死に神の恩恵と作戦会議

 土曜日の朝、輝はため息交じりに輝はペンを走らせる。

「なんだか面倒くさそうなことしているな」

「先輩が部活の報告書書けって」

「そんなの無視すれば良かっただろう」

「…………」

 輝は何も言わずに、下田先輩から送られてきたメールを死に神に見せる。

『お前が楠妹のことを好きなのを黙っててやるから、報告書書いてくれ。ついでに手伝えることあったら手伝ってやるよ』

「お前は顔に出やすいからな」

「そんなものなのか……?」

「間違いないぞ」

 すると死に神は何か思いついたように言う。

「そうだ。気分転換に冬香とデートでもしたらどうだ」

 俺は紙から目を離すと、視線を落として呟く。

「……出来るならしたいよ」

「デートは契約の対象外だぞ」

 何を言っているんだと言うかのように死に神が疑問を投げかける。

「そういう意味じゃないんだよ!死に神って本当に常識がないのか?」

「……?意味がイマイチ分からないんだが」

「だから……なんて誘えばいいか分からないんだよ!嫌われたら嫌だし!」

 なんで死に神なんかに顔を赤くしているのでしょうか。

「あー男子高校生特有の異常な妄想力。最高に鳥肌ものだよ」

「だったら意見出してみろよ!」

 すると死に神は馬鹿にするように笑う。

「意見どころかデート取り付けてやるよ」

 死に神が机の脇に置かれていたスマホを奪い取る。

「おい!何するんだよ!」

「大丈夫だって心配するなよ」

 死に神は勝手に電話帳を開くと、こちらにスマホを返してきた。

「冬香にかかってる」

「は!?何勝手にやってるんだよ!」

「だから手伝ってやってるんだよ」

 電話口からガチャッという音が聞こえてきた。

『もしもし……輝くん?』

 ヤバい、何も言葉が出てこない。

 顔を見て話す方が緊張とかするものだと思っていたが、断然こちらの方が言葉に詰まったり、相手の表情を考えたりと緊張してしまう。

『輝くんが電話してくるのって久しぶりだよね。小学校の頃の遊ぶ約束したとき以来?』

「多分そうかな」

『うん……小学生の時以来だと思うよ……』

「あの頃はよく遊んでたからなー」

『懐かしいね。よく輝くんのお父さんと輝くん電話の声間違えてたよ』

「俺もよくやったよ」

 ヤバい、ニヤニヤしてしまう。

 このまま何時間も会話していたいくらいだ。

『それで何か用事……かな?』

 思わず話し込んでしまっていると、冬香が思い出したように聞いてきた。

「そ、それなんだけどさ……」

 いざ誘うとなると少しだけ緊張してしまう。

「こ、今度どこか遊びに行かない?」

『全然いいよ……どこ行きたい……?先に日程だよね』

 出掛けるのが好きな冬香は、俺の突然の誘いにテンションが上がっているのが声で分かる。そんな声を聞いて安心してしまう。

「うはぁ……盛り上がって来たねぇ……」

 しかし俺の視界の横ではノートに「デートって言え」とまた別方向でテンションが上がっている方が一人いらっしゃる。

 そんな死に神のことは無視して、日程を明日に決めて、出掛ける目的を見たかった映画に決める。

「それじゃあ、また明日……ってちょ!」

その様子に段々とテンションが下がっていた死に神が再び俺のスマホを奪い取る。

