これは最初の物語

お姉ちゃんが輝くんのことが好きだということを教えてくれた。

 正直、嫌だった。

 何といっていいか分からないけど、多分遊ぶ時間は減るし、何となく気まずくなりそうなのが目に見えて分かってしまう。

 怖かったのだ。姉に輝くんが取られれるのも、輝くんに姉が取られるのも。

 学校に行けば、外にお出掛けに行けば輝くんが一緒に居てくれる。

 家に居ればお姉ちゃんが私のことを構ってくれる。

 自分の甘さと二人のやさしさに甘えていた自分が恥ずかしい。

 だから私は、ちゃんと幸せを願ってあげたい。


 小6なんて何にも考えていない年頃だ。

 でも何となく彼女が賢く生きているのは俺には分かった。

「輝くん……今日も一緒に帰ろ?」

「うん、いいけど……」

 だからこそ彼女が俺に構う理由がよく分からない。

「冬香、今日レンくんに誘われなかった?行かないの?」

「うん、そんなに仲良くないから」

「でもレンくん面白いし、運動できるよ」

 隣のクラスで一度も同じクラスになったことはなかったが、レンくんのすごい話は何度も聞いたことがある。

「じゃあ輝くんはあんまり知らない女の子から遊びに誘われたらどうする?」

「うーん……あっちが知ってるなら少しくらい遊ぶけど、みんなで遊ぶ方がやっぱり楽しいと思っちゃうかな」

「私は知らない人より知ってる人と帰りたい」

「うん、それは俺もそう」

 少しずつ男女としての意識が同級生でも生まれているのだが、どうしても小さい頃から遊んでいる冬香をそういうように意識は出来ていない。

 だからこそお互いにこんな言葉の交わしあいで別に何かを思うことはなかった。

 そんなことを思っていると、冬香が思い出したように切り出す。

「そういえば……週末にこの前貸した本の作者さんが近くのデパートに来るんだけど、一緒に行かない?」

「本当か!?」

 この前貸した本、そう言えば輝の中で思いつく本は一冊しかない。

 普段は冬香からたまに本を借りて、学校の暇な時間にゆっくり読む輝だが、彼女が貸してくれた「一人の老人と七つの世界」という作品は彼の中での本の価値観を大きく変えた。

 冬香以上にその作品にハマり、その作者の本は自ら購入したほどだった。

「勿論行く!」

 週末の予定を確認するよりも先に俺は返事した。

「そう言うと思った……それじゃあ当日迎えに行くから」

 冬香もこの作品が好きだ。だからこその笑顔を冬香は俺に見せてくれた。


 その週の週末、俺はウキウキした気持ちで朝を迎えた……はずだった。

「ゴホッ……ゴホゴホゴホゴホ!」

 身体が熱い、それに身体中の節々が痛んで仕方ない。

「これは完全に風邪ね……」

 母さんが体温計を見てからハッキリと言う。

「で、でも今日は出掛ける約束ある……」

「諦めなさい。私から冬香ちゃんには言ってあげるから」

 絶対に嫌だった。だがボーっとする頭では強がりも、体のいい言い訳も思いつかなかった。

「今日は一日寝てなさい。何か欲しいものあったら言いなさいね」

 母さんが俺の部屋から出ていく。

 酷い孤独感、なんかよりも真っ先に冬香に対する罪悪感が湧いてくる。

 そのうち家のインターホンが鳴る音がした。

 約束の時間ピッタリな辺りどうやら冬香が来たらしく母さんがスリッパの音を鳴らしながら応対する。

 少しの間話し込んでいたらしく玄関からは小さく話し声が聞こえてきた。

 そうしてそんな話し声が止み、玄関の扉が閉まる音がすると、俺は何かに安心してしまったのか意識を手放した。

……………………

次に俺が目を覚ますと、すでに日はかなり上に上がっていた。

喉がとても乾き、それらがかなりの時間眠っていたことを証明していた。

寝起き特有のちょっとした頭の痛みが止むと、台所からの包丁がまな板に叩きつけられる音に気付く。

 そしてすぐに階段を上がってくる音が聞こえてくる。

「母さん……俺どれくらい寝てた?」

 母さんが部屋に入ってくるなり、とりあえず聞いた。

「輝くんのお母さんじゃないけど、大体三時間くらいかな……」

「……冬香?」

 しかしその受け答えをしてくれたのは俺の母さんではなかった。

「どうしてここにいるんだ?」

「輝くんが倒れたから……」

「そういうことじゃなくて……サイン会はどうしたんだよってことなんだけど……」

 冬香は俺の動揺を一切気にすることなく淡々と食器を並べている。

「……だから輝くんが倒れたから……二人で行く予定だったんだし、一人で行くくらいなら看病するよ……」

「ありがとう……」

 正直、ここまで冬香が優しくしてくれることに驚いている自分がいる。

 俺だって冬香と出掛けたかった。

 でも今回のようなことがあった時に俺は果たして同じように行動できるだろうか。

「輝くんのお母さんと一緒に作ったけど、上手く出来てるか分からないんだけど……食べてくれる?」

「うん……食べるよ」

 俺はそこで確信した。

 多分俺は今、心底彼女に惚れてしまったのだろう。

「……食べさせてあげよっか?」

「い、いや!大丈夫だから!本当に!」

「そんなに嫌がらなくたっていいのに……」

 それに気づいてしまってからは、もうどうしようもない。

 俺は冬香から必死に目を逸らす。

「顔赤いよ。熱上がってきた」

 風邪よりもたちの悪いもののせいでね。

「とにかく少し出てってくれー!」

 これは死に神に翻弄される物語でもなく、様々な人々の学園物語でもない。

 ただ二人の少年と少女の恋の物語だ。

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