先輩と後輩
「うぅ……すごく嫌だ……」
「どれくらい?」
「仲良くない友達と二人っきりの打ち上げ……」
「めっちゃ嫌だな……」
昼休み、俺は胃をキリキリさせながら教室を出た。
向かう先は胃を鎮めるための保健室ではなく三年生の教室だ。
目的は陽菜さんに放課後の約束を取り付けるためだ。
一応、放課後まではスマホを触ることを禁止されているため、俺はともかくとして生徒会長の陽菜さんに触らせるわけにはいかず、こうして直接出向くことになってしまった。
「階降りただけなのに気分悪くなってきた……」
そんな俺とは対照的に死に神は横切る人の顔を眺めている。
「なんか一年生と雰囲気違うな。一年でこんなに変わるもんなんだな」
「二年と一年の差はデカいよな」
「いや、どっちかっていうとお前の周りがガキっぽいだけなんだけどな」
あながち否定できない。
死に神が他のクラスを覗いて、色々と批評をしている。その暇あったら陽菜さん探して?
「ん?そこにいるのは近衛か」
後ろから、少しづつ聞き慣れてきたけだるげな声が聞こえた。
「下田先輩ですか……」
後ろを振り返ると、片手にパンを持った下田先輩が立っていた。
「どうしているんですか……?」
「二年生だからなんだけど」
「そうだったんですね……」
「だんだんと扱いが色部に似てきたな」
こういうことに関わらせると間違いなく面倒でありながら、一度見つかると結構面倒なのがこの下田先輩という人間だ。
「会長か、色部辺りに用?」
すでに自分を除外している辺り、失礼だが自分という人間をよく捉えている。
「はい、陽菜さ……楠先輩に」
「三組だから連れてってやるよ。一人だとしんどいしな」
「ありがとうございます……」
少しだけ見直そうとしたが、突然下田先輩は俺と肩を組んで小声で話し出した。
「もしかしなくても恋愛事?会長はライバル多いから気を付けろよ」
恋愛事というのは合っているのだが、絶妙に間違った解釈をしている。
「別にそういうのじゃないんですけど……」
しかし下田先輩は聞く様子を持たない。
「クラスメイトは勿論だけど、先輩とかからも人気あるからな。あとは副会長とかも」
「……もしかして下田先輩も陽菜さんのこと好きなんですか?」
「そりゃ可愛いと思うよ。ただ付き合うってなると、また話が違うよな。正直彼女とか面倒くさいし」
そこそこいい学校のはずなのだが、失礼にも裏口入学を疑ってしまう。
「おーい、会長出して」
扉の近くの生徒に聞こえるくらいの声で先輩は声を掛けたのだが、教室全体がざわめく。
「下田が来たぞ……」
「ヤバい、また事件になるぞ」
「犯される……!」
「とりあえず先生呼ばない?」
とにかく慌てている。
「何したんですか?」
「俺が聞きたいよ……」
思いっきり周りが先輩を避けている中、一人の生徒が歩いてきた。
そのよく見知った顔はとてもニヤニヤして、のんびり歩いてくる。
「クラスメイトが怖がってるので帰ってくださーい」
敷原先輩は下田先輩を見て、ニヤニヤしながら煽る。
「身に覚えが一切ないんだけど」
「その目つきと態度を多感な高校生が見ればビビる」
「モテモテってことだな」
「そういうところ」
「俺は一人に絞るなんてとても……」
「聞けよ」
あまりに仲がいい二人に、俺は思わず入れなくなってしまう。
「……仲良しですね」
「「むしろ仲悪い」」
夫婦か。
そこまで言ったところで、敷原先輩が本題を振ってくれる。
「用があるのは近衛くんの方か。呼んでくる……って言う前に来たね」
教室が騒ぎになって、陽菜さんもこちらを見て俺に気付いたのだろう。
周りがざわめく中で一人楽しそうにこちらに歩いてきた。
「なになに?何の騒ぎ?」
「近衛くんが用事だって。近衛くんに怪物が付いてきたから騒ぎになっただけ」
「誰が怪物だ。俺は先帰るぞ」
「あ、ありがとうございます」
「本当にな……」
さすがに披露した様子の下田先輩は後ろ手で手を振りながら教室を出ていく。
「あ、お礼は昼食で頼むな」
そういうところは忘れないのが、この男を尊敬できない理由なのだろう。
「その……輝くんどうしたのかな?」
「あー……えっとですね……」
そうして、下田先輩がこの場を去ると、何となく気まずい雰囲気が出来てしまう。
「…………」
