思春期

「はぁ……どうすればいいのか分からない……」

「それで八回目」

 いちいち人のため息をカウントしてくる死に神にツッコむ余裕がないほどには、俺のテンションは振り切って落ち込んでいる。

「何回聞いてもよく分からないんだが。冬香の姉に告白されるまではまだ分かるぞ。まぁお前がモテる理由は理解できないんだが」

 そんな死に神のいつもの酷い言いぶりにもツッコむ気力もない。そんな俺を見てか死に神の方も調子を狂わせている。

「モテてはないよ。未だに彼女はいないし、告白されたのもこれで陽菜さんが二回目だよ」

「まぁお前って何というか良い男友達止まりだよな」

「よく言われます……・」

 どうしてこの死に神は俺のテンションをさらに下げるようなことを言うのだろうか。

「俺、どうしたらいいんだろ……・」

「何度でも言うが、俺の方を見たって良い意見は出てこないからな。僕的にはお前がさっさとくたばってくれるのがベスト」

「俺だって告白したいよ……・」

 まさか陽菜さんが冬香に電話を掛けるとは思わなかった。

「……・ハッキリ言って、冬香の姉がやったことってどうしようもなく最低だと思うんだが。僕はお前が何に迷っているのかがよく分からない」

「独占欲……・みたいな?」

「思春期男子特有の気持ち悪さを前面に押し出すな。どうしてそこまでして冬香の姉を庇うんだよ」

「だって友達だし、出来るだけ傷つけたくないんだよ」

 もう中学の時のように自分のことばかりで相手のことを何も理解出来ないような人間ではない。間違いなくあの時よりも陽菜さんのことは恋愛対象として見たことはなったが、大事な存在であることにはより高まっていることは間違いない。

「でもお前の中で冬香の姉は好きな人の姉止まりだろ」

「それは違うと思う……・陽菜さんは陽菜さんだから。別に冬香の姉とかは関係ない」

 すると今度は死に神の方が大きくため息をついた。

「だったらアドバイスしてやるよ。お前の何倍と人を見てきた死に神様からの人生をより生き生きさせるアドバイスだ」

 俺は死に神の言葉に耳を傾けた。

 確かにコイツの言葉には力がある。それは高確率で俺を散々な目に合わせるものでもあったが、時には俺を救ってくれた。

「……自分がクヨクヨしているのに、人は誰も付いてこないし、誰も幸せになんて出来ないんだよ。覚悟決まったなら嫌われようが、もっとひどい目に合おうが覚悟を決めろ。覚悟もない人間の生気なんてゴミなんだよ」


  今日は冬香が仲良くなった近所の女子と一緒に行くと言うことで俺は珍しく一人だった。

 今日も電車の混み方は異常で、それが俺にとっての平常である。

「…………」

「あれは犯罪じゃないのか?」

 死に神が俺の肩を叩いて、指さす。

 俺はもたれかかっていた場所を離れると、他の区画の端に向かう。

「ああいうの見ていてすごく不快になるんだけどさ。輝行くなら俺も少しくらい力貸してやろうか?」

「……女の子と周りに迷惑が掛からなければ」

 俺はそんなことを言いながら、一気に男の方へと近づく。

「大人が何してんだよ」

 俺はとっさに男の腕を掴んで壁に叩きつける。

「何すんだよ……」

「は?人助け」

 どうしてもイライラが声色に出てしまう。

「何もしてないって!離せよ……」

 しかし男は一向に立ち上がろうとしない。というよりも一か所を見て動けないようだった。

「こういう時は鬼がセオリーらしいが悪いな。鬼とはあんまり仲良くないんだ」

 どうやら死に神を男にだけ見せているようだ。

 顔は青ざめて、ひたすら身体を振るわせている。

「デス〇―トかよ……・」

 どうやら死に神自体にもまだ知らないことがあるようだ。別に興味ないが。

 後ろでは顔を青くして、俺の方を驚いた表情で見る女子が一人いた。

 だがその顔に安堵が見れたおかげで俺も思わず笑顔を零してしまう。

「次で降りてもらえますか」

 俺は次の駅で男を突き出した。

駅員さんや途中から来た警察官に女の子が少し動揺していたようだったので、女の子に同行して簡単に事情を説明した。

「ありがとうございます……・」

 女の子は涙目になり、俺の方に深々と頭を下げて感謝してくる。

 正直、そこそこ可愛い少女の感謝にドキッとしてしまった自分がいたが、あくまで冷静を装って笑顔で返す。

「感謝されるようなことはしてないから」

 どうやらこの駅の近くの学校らしく、女の子はそのままホームを上っていた。

 俺はまだ二駅ほどあるので、再び電車をボーっと待つ。

 周りには学生や会社員はまばら程度になっており、俺はフワフワとした気持ちのままホームの椅子に深く座る。

「効率の悪い人生してるな」

「死に神も十分同類だと思ったんだけど」

「俺だけ。他の死に神はもうちょっと賢い」

「結局同類じゃないかよ」

 嫌がらせという名目でコイツは言っていたが、男が逃げ出さないようにという思惑があったと俺は勝手に解釈している。

「……何ニヤニヤしてるんだよ」

 そんなことを思っていたのはガッツリ死に神にバレてしまっていたようだ。

「別にー」

「思春期特有の自己満足キモイなぁ……」

「うるせぇよ」

 思わず笑ってしまう。

 でもこの出来事で確信できた。

 俺はどこまで行っても、どうしようもなく誰かが不幸になるのが嫌なのだ。

 散々人に「ウザい」やら「しつこい」と言われても構わない。

 自分が動かなかったら一生後悔する自信がある。

 だからこそ、俺は全てに決着をつける覚悟を決めた。

 そんな俺の表情を悟ったのか死に神も少しだけ真剣な顔をしながら俺の肩に手を置く。

「カッコいい顔してるけど、遅刻だぞ?」

「……」

 ダッシュで教室に向かうと、すでに教師が教壇に立っており、思いっきり教室の人間全員が俺に視線を集めた。

「近衛遅刻な~。一応理由」

「……社会の平和を守った?」

 前からは出席簿で叩かれ、後ろからは何故か死に神が鎌の横で叩いてきた。

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