ショッピングモールの植木鉢になりたい

突然、死に神が俺の進行方向を塞ぐ。別に無視して進むことは出来るようだが、条件反射で止まる。

「いきなりどうしたんだよ?」

「そこのベンチにいるのって冬香じゃないのか?」

「本当だ……まだ三十分以上あるのに」

 俺達よりも早くに冬香は着いていた。

 しかしどこか落ち着かないのか仕切りにスマホを見たり、本を読んだり、空を眺めたりと挙動不審だ。

 そんな様子も相まって休日の朝から注目を浴びていた。

「もしかしたらお前みたいに楽しみにしてたのかもな」

「そんな俺じゃあるまいし……」

「自分が楽しみにしていたことはもう否定しないんだな」

 少し早いが、時間までに来てくれたことにほんの少しでも楽しみだったと言う感情があるようで嬉しかった。

「とりあえずニヤケを止めろ。その状態で出たらヤバい奴だぞ」

 俺はそんなことを言われ、慌てて顔を何度か叩いてニヤケを止める。

 そして最初になんと言って声を掛けようか、なんてことを考えながら歩き出そうとする。

「少し待てよ。本当に思春期男子は頭の中がお花畑なのか?」

「なんでだよ。冬香のこと待たせちゃうだろ」

「いいか?恋愛っていうのはマウントの取り合いなんだよ。絶対的に自分が有利な立場でなければならないんだ」

「なんだよそれ」

 死に神にしては珍しい力説に、俺は歩き出そうとした足を一旦元に戻す。

「時間に余裕を持ってくるというのは確かに大事なことかもしれないが、こんなにも早くに着いてみろ。めちゃくちゃ楽しみにしているように見えるぞ。輝はもう少し余裕を持った男になれ」

 確かに一理ある。俺は告白されなければ死んでしまうのだ。少しでも彼女の心理に入り込む必要はあるだろう。

「そうなのかもな……」

 それを聞いて、一旦考えた上で俺は再び歩き出した。

「なんで行くんだよ?話聞いてたのか?」

 俺は笑顔で死に神に言う。

「多分死に神の言ってるのも正しいと思うよ。でも自分のために冬香を待たせるのは嫌だ」

 俺はあえて死に神の防いでいた手を避けるようにして冬香の方へ向かった。

「相変わらず変な人間だな」

「普通じゃないかな?多分恋ってした時点でちょっと不利くらいがいいんだよ」

「……良いこと言うじゃないか」

「ごめん。恥ずかしいから今のなし」

「感動したよ。知り合いに広めてやるよ」

 死んだあと、死に神にこの事で煽られて、地獄で地獄を見そうで怖い。

「と、とりあえず俺は行くから」

「そうか、見ててやるけど口出しはしないからな」

 乱された心を深呼吸して落ちつけてから、今度こそ冬香に声を掛ける。

「冬香おはよう。待たせてごめん」

「ん、輝くんおはよう。時間よりも全然早いから大丈夫だよ」

 ベンチから立ち上がり、天使のようにきれいなワンピースを整えて、笑顔ではないが少し明るい表情で冬香は挨拶してくれた。

 ちょっとだけお化粧をしているからなのだろうか、登校する時の冬香とは全く違う表情に、かなりドキッとしてしまう。

 通りかかっていた人のほとんどがこちらを見るほどの美しい笑顔にこの場の空気が浄化されていくのが分かる。

 そんな雰囲気に流されてしまった俺は、慌ててすぐに話を繋げようとする。

「楽しみにしてたら母さんに怒られちゃって、それで俺も少し早く来たんだよ」

「そう……なんだ」

「今のお前完全に素だよな」

「あ……」

 言ってから気付いた。

 言われた冬香も少しだけ頬を赤らめて視線をそらしている。

 とにかく話題を変えなくては。とりあえず手あたり次第に話題を作ることにした。

「そ、その服初めて見たよ」

「うん、買ったけど着るタイミングなくて今日初めて着てみたの……変じゃないかな?」

 この状況で男が言わなければいけない言葉くらいすぐに分かる。しかし俺がその言葉を言ってしまうには大きすぎるリスクを背負うことになる。

 褒めるというミスは何回かしてしまったことはあるが、その都度痛みの大きさは違った。さらに今回で言えばかなり強めに褒めることになる。

「やっぱり変……?」

「……ちなみにこれくらいなら失神するかしないかくらいだと思うぞ」

 二人の言葉を聞いて、覚悟を決めた。

「似合ってるよ……ぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

 いつまでの慣れることのない激痛が身体に走る。

「悪いが、やることはやらせてもらうからな」

 そんなことを言う死に神に文句を言うことはせず、俺は冬香に笑顔を見せた。

「そっか……嬉しい」

 冬香が小さな声で嬉しさを漏らしてくれる。

 どうやら痛みで漏れてしまった声は聞こえていないようで良かった。

 ちなみに呪いの方はかろうじて耐えることは出来たが、普段の状況であれば平気で泡を噴いて倒れていただろう。必死に耐えていた俺の様子に死に神は後ろで腹を抱えて笑っていた。コイツには後で絶対に仕返しする。

