先輩の良い例と悪い例
「今日は珍しくこんな時間から起きてるんだな」
俺は学校の支度をしながらボーっと漫画を読んでいる死に神に言った。
「たまたま目が覚めてな。たまには僕も学校行ってみるか」
「えぇ……」
「あ?なんでそんなに嫌がるんだよ」
珍しく朝早くから活動している死に神は、いつもより少し機嫌がよさそうにそんなことを言う。
「いや、全然良いけど、突然驚かせたりしないでくれよ」
「常識くらい死に神にもある」
むやみに人に契約を掛けないっていう常識もぜひ付け加えていただきたい。
俺は制服に着替えると、身だしなみを確認してから家を出た。
「お前って女子並みに鏡見る時間長いよな」
「女子の時間知らないだろ」
「イメージだよ」
「まぁ思春期だからな」
俺は普段、散々に煽られる言い方で死に神をおちょくる。
「……思春期は良いわけじゃないぞ?」
コイツ……
そんな怒りを言葉にする前に、いつの間にか冬香の家の前に着いていた。
「昨日はその……ごめんなさい」
俺は開幕早々、冬香に頭を下げられた。
「別に気にしてないから冬香も気にするな」
このまま気まずいままだと死んでしまうから。
「ありがとう」
やっぱり彼女には笑顔が一番似合っている。
「あら、輝くん久しぶりね~」
突然、冬香の家から聞き慣れた声がした。
「陽菜先輩、お久しぶりです」
一方的に俺は何度も見ているのだが、こうして直接話すのは本当に久しぶりだ。
「そんなに硬くならないで昔みたいに陽菜お姉ちゃんでもいいのに」
「一応先輩ですし……」
「それなら先輩呼びは無し!距離感あって寂しいから」
「だったら……陽菜さんで」
「それでよし!」
少し明るい茶髪と日本人らしい端正な顔立ち、そして日本人とはかけ離れたプロポーションを誇る完璧なスタイル。
ただ楠 陽菜という人間が評価されるのは外見ではなく間違いなく内面であり、外見はさらに彼女の魅力を引き立たせるものにもなっている。
妹とは違う満面の笑みを浮かべると、冬香と一緒にさっさと歩き出す。
「何というかお前が苦手そうな女だな」
死に神にそんなことを言われて、死神が見つめてきた目線をそらす。
「苦手じゃないけど、なんか久しぶりで距離感が分からないんだよ……」
別に久しぶりに会ったからだけではないのだが、あの人はすぐに人と距離を詰められるのが得意であり、そこは尊敬しているのだが、年下の男にはとてもではないが耐えられないものがある。
「何独り言喋っているの?早くしないと遅刻するよ」
陽菜さんが楽しそうに俺を誘う。
普段は静かな冬香に付き添う形の静かな登校なのだが、陽菜さんがいるだけでだいぶ雰囲気が変わる。
そのおかげか朝なのにだいぶ冬香の顔色は良く、陽菜さんと楽しそうに話している。
「学校慣れた?」
「うん……まぁ少しずつだけど」
「友達は大事にしなよ。未だに一年の時の友達と遊ぶよ」
「みんな良い人だから大事にしたい」
冬香とは真逆に顔色を真っ青にした死に神はイライラしているのか威圧感を放ち、何もない場所なのに人が離れていく。非常に迷惑である。
「人間は毎日これに乗っているのか……?正気の沙汰ではないな」
そんな死に神を無視して、俺は会話が途切れたタイミングで冬香に話を振る。
「そういえば冬香、今日も部活動見に行くのか?」
二人の楽しそうな話を横で聞くのも楽しいかもしれないが、昨日死に神から告白されれば契約は解消されるという言葉を聞いてしまったのでそんな悠長なことをしている場合ではなかった。何よりも陽菜さんに冬香を取られるのが単純に寂しかった。
「気になってた2つは行っちゃったから……迷ってる」
「分かった。放課後までに教えてくれたら付き合うから」
すると隣で聞いていた陽菜さんが聞いてくる。
「二人は部活探してるの?」
「俺たちっていうか冬香が探してて、俺はその付き添いです」
「あー付き人ってそういうことなんだ」
「誰に聞きました?」
「家庭科部とテニス部の友達」
「どっちもかよ……」
それを聞いて少し考えていた陽菜さんだったが、閃いたように提案する。
「もしも見つからなかったら生徒会来てみない?二人なら大歓迎だし、やりがいは結構あるよ」
「生徒会ですか?」
「うん、うちは会長職以外は選挙無しで会長が選任するから大丈夫だと思うよ」
「そうなんですね……」
俺は冬香の方を見る。すると少し難しい顔をして冬香は静かに唸っていた。