 何度か咳ばらいをした後、声を発する。

『何か……あった?』

「何でもないよ」

 発された声はまんま俺の声だった。どうやら死に神は何でもありのようだ。

「ちょっとちょっと!」

 一人慌てる俺を無視して死に神は俺の声で冬香との会話を続ける。

「それで明日のってさ、デートだよな?」

『うん?で、デートなのかな……?』

 聞こえてくる声は、冬香にしてはかなり動揺している。

 それに対して死に神の方はウキウキが顔に思いっきり出ている。

「俺はそのつもりなんだけど。冬香はどう?」

『傍から見たらデート……なのかな』

 声から恥ずかしがっているのが分かってしまう。とてつもなく今の冬香を見てみたい。

「だと思ってるよ。それじゃあ今度こそまた明日」

『待って……本当に輝くん?』

 その言葉に俺含めて動揺する。

 さすがに死に神も焦ったのか言葉を詰まらせた。

「……俺だよ。なんでそう思ったの?」

 いきなりデートかどうかなんて聞けば少し怪しむだろうが、なかなかの洞察力だ。

『なんていうか……雰囲気?が違った』

 その言葉に、俺は死に神の方にどや顔を向ける。

 複雑そうな顔をした死に神が諦めて、俺に電話を返してくる。

「気のせいだよ。今度こそ」

『うん、また明日』

 電話を切ると、俺は思いっきりガッツポーズをした。

「僕に言うことは?」

「……とりあえずありがとうって言っとくよ」

「まぁ生命エネルギーが欲しいだけだからな。お前自体がどうなろうがしったことはない」

 久しぶりに冬香と遊べると考えてしまうと、生命エネルギーなんてちっぽけなものとすら思ってしまう。

「でも声変えるくらいじゃバレかけてたな」

「あれはさすがに驚いたな……」

 死に神をちょっとでも出し抜いたと考えると、少し気分が良くなった。

「何かあると困るし、今のうちに準備始めるか……」

 早速明日のことを準備する。

「……ヤバい」

 しかしすぐに俺は膝から崩れることになった。

「俺、デートプランとか服とか自信ない……」

 そう言った俺は死に神の方を横目に見る。

「僕の方を見るな。この服着るか?」

 さすがにその服が現代に合わないことくらいは分かっているようだ。

 しかしアドバイスも考えてくれたようで漫画から目を離さずに死に神は適当に言う。

「お前確か友達居ただろ。そいつらに聞けよ」

「そりゃ友達はいるけど、誰に聞けばいいんだ?」

 すると漫画から手を離した死に神にスマホを奪われてしまう。

「こんなもの履歴の上からでいいんだよ」

 どうして慣れているのか不思議なほどに死に神は巧みなスマホ捌きを見せて電話帳を開く。

「え?そもそもなんでお前パスワード……」

「後で考えろ」

 誰に掛けたかも教えずに、死に神にスマホを返される。

 何度かのコール音の後、電話はすぐに取られた。

『もしもし輝?』

 少し低めの男の声が聞こえてきた。

「その声は琢磨か?」

『俺に掛けてきてるんだから当たり前だろ。また課題の質問か?』

「いや、今回はそうじゃないんだけど……」

『おう、何でも相談しろ』

 しかしちょうどいい相手に電話が掛かった。女子からもよくアピールされるので女心は分かっているし、気遣いで琢磨に勝てる男はなかなかいないだろう。ただし彼女持ちである。

