物語は思いのほか動き出す

「近衛と楠妹。ボランティア部の仕事だよ」

 放課後になり、部室に行くなり俺たちの方へスマホを向けてくる。

「いきなりなんですか?」

 向けられたスマホの画面を見ると、そこには倉敷先輩からの連絡が入っていた。

『今日、ボランティア部で生徒会の仕事手伝ってくれない?後輩二人は生徒会室にとりあえず来てほしいです。先輩(笑)は学校回ってこの前やったアンケート集めてきてください』

「アンケートなんてしたか?」

 この人の教室での行動が不安で仕方ない。

 俺たちが生徒会室に行くと、そこには三人の生徒がいた。

 生徒会長である陽菜さん、そして俺たちを呼び出した倉敷先輩、それから真面目そうな風貌をした目つきが少し悪い男の人

「ようこそ生徒会執行部へ。歓迎するよ」

 歓迎も何も呼び出されたんだが

 何故かテンションの上がっている陽菜さんの椅子をくるくると回して黙らせた倉敷先輩が早速本題を話してくれる。

「呼び出した理由はこの前書いてもらった学校生活のアンケートの集計よ。うちってそこそこの人数いるのに先生が生徒会に全部投げてくるし、やたらと質問項目多くて困ってたのよ」

「多分、それくらいなら出来ます。冬香も大丈夫だよな?」

「うん、数……数える!」

 非常に不安である。

「すみません倉敷さん。この方々は?」

 突然のことに少し困惑して黙っていた男の人が口を開く。

「ボラ部の後輩で片方は陽菜の妹」

「なるほど。僕は三根山光です。二年で会計をしています。ここにはいないけどもう一人、最近入った一年生の子を入れて生徒会執行部です」

「さすが苦労人。受験生になっても生徒会やれよ」

「なら倉敷さんもやってくださいよ」

「やだよ。面倒だし。まぁ陽菜がいない分楽だろうけど」

「えっ」

 思っていたよりもずっと楽しそうだし、仲もよさそうで良かった。

「それじゃあやってくよー!」

 陽菜さんの掛け声で全員がゆっくりと集計を始めた。

 こうして20分ほどが経ち、さすがに集中の切れた俺は一旦伸びをしながら周りを見渡す。

 ただの集計だが、これだけでもかなり性格が出る。

 三根山先輩や倉敷先輩のように集中を切らすことなくに続けられる人もいれば、俺のようにすぐ集中が切れる人もいる。

 冬香も必死に頑張っているようだが、何度も数え間違えをしているらしく性格よりもボロをよく出している。

 そして陽菜さんの会長らしいところを見るのは初めてだったが、彼女だけパソコンでの打ち込みを一人で進めて、俺たちが集計するペースを追い越して、今は俺たちと同じように集計をしている。

 めちゃめちゃカッコいいと尊敬の眼差しを送っていると、その視線に気づいた陽菜先輩がこちらに視線を送って、笑顔を見せた。

「一旦、休憩にしましょうか。私も疲れちゃった」

 陽菜さんのその言葉で全員がぐだっと倒れ込んだ。

「手伝ってくれたお礼にジュース買ってくるよ。何が良い?」

「炭酸じゃないので」

「あ、私も行きます」

「なら私はオレンジジュース」

「……ならコーヒーとかで」

「最後の二人はむしろ私に奢って?三根山も別に陽菜のノリに付き合わなくていいから」

 呆れた様子の敷原先輩と、冬香は生徒会室を出ていった。

「僕も不備あったところ先生に聞きに行くので一旦席外しますね」

 三根山先輩も俺の気持ちなどつゆ知らずとばかりに生徒会室から出て行ってしまう。

「一気に静かになったね~」

「そう……ですね」

「だから敬語はなんか変だからやめてって言ってるでしょ」

「慣れないんで……だよ。あんまり変に思われたくないでしょ」

「変って?別に私は気にしないんだけど」

「俺は気にするの。陽菜さんは可愛いし、後輩にも人気あるのをもう少し自覚してよ……」

「へ~可愛いとか思われてるんだ私。それは輝くんの主観?」

「K高校としての客観です」

「そっか。そういうことにしておいてあげる」

 自分から発言を失敗したとはいえ、気まずい雰囲気が出来上がってしまう。

 全く陽菜さんはあの時のことを気にしている様子はないが、俺の方は意識しまくっているのだ。

 生徒会の手伝いと言われた時だって、正直行きたくなかったし、三根山先輩が生徒会室を出ていくときも止めようと本気で考えていた。

 だがしかし死に神が気分屋であるように、神様も気まぐれのようだ。

 どうしようもなく逃げ出したい。

「この前の話考えてくれた?」

 陽菜さんは俺の方へ歩み寄ってくる。

 俺が答えに詰まっているうちに彼女は、俺が少し動いてしまえば顔と顔がくっついてしまうくらいの距離になる。

「俺の中で陽菜さんは昔のままです……だから……」

 俺が一度断った時、その理由を俺は曖昧に「俺の中で陽菜さんは姉弟だと思ってる」と言った。

 しかしその昔と変わらない曖昧な受け答えは、さらに陽菜さんを強気にさせた。

「もう私だって君だって子供じゃないの……私ならきっと君を幸せに出来るし、何でもしてあげる」

 肩に両手が乗せられて、俺の身体に彼女の体重が少しだけ乗っかる。

 陽菜さんの女性らしさが五感をくすぐる。

 呼吸もしたくないと、必死に息を止める。

「……ごめんなさい。ちょっと興奮しすぎたわ」

 目を瞑り、息を止めていた俺から陽菜さんは離れる。

「出来れば返事は欲しいかな。別に明日とか言わないから」

「返事だったら俺は……冬香が好きなんです」

 正直、完全に場の雰囲気だけで言った。

 別に後悔はしなかったし、これが最適だったと思える。

「分かってたよ。私が君を好きなくらいに冬香のことが好きなのも分かってるつもり」

 そう言われてしまい俺は顔が真っ赤になるのが分かった。

「君の気持ちは分かってる。でも冬香の気持ちはどうなのかな?」

 陽菜さんはスマホを取り出して、スピーカーで誰かと話し始める。

『もしもし……お姉ちゃん?』

 電話の主はどうやら冬香らしく、冬香の声の後ろから入ってくる野球部の声は俺の耳にも入ってくる。

『今飲み物買ってるからすぐ帰れると思うけど……どうしたの?』

「ごめんね。あんまり他の人に聞かれたくなかったから」

 ここで彼女の目的が理解できた。

 そしてそれ以上に彼女のとてつもない覚悟が分かってしまう。

「私、輝くんのことが好きなの」

『そう……なんだ』

 これが例えば友達として、とかではないことくらい冬香にだってすぐに分かったのだろう。電話の向こうが押し黙ってしまう。

「分かってほしかっただけだから別にもう喋るなとは言わないから」

『……分かった。言ってくれてありがとう』

 ただ一言だけ言って、彼女の電話は切られる。

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