「もう少し部活見る」
そう言う冬香に陽菜さんは変わらず楽しそうな笑顔で答える。
「そっか、でもたまに手伝いくらいはお願いしてもいいかな?」
「俺はいつでもいいよ。あんまり頭良くないんで役に立てるかは分からないけど」
「そんなことないよ。気は使えるし、優しいし、何よりも重い荷物が持てるなら何かしら役には立つよ!」
筋肉あれば俺じゃなくても誰でも出来そうなことを任されそうだ。
「私も……出来ることあったら言って」
「うん、冬香もよろしくね。それじゃあ私一限体育だから」
輝から見ても、傍から見てもそこにあるのは姉妹とその幼馴染の楽しげな会話だが、死に神だけは少しだけある違和感に気付いて「めんどくさ……」と他人事のように呟いていた。
その言葉を聞いても、俺はイマイチ何に対して死に神がそんな言葉を言っているのかはこの段階では理解することが出来なかった。
席替えした窓際の席からは心地いい風が吹き込んでくる。
冬香とさらに離れてしまったのは、辛かったが相変わらず伊原や琢磨は席が近く、話す相手にも困らなさそうだ。
そんな窓からはグラウンドが見える。
今はちょうど二年生の体育の時間らしく、そこには陽菜さんの姿もあった。
悠々と背面飛びを決めるその姿は、遠くから見ても美しく、窓から見ると小さくではあったがかなりの高さを跳んだらしく彼女の周りからは歓声も聞こえた。
別に自分のことでもないのに、何故か鼻が高くなる。
やはり誰から見ても完璧な人だ。
文武両道、品行方正と大体の良い意味の四字熟語は彼女に当てはまる。
冬香も十分すぎるスペックや人から評価されるくらいには良い性格をしているのだが、やはり陽菜さんと比べてしまうと圧倒的に差がある。
俺はそんなことを気にしたこともないし、実際に言ったこともないが前日のように未だに冬香はその差を気にしているようだ。
「えらく冬香姉のこと見てるな。バレたらまぁまぁに気持ち悪いぞ」
「見てねぇよ……」
「なら知らない年上の女か?」
「……それでいいよ」
「そっちの方がキモイぞ?」
「……もう何でもいい」
もちろんそんなつもりではないが、そう言われて俺は板書の方に一旦集中を向ける。
結局俺を気持ち悪いものを見るような目で見た死に神だが、他の生徒にちょっかいをかけながら喋り出す。
「お前を見ていれば冬香にぞっこんなのは分かるけど、それでもお前の傍にいるには勿体ないくらいだな。まぁ拗らせてるから何とも言えないけど」
「何のことだよ。それに拗らせてなんかないから……」
教師に軽く睨まれて、俺は集中を授業に移す。
「一途ならさっさと告白して生命エネルギーよこせよ」
学校じゃなかったら殴ってた。
「諦めて他の女に惚れて駆け落ちでも面白そうだがな」
いや、休み時間に絶対殴る。
「終わっっったぁぁぁぁぁ……」
俺は疲れを声に出して机に倒れ込む。
そうして今日も苦しい授業に必死に食らいつき、へとへとになるくらいにようやく放課後になった。
「いやー今日も眠かったね」
伊原が眠そうな顔をして笑う。
「お前眠くなったらすぐ寝るだろ」
「睡眠学習してるんだよ」
「そんなわけ……ないよな?」
やはり成績の面で勝つことが出来ない俺は、自信を持って否定できなかった。
しかし席が近い友達に手を振ってから、机に突っ伏している俺の方へ歩いてきた冬香を見るとそんな疲れも飛んで行ってしまう。
「冬香、今日はどうするんだ?」
「輝くん今日は勉強したいから早く帰りたい……」
「来週小テスト三つもあるからな。帰ってる時だけでいいから少し教えてくれよ」
「英語あんまり得意じゃないんだけど……」
「それあんまり他に言うなよ?ついでに俺にも止めてくれ?」
普段教室ではあまり二人で話さないので、他の男子たちに睨まれたのが少し怖いが今日だけは気にしないでおくことにした。ちなみに明日からのことも想像すると思わず鳥肌が立ってしまうので、気にしないことにした。
「ここはatじゃなくてforにしないと熟語として……」
「こんなの授業で出たか……?」
「出たよ……?でも先生基礎知識くらいで流してたと……思う」
すると心地の良い風が吹く。そうすると思わず俺たちの視線は周りに移ってしまう。
靴箱を出てから校門までは少しかかる。ただ景色は綺麗な花や青々しい木に囲まれて、飽きさせない工夫が見られる。
「この学校ってどこも綺麗だよね……」
