賽はとっくに振られてた

「と、とりあえず少しでも気になるところ見学行こう」

「それなら……家庭科部」

「家庭科部?料理好きだったか?」

 すると冬香は少し賢いふりをして話す。

「やっぱり将来的に覚えといた方が……いいと思って……」

 俺は思わず後ろを向く。この子可愛すぎるだろ……

 俺は軽く頬を叩くと再び彼女の方に向き直った。

「確かに大事だよな」

「……何か失礼なこと思ってない?」

「思ってないって」

 あまり器用じゃないから心配だとは思ったが。

「まぁ何とかなるだろ」

 家庭科室で部活動をしていた先輩に説明すると、すぐに冬香は気に入られて体験出来ることになった。

「今日はあんまり具体的な予定はなかったけど、めちゃめちゃに可愛い楠さんと付き人みの近衛くんが来てくれたので軽く料理作ろうと思いまーす」

「誰が付き人ですか」

「不純な理由でも家庭科部は男手大歓迎よ~」

「別に不純な理由とかは……ただ冬香に付いてきただけで……」

「うんうん……そっかそっか……」

分かりやすいなぁ……という部員からの視線に二人は気づくことなく、早速調理を始めることにした。

「ちょっと冬香さん!沸騰してる!」

「あ、あぁ……」

「冬香ちゃん!そっち塩!」

「あ、あ、あぁ……」

 しかし楠 冬香という少女。料理が出来ないというよりも少し、いやかなりおっちょこちょいである。

 その証拠として彼女が他の仕事を任さられると……

「でも皮むきはすごく上手ね……」

 先ほどまでの焦りもなくなり、冬香は真剣な顔で黙々と皮を剥いている。そして皮むきの速度は並ではなく、そして美しい。

「最近まで毎日リンゴ食べさせられていたので」

 お見舞いの定番と調べたらしく。刺身事件以来、家で療養していた俺の元でひたすらリンゴをウサギ切りして俺に食べさせていた。

「でも近衛くんが料理上手いなんて意外だよ。家でも作ったりするの?」

 俺は冬香が褒められている横で静かに任された仕事を進めていた。

「ほとんど作らないよ。多分、手先が器用なだけ」

 同じクラスの女子が暇を持て余したのか、こちらに寄ってきて興味津々に聞いてきた、

「将来奥さんが羨ましいわ。お互いに貰い手がなかったら結婚でもしない?」

 部員たちの中で目を回して料理に励んでいる冬香の方を見てから返事する。

「残念ながら好きな人と結ばれるか、そのまま死ぬかの二択だから」

 俺は軽く笑って彼女に言う。

「よくそんなに恥ずかしいこと言えるね。聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるよ」

 めちゃめちゃ顔を赤くしたクラスメイトは手で顔を扇ぎながら言う。

 そりゃ物理的な話だから恥ずかしいも何もないんですよ!

 とは言えず笑ってごまかす。

 料理が終わった俺は冬香の方に行く。

「どうだった?」

「楽しかった……」

「それなら良かったな。入るのか?」

「他も……見たいからまだ保留……」

 そうして完成した料理を少し頂いて、俺たちは次に部活に向かった。

「次はどこへ行くんだ?」

「て、テニス部」

 そんな冬香の口から出るには意外な部活に少し驚く。

「どうしてテニス部なんだ?」

「出雲ちゃんにすごく押されて……」

 伊原の奴、冬香が運動が苦手なことは知っているはずだが、それでなお押しに弱いことを利用して誘ったのだろう。嫌な予感しかしない。

「無理はするなよ?」

「大丈夫……だと思う」

 テニス部のコートに向かうと、こちらを見つけた伊原が手を振ってきた。

「おっ、来た来た。おーい冬香と付き人~」

 付き人イジリ流行ってんの?