「少し早いからウィンドウショッピングでもして映画まで時間潰すか」

「……そうだね。順番に回っていくか。どこか行きたい場所とかある?」

「私はどこでも楽しめるよ……」

 素で可愛いことを言う冬香に心を奪われそうになってしまう。

「なら服とか見たいんだけど付き合ってくれるか?」

「全然いいよ……」

 少しも嫌がる様子がないことに安堵し、俺は服屋に入る。

「うーん……やっぱり自分で探すと自信ないなぁ……」

 少しの間は自分で服を探していたが、どうしても自分のチョイスに自信が持てず、冬香に早速助け船を出すことにした。

「冬香、服考えてもらってもいいか?」

「うん……でも男物なんて選んだことないからちょっと自信ないけど……」

 服を何着か見た後、俺の方に一通りのセットを渡してくる。

「とりあえず……着てみてほしい」

「分かった」

 試着室で渡された服を確認してから着替える。

「……着替えた?」

「大丈夫だと思う」

 俺はカーテンを開けて冬香に姿を見せる。

「うん……とっても似合ってる」

「おぉ……いいんじゃないか?」

 冬香も死に神も絶賛してくれた。

 だるめのニット服に大きめのズボンと普段なら絶対に着ない服装に着る前こそ自信はなかったが、鏡の前に立つと思っているよりも全然違う雰囲気になっており、二人以上に驚いてしまった。