「実は明日女子と出掛けるんだけど、服とかどうすればいいか教えてほしくて」

『楠さん?やるね~羨ましいよ』

「彼女に言いつけるぞ?」

『今後ろで蹴られてるから大丈夫』

 電話口の後ろから蹴られるような鈍い音と琢磨が笑う声が聞こえる。

 なんだコイツ殴りたい。

『そうだな……服はそんなに恰好付けないでいいぞ。彼女曰く下心が見えて嫌だそうだ。友達とちょっとお洒落な場所に遊びに行くくらいで十分じゃないか?』

「なるほど……」

 やっぱりあてになる男、というよりもあてになる彼女さんだ。友達で良かったと何度も思わされる。

「他にはあったりする?」

『他は……変に沈黙を嫌わない方が良いと思う。他人と出掛けるってお互いに意外と燃費悪いからな』

「あー……なんか分かる気がする」

『あとは楽しめ』

「まぁやれるだけは頑張ってみるよ……」

 ざっくりとした意見に、俺はイマイチ自信を持てずに返す。

『そんな感じだと楠さんは楽しめないんだよ。変に笑顔なんか意識しないで感情をちゃんと表に出せ』

「そうだな……マジでありがとう」

『楽しんで来いよ?』

 電話を切ると、とりあえず言われたことをメモする。

「やっぱり持つべきは賢くて女心が分かる友人だな~」

 俺が満面の笑みで満足さを表現していると、死に神はそんな俺を見て、まだ満足できていない表情をする。

「コイツに聞くだけで良かったのか?」

「なんで?十分すぎるアドバイスだっただろ」

「お前はチャンスがあれば冬香に告白されたいくらいに思っているんだよな?それなら冬香の好みくらいは知ってもいいんじゃないか」

「確かにだな……」

 珍しい死に神のアドバイスに思わず納得の声が漏れてしまう。

「……それならちょうどいい奴が一人いるな」

「そういう時の行動力は早いよな……」

 そんな死に神の声を無視して、俺は手早くその相手に電話を掛ける。

 意識なんてしていない相手だが、さすがに女子に電話を掛けるとなると緊張したが、相手の反応を考えた時には発信ボタンが押せていた。

『もしもし?』

 少し眠そうな声が電話口から聞こえてくる。

「伊原いきなり悪いな」

『ちょうど暇してたからいいよ。何?デートのお誘い?』

 すぐに目を覚ましたような声になった伊原が電話口でも分かるほどにニヤニヤしているのが分かる。

「それに近いって言えば近い」

『え……可哀想な君の頼みなら仕方ないかな~』

「勘弁してくれ」

『それはそれで酷いな~』

 大きな笑い声が聞こえてくる。

『冗談はともかく。冬香ちゃんとデート行くんだ。殴りたいくらいには羨ましいね』

「お見通しかよ」

 この高校の生徒たち何でもありか。

『多分だけど誰かに一回相談してから、次に冬香ちゃんの好みとか聞きに私のところ来たんじゃないの?相談したのは……琢磨とかかな』

「そうです。お願いします」

 もう何でもいいや。

『冬香はね……上から79…51……7』

「何の数字?」

『え?』

「は?」

 なんで知ってるんだよ。

『最近話してたのはね……冬香スカート欲しいって言ってたよ』

「スカートか……結構言いづらいな」

 別に冬香の方は気にしないとは思うが、一般男子として服を一緒に見るというのは大きなハードルがある。

 俺のそんな意見に納得して伊原も別の提案をしてくれる。

『だよね。だったら逆に見てもらえば?冬香ちゃん自信はないみたいだけどセンスはあるし、オシャレ好きだしね』

「まぁそれくらいなら……」

『大丈夫だよ。無理せず素直に言ったら変に思われないから』

 やけに自信満々の声が非常に気になる。

「慣れてるな……」

『気になる?』

「ちょっとだけな」

「そりゃデート慣れしてるからね」

 女子の扱い方を慣れている男子みたいな雰囲気が言葉から伝わってきている。

「……ちなみにどっちの?」

「両方」

 それだけ言って、彼女の電話は切れてしまった。

 すると今度は死に神が優しく肩に手を添える。

「いいか、輝。世の中には触れてはいけないものの方が圧倒的に多いことを知れ」

「……はい」

 冬香が取られそうで非常に怖い。


 ベットに入ってから眠りにつくまでが過去一で遅かった夜を越えて、突発的に開催されたデートの日を迎える。

「めっちゃ緊張してきた……」

「それ何回目だよ。座ってろ」

 起きて支度を終わらせてから、腰を落ち着かせることが出来ずおよそ三十分ほど私室をウロウロとしてしまっている。

「遊んだことは何回かあるんだろ?」

「そりゃあるけど……」

「なら……」

 馬鹿を見るような目をする死に神に俺は少し大きな声で反論する。

「お前がデートなんで言うからだろうが!普段通りなら俺だってここまで緊張しないから!」

「言い方で人間は緊張するのか?繊細な生き物だな」

「もう何でもいいです……」

 冬香の方に意識されているというのが問題なのだ。俺が死に神にため息をついていると、俺の部屋の扉が叩かれる。

「ちょっと輝、暇なら早く出掛けなさい。下の階まで歩いているの分かるわよ」

 母さんに怒られてしまったので、あくまで仕方なく少し早いが集合場所に向かうことにした。

 横で死に神がニヤニヤしながら付いてくる。

「母親に怒られたおかげでちょうど良い言い訳出来て良かったな」

「何言ってるか意味分かんないから……そもそも付いてくるなよ」

「取りつけてやったのは俺なんだから付いてくるに決まってるだろ」

 なんやかんやで俺と同じくらいにはウキウキとした様子の死に神にペースを崩されてしまって仕方ない。

「ついでだから聞いておくけど、俺大丈夫?」

 俺は身体を回転させて自らも確認しながら聞く。

「安心しろ。今日もバッチリキモイぞ」

 死に神が親指を立てて満面の笑みで言う。

「違うって!服装とかプランとか色々だよ」

 口出しすることではないと適当な理由を付けられてしまったので、基本的に俺がほとんどを決めているため不安がとてつもなく大きい。

 今だって立てたプランのイメージを何回も組み立てている。

「昨日も言ったけど服装なんか俺分かんないからな。プランの方はあれだけ念入りに決めておけば大丈夫だろ……っとストップ」

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