「もう部長には説明してるから着替えてこっちで私と練習しようよ」

 冬香が伊原に手を引かれる。

 ここには伊原もいるし、女子部に男子一人という居づらさもあるので、俺はすぐに立ち去ることにした。

 しかしそんな俺の肩を伊原が軽く叩いた。

「近衛もここに居なよ?良いもの見せてあげるからさ」

「……?」

 伊原の言動に冬香も不思議そうな顔をしている。

 コイツ見てると中学の時の少し変態な友達を思い出すのはどうしてだろうか。

 それからしばらく待っていると、更衣室から顔だけ出して冬香がこちらを覗いてくる。

「出雲ちゃん本当にこれじゃないとダメ?」

「雰囲気から楽しもうよ。私たちだって本番はそれ着るんだから」

「で、でも……」

「恥ずかしいの?」

「……うん」

「私たちそれ着て大会出てるから大丈夫!」

上手いこと説得に成功したらしく、冬香が更衣室から出てくる。

 その姿はいわゆるテニスウェアというやつで、全体的に丈が短く冬香も頻繁にスカートの裾を気にしている。

 他の女子部員も恥ずかしがる冬香の様子を見て、完全に目を奪われてしまっている。俺に関しては言うまでもない。

「どう?良いもの見れたでしょ」

 伊原に肩を叩かれる。

「……ありがとうございます」

 今回ばかりは感謝しかない。

「それじゃ早速サーブとかやってみようか。簡単にやり方教えるよ」

「頑張る……!」

 持ち方や打ち方を簡単に教えてもらっている。その様子は楽しそうでもあり、とても真剣に見えた。

そして冬香は他のクラスメイトに相手をしてもらい、コートに立った。

 彼女は一度息を整えて、視点を相手のコートに移す。

 集中した彼女の表情はまさに容姿に似合うクールな表情であり、その中には少しだけ冷徹さも感じてしまうほどである。

その表情だけで対戦相手のクラスメイトはラケットを持ち直して、冬香と同じように表情が真剣になっていく。

一瞬の静寂がコート全体を覆う。

上空に投げ出されたテニスボールにそこにいた全員の視線が集約する。

冬香のラケットが振り下ろされる。

「……痛っ」

 ボールは空に上がった後、綺麗に彼女の頭に当たった。

 そして振り下ろされたラケットはボールを掠めた後に、思いっきり振り下ろした影響で腰の辺りに激突する。

「……正直、運動出来ないのは知っていたけど……こんなに出来なかったっけ?」

 伊原がこっそりと白状するが、俺はそれに気づく素振りもないくらいには頭を抱えてしまっている。

 相手をしているクラスメイトも極度の緊張が解けたのか、深く息を吐いて安心してしまっている。

「も、もう一回……」

 その後も何回かサーブを試したが一度も相手のコートに入ることはなかった。

「私がサーブやるよ!冬香ちゃんはレシーブから始めようよ!」

 クラスメイトは速度を落として、さらに腕を振るだけで当たるようなコースにサーブを打ち込む。

「ふん……!」

 しかし何故なのか冬香のラケットは空を切り、冬香も転びかけてしまっている。

何度かレシーブも試してみるも案の定上手くいかずにこちらに帰ってきた。

「……やっぱり球技難しい」

 顔を真っ赤にして、目尻に少しだけ涙を浮かべて冬香は呟く。

「そうだったな……」

 今まで完全に忘れていたが、ただでさえ苦手な運動の中でも冬香は一線を画すレベルで球技が苦手だった。

「……また遊びに来なよ。先輩も気に入ったみたいだし」

 落ち込んでしまっている冬香を励ますように伊原が言う。

「……うん……ありがとう……」

「えぇ!冬香ちゃん可愛いし、真面目だからいつでも大歓迎よ!」

 伊原含めたテニス部が必死にフォローするが、とても立て直せる状態ではなく、更衣室の中でも必死で色々とフォローしてようやく冬香は少し落ち込んだくらいのテンションに戻った。