「確かにな。比較的新しい学校ってのもあるんだろうけど」
「花のセンスも良いよね……」
俺は冬香の意見に賛同する。
そんな植物たちを視線を移動させながら見ていると、一人の男子生徒に気付いた。
たった一人で草むしりをしているらしく、この広い園芸畑に一人というのはかなりの重労働であり顔にはかなり疲れが出ていた。
それでも何故か周りは彼を遠巻きに避けるばかりだ。
そんな様子に哀れむことこそなかったが、周りが避けることに少しばかり苛立ちを感じてしまった。
「……手伝ってあげる?」
俺の考えに気付いたのか、冬香は自分の方から提案してくれた。
「人間って利益って言葉好きなのに益にならないことするの大好きだよな。理解できない」
死に神が悪態をついているが、大抵の人間の行動なんて理由がある方が少ないと俺は思っている。
「そうだな」
「輝くんがやるなら……私も」
俺たちが男子生徒の方に歩いていくと、男子生徒は俺たちに気付いた。
「あのお手伝いしましょうか?」
「お?マジで?悪いな」
「私も……」
「あー本当に助かるわ」
男子生徒が立ち上がると、輝よりもかなり身長は高く、目つきが鋭いのもあって少しビビってしまうが、話し方やこの奉仕活動からして悪い人ではなさそうだ。
だがけだるそうな雰囲気や眠そうにしている様子から少しだけ今の行動との違和感がすごくある。
指示された場所の草を丁寧にむしっていると、件の男子生徒が話しかけてきた。
「お前ら一年生だよな。名前は?」
その言い方から、ネクタイを確認すると二年生を意味する青のネクタイをしていた。
「近衛輝です。1年2組です」
「楠冬香です……私も2組です」
冬香の方は体格や雰囲気から男子生徒に少し怯えているようだったが、男子生徒の方は恐らく気にしていなさそうだ。
「俺は下田桔梗、二年生だよ。楠って生徒会長の親戚?」
「妹です……」
少しだけ人見知りの冬香は距離感が近い男子生徒
「そんなにビビられても取って食ったりしないよ。俺子供には興味ないから」
「こ……子供……」
子供と言われて、冬香はかなりショックを受けているようだった。
「下田先輩、あんまり冬香イジメないでもらえませんか?」
「長いこと一緒に居るなら俺の気持ち理解できないか?」
「まぁ分かりますけど」
「輝くん!?」
「近衛だったか?気が合いそうだな」
比較的、俺とは相性が良さそうである。そしてこの流れで気になっていたことを聞く。
「どうして先輩はここで草むしりしてるんですか?」
「半分罰で半分部活動」
「半分……?」
一度聞いただけでは理解できない言葉の流れに、俺は首をかしげてしまう。
「その顔は一ミリも分かってない顔だな」
「すみません……あんまり」
「罰っていうのは俺が授業中に寝てたから教師がその罰ってこと」
失礼だが、見た目通りの人間らしく自分の目利きに安心した。
「それで部活っていうのは?」
「ボランティア部。あんまり教師に色々押し付けられるから部活動にして部室貰った」
「おぉ……すごいですね……」
その行動力をぜひ勉強にも向けてあげてほしい。
「これくらいでいいかな」
先輩は立ち上がって全体を見渡すと、すっきりした様子で言う。
「二人ともありがとうな。本当に助かった」
「いえ、好きでしたことなので」
すると帰ろうとした俺たちを先輩は引き留める。
「せっかくだからお前ら部室来いよ。お茶とお菓子くらいなら出すよ」
俺は小声で花を傍で見ていた死に神に聞く。
「この先輩大丈夫か分かったりする?」
すると小さくため息をした後に目を細めて死に神は呟く。
「便利屋じゃないんだが……悪意とかは感じられないよ。多分善人ではないけど悪人でもない感じ。お前が好きそうな言葉で言うなら変人」
別に好きではない。ただ周りに多いだけだ。
「そっか、ありがと」
「帰りに漫画買ってくれ」
俺はそれを聞いてから冬香にどうするかを聞いた。
「冬香どうする?」
少しだけ迷って冬香は言う。
「せっかくなら……お邪魔してもいいですか?学校のこと……とか色々聞きたい……です」
「いいよ。お姉ちゃんが教えてくれないような話も色々聞かせてやるよ」
絶対にろくでもない。
死に神の方を見ると、ガッツリ目を逸らしている。
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