合ったりしたくないの?独り占めとかキスとか……それ以上とか求めないの?」

 多分だが陽菜さんと付き合ったら、それはそれで幸せになれるだろう。

 陽菜さんは優しいし、美人だし、頭も良くて、友達だって数えきれないほど多い。

 俺が陽菜さんを幻滅させなければ結婚しても、きっと死ぬまで幸せでいられて、死に神も手を出せなくなるだろう。

 でも……

 俺は今度こそハッキリと陽菜さんの目を見る。

「それでもいいくらいに冬香が好きなんです。多分この気持ちに嘘を付いたら死ぬくらいには」

 俺の「死ぬ」という言葉に死に神は鼻で笑う。

 告白したら俺は死ぬ。

でも冬香と離れる人生は間違いなく死ぬほどつらい。

そんな俺の言葉が伝わったのだろうか。陽菜さんは明るく笑顔を見せる。

「そっか……私の方こそごめんね」

 今度は陽菜さんの方が頭を深く下げた。

「冬香の方まで試すような真似して、さらに意地汚くしちゃって」

「頭を上げてくださいよ……」

 陽菜さんが顔を上げる。その顔にはハッキリと罪悪感が映っていたが、俺はそんな陽菜さんに笑顔を作る。

「分からないですけど……多分、自分が同じ立場だったらって考えると俺は否定する立場にはいないと思います」

 実際はここまで行動出来ないだろうが、でももしかしたらの可能性を捨てきれない自分がいる。

「ありがとう。せっかくならこの勢いで冬香と色々話して来たら?多分アンケート集めてるから電話かけたら場所分かると思うよ。昨日から話せてないでしょ」

 しかし陽菜さんを振った直後のせいで、俺はその場から動けない。

「……もしかして私のこと気にしてる?」

「いや……そんなことは……」

「嘘が下手なところも相変わらずね。くだらないこと考えてないでさっさと行く!ほら行った行った!」

「ありがとうございます……」

 俺は軽く頭を下げて、教室を飛び出した。

 陽菜一人だけになった教室。

 彼女は大きく息を吐いて、もたれかかっていた壁を使ってずるずると座る。

「馬鹿だなぁ……私」

 すると廊下から足音が聞こえてきて、彼女はホコリを払って立ち上がる。

「あれ、陽菜じゃん。一人でどうしたの?」

「色部ちゃんか。生徒会は?」

「座り仕事に向かないからって雑用で色んなところ回らされてる」

「そっか……」

「陽菜こそ用があるんじゃなかったの?」

「うん、今さっき終わったの」

 彼女なら別に構わないとばかりに、陽菜は再び座り込む。

「さっき近衛くんが出てったの見たから……まぁ何となく分かるけど……これどうするのが正解なの?」

「気を使わないで励まして」

「めちゃくちゃ言うな~」

 いつものように少しガサツに彼女は笑う。

 そして陽菜の隣に彼女は座ると、何も言わずにスマホを触りだした。

 しばらくすると、スマホが振動した。

『私のやる事大抵終わってるから残りは明日以降にやるよ。陽菜も忙しそうだから一緒に帰る☆』

 まさに無責任なメッセージが生徒会のグループに送信された。

 しかし各々はそんな彼女の様子に怒ることなく淡々と既読だけが付けられていく。

「また他のメンバーに怒られるよ?」

「もう既読無視されてる時点でお察しでしょ」

「相変わらずだなぁ……」

 陽菜は体育座りをして顔を埋めて笑う。

「いいのよ。陽菜を置いていくほど大事なことは私の人生でないから」

「色部ちゃぁん……」

 顔を色部には見せることなく、陽菜は彼女を抱きしめる。

 そして色部もいちいち表情を見るような無粋な真似はしない。

「……意外と色部ちゃんおっぱい大きいよね」

「もしかしてそんなに落ち込んでない?」

「かもしれない……」

「楽しんどけ楽しんどけ」

「うん……ちょっとカッコいい……」

「惚れてもいいんだよ?」

「本当にね……」

「……そうだな」

 完全に憔悴しきった陽菜を、色部は何も言わずに抱きしめていた。

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