「冬香凄いな……センスある……ぅぅぅぅぅぅ……!」

 俺は思わず手放しでべた褒めてしまうが、そんなことお構いなしに激痛が襲う。

「だ、大丈夫……?」

「あぁ……全然大丈夫……ちょっとテンション上がっちゃってさ」

 俺は額に汗をかきながらも、必死に笑顔を作って誤魔化す。

「そうなの……?でも喜んでくれて……嬉しい」

 俺は完全に気に入ってしまった冬香がチョイスしてくれた服を一式購入すると、俺は大満足で店を出る。

「冬香に選んでもらわなければこんな一生着なかった」

「あんまり褒められると照れるよ……」

 今度は叫びこそしなかったが、先ほどと変わらない程度の激痛が走った。

「……ねぇ輝くん」

「どうした?」

「せっかくなら私のも選んでくれないかな?」

 俺は思わず足を止める。

「もしかしなくても……俺?」

「他に誰もいないよ……?」

「……マジかー……」

 俺は小さい声で呟く。

 言われるがままに店に連れ込まれてしまう。

「別に文句言ったりしないから好きなの選んで……」

 俺は言葉に押されて服の前に立つ。

「どうしたらいいんだよ!?」

 俺は必死で死に神に言う。

「服は分からないって言ってるだろ」

 何度言われたか分からない返事を返されて、俺はようやく覚悟を決める。

 女性服に触れるのも少し躊躇ってしまったが、さすがに中途半端な恰好を冬香にさせるわけにはいかないと短時間で最高のものを選ぼうとする。

「これで……」

「ありがと……着替えてくるからちょっと待ってて」

 冬香が着替えている間に俺は死に神と話す。

「俺ミスってないよな……?」

「よっぽど変な恰好じゃなければ冬香は怒らないんじゃないか?」

「それはそうだけどさ……」

 弱気の俺を見てなのか、先ほどの出来事を思い出してなのか死に神は笑いだす。

「やっぱりお前ら面白いな……こんなに見てて面白い奴らはなかなか居ないな」

「嬉しくねぇ……」

「着替えたよ……」

 着替えていた冬香の更衣室のカーテンが開く。

「どう……かな?」

「あ……あぁ……」

 俺は感想を言う前に思わず感嘆の声を漏らしてしまう。

 自信がないながらもガーリー系の少し落ち着いた色合いに少し長めのスカートを合わせた大人っぽいをチョイスした俺は思わず自分の選別眼に拳を握り込んでしまう。

「とっても……いいぃぃぃ!!……と思います……」

 先ほどよりもずっと強い痛みに身体が思わず跳ねる。

「大丈夫……?」

「大丈夫……冬香の服がすごくよくぅぅぅぅぅ!!!っっってぇ!」

「どうして自分からとどめを刺されに行くんだ……」

 死に神に言われなくても自分で自分のアホさ加減は十分に理解できた。

「せっかくだから……この服買うね」

「えっ」

 俺は思わず声を出してしまう。

「嫌なの……?」

「だって俺が選んだのだぞ?自分で選んだ物を買った方がいいんじゃないか……?」

 すると冬香は明らかに不満げな態度を表情に出す。

「自分が良いと思ったから選んでくれたんじゃないの?」

「いや……もちろんそうだけど……」

「じゃあ私がこれ着てるのは見たくない……?」

「それはもちろん……見たいけど……」

「……そっか……なら買う……」

「そうか……」

 お互いにムキになり過ぎたせいで、素面に戻った瞬間どっと恥ずかしさがこみ上げてくる。

 そんなこともありながらも、そこからは別に緊張することはなく、お互いに何年間も一緒だったので、お互いに気を使うこともなく不快にさせることもなく、心の底から楽しめた。

 しかし何よりも活躍したのは、琢磨のデートでの心構えと、伊原の俺でも知らなかった冬香の癖や最近の好みだった。今度何か奢ってやろう。

「映画って輝くん何見たいの?」

「これなんだけど」

「本当?私もこれ気になってた」

 ちなみにこれも伊原によってリサーチ済みだ。

 ただ元々見る予定だった映画ではあったが、俺も見たい映画を見れて良かった。

「ねぇ、輝くんあれ……」

 冬香に袖を引っ張られて、彼女の指さす方向を見る。

「カップル限定ストラップ……欲しいのか?」

 冬香は何も言わずに大きく首を縦に振る。

「千載一遇じゃないか。ほら喜ばない程度に頷いとけ」

 しかし嘘で冬香と付き合うというのは何となく複雑な気持ちがある。

 そんな迷いが顔に出てしまったのだろう。冬香の方も俺の顔を覗いてきた。

「……嘘はダメだよね」

 露骨に落ち込む冬香に、俺はどうしても顔を赤くしてしまう。

 そして結局、俺の方が折れることにした。

「分かったよ。カップルのふりをすればいいんだな」

「……うん。付き合わせちゃってごめんね」

 どうしてか不思議な敗北感がある。

 俺だって出来る範囲で冬香に歩み寄りたいのだ。

「だったら……」

 俺は冬香の方へ手を差し出す。

 俺の求めていることを理解した冬香は、すぐに俺の手を握り返してくれた。

「やるじゃん」

 ほっといてください。

「お客様カップルですね~こちら特典ですので、よろしければどうぞ~」

 二つセットのキーホルダーを受け取って、冬香のテンションは映画を見る前だというのに上がりきっている。

「ほら、こっちもあげるよ」

 俺に渡された青色のキーホルダーを冬香に渡す。

「ううん……これは持ってて」

「別に俺はいいよ。欲しかったのは冬香なんだしさ」

「私が二つ持ってたら友達に不思議に思われちゃうから……それにせっかくなら思い出として持っててほしい……かな」

 ヤバい、めちゃめちゃ可愛くて顔を直視できない。

 どうしてか今日の冬香は積極的で、完全にペースを握られてしまっている。

 俺のことをからかっているのだろうか。

「なら貰っておくよ」

「ううん。貰っておくじゃなくて付けてほしい」

「分かったよ。スマホに付けるよ」

 映画上映までの少しだけ明るい時間にストラップを付け終わると、劇場が暗くなり映画が始まった。

 俺たちが見たかった映画の内容はコメディ色が強めの恋愛作品で、クラスでも話題になっていたものだった。

 内容は社会人になった主人公が、高校時代に片思いしていたヒロインに出会ったが、すでに彼女は一度離婚しており、タイムスリップして結婚を目指すというものだった。

 主人公は努力家で諦めが悪い性格と、まるで俺の上位互換のような存在だったが、ヒロインの方はどこか少し抜けていて、主人公を振り回しているところなんかを見ると、気のせいかもしれないが冬香がチラついてしまう。

「この話のキャラお前らにそっくりだな」

 どうやら気のせいではないようだ。

 しかし主人公とはとても似ているとは思えないのだが、死に神の言葉には自信があってちょっと不思議だった。

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