「ちょっ……ちょっと
敷原先輩が陽菜さんの腰を突いている。
「……この二人は本当に……はぁ、それで陽菜に用事って?」
その雰囲気を察知したのだろうか、敷原先輩が口を突っ込んでくれた。
「じ、実は今日の放課後に二人で話がしたいんですけど……」
「今日?今日も生徒会なんだけど……」
「それくらい一年生の子と三根山がやっておくから大丈夫よ。冬香ちゃんとかにもお願いすれば何とかなると思うし」
下田先輩は相変わらず数には含まれないんだ。
「でも仕事放っておくのはさすがに……」
「後輩の男子放っておくほうがダメだから。ちょっとは自分のこと考えて」
「それなら……まぁ」
そこまで言って、ようやく陽菜さんは納得する。
「それなら今日の放課後だよね。場所はどうする?」
「だったら俺のクラスまで来てもらっていいですか?多分クラスメイトも残らないので」
正直、上級生の教室に来るのはもう勘弁したい。
「分かったよ」
俺は言いたいことを言い終わると、一礼して自分の教室に戻った。
「何してたの?」
出雲と琢磨が昼飯を食べながら、こちらに聞いてくる。
「まぁ色々……」
「「女か」」
これは仲がいいと言うよりも、恋愛事の嗅覚が強いだけなのだろう。
「おいおい、聞かせろ聞かせろ」
「聞かせろって言ったって……」
「あー……なんか複雑な立場みたいね。お似合いだこと」
「死に神みたいなこと言うな」
「死に神?」
「何でもない」
死に神の方も何かしてくるかと思ったが、窓の外を眺めていたようで俺の発言に気付いている様子はなかった。
「どうしたらいいんだろ……」
すると出雲は笑って話す。
「とにかく幸せになる方を選びなさい」
「幸せ?」
琢磨が聞く。
「えぇ、自分でも他の誰かでもいい。幸せがない人間にチャンスは二度と巡ってこないものなのよ」
「
陽菜さんと二人で会う約束をした放課後
俺は位置を定めることもせずに、ひたすら誰も居なくなった教室をグルグルとしていた。
「いい加減落ち着けろよ。見ててみっともないぞ」
「落ち着いていられるわけないだろ……」
「知るか、見てると俺までなんか変な気持ちになってくるんだよ……」
午後の日暮れが教室の窓から差し込み、少しだけポカポカしてくる。
死に神に関しては目をうつらうつらとしている。
しかし俺の多動は、廊下から聞こえてきた上靴が鳴る音とともになりを潜ませ、窓際に立った。
「来たみたいだな」
「合格発表思い出すんだけど……」
死に神に背中を叩かれる。
「落ち着け、死ぬわけじゃないんだからよ」
「お前が言うと本当に説得力があるな」
そんなことを言っているうちに足音が大きくなっていく。
さすがに俺も死に神もすぐに黙る。
「ごめんね。ちょっとだけ用事があって」
日差しが少しだけ強くなっているからだろうか。陽菜さんは少しだけ汗をにじませながらも、普段と変わらない笑顔を見せて教室に入ってきた。
「全然大丈夫です。別に時間は指定してませんし」
俺は思わず立ち上がる。
「相変わらず人に優しい言い訳だけは得意だね」
「多分だけど輝褒められてないな」
死に神が聞こえるわけでもないというのに耳打ちしてくる。
「分かってるよ……」
「輝くん何か言った?」
「いえ!何も言ってないです!」
必死に否定する俺に、陽菜さんは思わず笑いを零す。
「……自称言い訳のプロさんは何の用だったの?」
「名乗ったことないんですけど……」
「ごめんごめん!なんか茶化したくなっちゃって」
相変わらず少し距離感が掴みづらい人だ。そこが魅力でもあるのだが。
「冗談はさておき……一応呼ばれた理由は分かってるつもりだよ」
いつもよりも少しだけ大人っぽい笑みを浮かべた陽菜さんが言う。
その様子に、俺はどうしてもドキッとしてしまうが、俺は唾を飲み込んで覚悟を決める。
決心は決まっているはずだ。
だがどうしても身体が動かない。
「この前の……こ、告白の件についてなんですけど……」
「……うん」
そこまで熱くはないはずなのに汗がにじんできた。
呼吸が浅くなり、身体を浮遊感が包む。
意識していないのに陽菜さんから視線が離れていく。
「俺は……俺は……」
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