「……はぁ……」

 テニス部の体験を終わっても、やはり冬香は少しだけ落ち込んでいた。

「まぁ冬香には冬香の良いところもあるからあんまり気にするなよ」

「そう……なの?」

 軽く励ますと、少しだけ顔色が良くなる。身近な友達に褒められるのは誰だって嬉しいものだ。

「ちなみに良いところって……どこ?」

 俺は一瞬顔を冬香の反対側に向けて大きくため息をつく。

 励ますことばかり考えていた。中途半端に褒めれば余計にテンションは下がるだろうし、正直に褒めても今度は俺の心拍数が下がるだろう。

「べ、勉強が出来るとか」

「この学校だと一番じゃないし、それなら他の子だって同じこと言える。それにお姉ちゃんの方がずっと頭いいし……」

 見るからに機嫌が悪くなっていく。ちょっと考えれば当たり前のことだ。

死に神的にはセーフらしいが、心が呪い並みに痛む。

 自分の身体が苦しいのは死の可能性すらある今では恐怖でしかないが、好きな子に嫌われるのは漠然とした絶望だけが襲ってくる。

「優しいよ!気だってすごく使えるし、それに人気者だよ!」

 多分今までの流れで言えばこのレベルの言葉はアウトのはずだ。

 恥ずかしい気持ちと激痛への覚悟を持って言ったその言葉は全く痛みを伴わなかった。

「それは嘘だよ。だってお姉ちゃんのほうがずっと……」

 彼女には褒めるという言葉として伝わっていなかったのだ。

 冬香は酷く姉へのコンプレックスを持っている。

 冬香の姉の陽菜さんは妹と同じく品行方正、成績優秀なことに加えて、運動も出来て人望だって誰よりも厚い。おまけにこの高校では生徒会長をしているらしい。

 誰から見ても二人とも十分すぎるほどに優秀でありながら、冬香にとっては自分との比較対象が姉であり、それによっていつも自分を卑下してしまっている。

 なんと返したらいいかも、別の話題作りも、思考が全く追いつかなかった俺は、自分を非難するほどには静かな下校を二人ですることになってしまった。

その日の夜、俺は死に神に契約についてちゃんと聞くことにした。

 伝わり方で一切痛みがなかったことを考えると、俺の考えているよりもずっとこの呪いは難しいものらしい。

「そんなことも知らないのか?」

 死に神は俺の漫画を読み散らかしながら笑う。

「教えてくれるのお前しかいないんだから当たり前だろ」

 死に神は過去一番の溜息をつく。こっちがしたいんだけど。

「いいか?契約っていうのは契約者の感情に左右されるものなんだよ。だから今回の場合は契約者と契約に近い状態にある人間つまり冬香が契約に反すると思った感情を感じられなかったからなんだよ」

「つまり冬香次第で代償にもブレがある?」

「まぁそんなところか」

「曖昧過ぎるだろ……」

 再び漫画を読み始めた死に神。

 俺は適当過ぎる死に神、段々と慣れてきた自分に辟易しながらも、死に神の言ったことを頭の中でもう一度考える。

「……?ちょっと待ってくれ」

「今忙しいの見えないの?」

「ネタバレするぞ?」

「……っち、簡単に頼むぞ」

 漫画>>>死に神>>>俺の構図が納得できない。

「逆はちなみにどうなるのかなって思ったんだけど」

「逆?」

「だから例えば……俺が冬香に……あー…好きって言われるとか」

「思春期特有の気持ち悪さコンプリート目指してるのか?」

 散々なことを言う死に神だが、俺の言葉に少しだけ身体をこちらに向ける。

「確かに俺もそれは知らないな……でもまぁ単純な理屈で言えば……」

 死に神はこちらの目を見て、自信はあまりなさそうに言う。

「契約解消するのかな」

「解消!?」

 抜けられないと思っていたこの契約に見えた一途の希望に俺は飛びつく。

「当たり前だろ。契約が履行できないくなるんだから」

「マジかよ……」

 俺は思わず拳を握る。

「……じゃあなんだ?お前の目標は……」

「あぁ、俺は冬香に告白される!」

 あまりにも男らしくないが、それでも仕方ない。

 俺は絶対に個の絶望的な状況でも幸せになってやる。

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