物静かな可愛い幼馴染に好きだって伝えたいけど、伝えると多分物理的に死ぬ
山芋ご飯
ベタ惚れの俺が偏差値20も上げた理由
この一年少しで偏差値を20以上も上げた。高校の判定もBまで来たが、まだまだ全然、安心できるラインには足りていない。
ギリギリまで絶対に努力を諦めたくないのだ。
もう半年以上は寝ても覚めても勉強ばかりしている。
最初は現実的な進路を目指せと言っていた親も教師もここ一年の成績で納得させた。
今は自分のことのように応援してくれているし、全面的に協力してくれている。
友達にはどうしてその高校にこだわるのかと頻繁に聞かれるが、いつも俺はその返事を曖昧に濁してしまっている。
理由は人に言えなくくらいには動機が不純だからだ。
ただ好きな子と一緒の高校に行きたい。
もうしばらくまともに会話は出来ていないが、彼女の方も勉強は大丈夫だろうか。
少し抜けているところもあるが、今の俺よりも二年生の頃の彼女の方が間違いなく優秀だろうし、何よりも成績面で俺に人の心配している余裕はない。
受験まであと3日と3時間
やれることはやっている。だが他の受験生だって同じくらいに努力しているのだ。
「だから神様……どれだけこれから苦しい思いをしてもいいです。だから今だけは力を貸してください……」
ここまで来ると、努力や才能すら介入の余地がない「運」の世界だ。
他の受験生が寝不足でも、遅刻で集中できないとか、ヤマが外れたとか何でもいい。
だから今だけは幸運が俺の方に傾いてほしい。
その不幸が俺にまで降り注がないように、とにかく今は机に向かうしかないのだ。
朦朧として意識が何度も俺の元を離れようとする。
シャーペンもロクに握れなくなった俺は、単語帳を開く。
この単語帳も擦り切れるくらいに読んでいる。当然、内容だって全て覚えているつもりだ。
ただ努力する行為をやめたくなかった。
それでも俺の潜在意識と身体は限界を迎えてしまった。
俺の身体が浮遊感に包まれていると思ったら、椅子から落ちていた。
一瞬のスキを突くようにして俺の意識は死に神に刈り取られてしまった。
「223……223……22……3……」
受験番号が219……220……222……と続く。
「……った……あった!あった!」
思わず興奮して叫んでしまう。
落ちていたら心が保てないと思い、一人で来ていたせいで周りの目がとてつもなく痛い。
俺は親に電話するのも忘れて、その場で拳を強く握り込む。
人生で一番幸せな瞬間かもしれない。いや、間違いなくそうだと言い切れる自信がある。
「あったみたいだね……おめでとう」
抑揚がなく、俺の上がりきったテンションが恥ずかしいくらいには静かな称賛。
そこにいたのは昔から見知った幼馴染であり、俺の初恋やらをかっさらっていった少女。
祖母から遺伝したらしい長くて綺麗な銀髪、身長は平均程度だが端正なその容姿と雰囲気から人形のようにしか見えないほどの100人中120人が振り返るほどの美少女。
そんな彼女が声を掛けてくれば、見知った間柄でも心拍数が上がる。
「冬香も合格したみたいだな。お互いおめでとう」
「うん、輝くんとまた一緒の学校ちょっと嬉しい。また高校でも遊ぼうね」
俺とは対極に全く恥ずかしがる素振りもなく、言うにはあまりに恥ずかしい言葉を言う。
彼女の表情に一切の明るさや喜びは見られないが、テンションは上がっているのが幼馴染としては簡単に分かる。
そしてだからこそ今が最高のチャンスであることも分かる。
周りが称賛や喜びで溢れているが、今この場に俺たちのことを知っている人はいない。見つめ合っている今だけは間違いなく二人だけの世界だ。
「……そんなに見つめられると恥ずかしい」
別に表情は変わらないが、冬香の中で意識が傾いてくれた気がする。
俺は声を荒らげないように、でも彼女に俺の気持ちを強く理解させるくらいの勢いで告げた。
「冬香!俺、冬香のことが……す」
刹那、俺の意識が一瞬で暗闇に落ちる。
喜びのあまり血が上りきってしまったのだろうか。
それとも勢いに任せて言った告白に身体が拒否反応でも起こしたのだろうか。
なんだっていいが、俺の言葉は最後まで届いたのだろうか。それだけが気掛かりだった。
知らない天井だ。
真っ白で窓から入る風は結構気持ちいいけど、何だか特有の不思議な匂いがどうしても気になってしまう。
別に異世界に転生したとか、ここが死後の世界ではないことは隣でパタパタと動いている母の存在が非常に分かりやすく否定して、非情な現実感を突き付けてくる。
「起きたの?いきなり倒れたって聞いたからビックリしたわよ」
そんな母さんが、目を覚ました俺に気が付き心配と呆れを混ぜて声を掛けてくる。
「ここ病院?」
「そうよ。受験会場に救急車来て大騒ぎになったみたいね」
「それは恥ずかしいな……」
そう言いながら身体を起こす。
どうやらここは見知った近所の病院らしく、お爺ちゃんが倒れた時に来た覚えがある病室だ。
少し老朽化し、最新とは言えなくなったがまだ十分な病院であり、ここは間違いなく近所の病院のはずだ。
そこに不思議な衣装に身を包んだ少年がいなければ。
赤と黒が混じった派手でロックバンドが好きそうなコートを羽織り、恰好を付けているのだろうが、身長が小学生ほどしかないせいで全く様にはなっていない。
「そこにいる子誰?」
俺が少年の方を見ると、少年は眉一つ動かさずに俺と視線を合わせる。
母さんは俺が言う方向を見るが、再び俺の方を見て首をかしげる。
「誰のこと言っているの?」
「だからそこにいる男の子だよ」
俺はむきになって指をさす。
「倒れた影響で幻覚でも見えているのかしら?一応精密検査しとく?」
「幻覚……?本当に見えてないの?」
「これは重症みたいね……」
本当に頭がおかしくなったのだろうか、だとしたらお化けか何かだろうか。
「とりあえず看護師さんに色々伝えてから、下の売店で食べ物を買ってくるわ。欲しいものある?」
「ないけど……」
意識が完全に幽霊に集中してしまう。
母さんが病室から出て、一人になったところで俺は声を掛けてみることにした。
「……地縛霊とかなのか?」
「あ?」
声を掛けると、一瞬で機嫌を悪くした幽霊が突然腕の辺りをユラユラと揺らめかす。
そして突然生まれた大きな鎌に首筋を触れられる。
「僕は死に神だ。次に冗談でもそんなこと言ったら問答無用で魂貰ってくぞ」
一気に汗が噴き出して、呼吸が止まってしまう。
とりあえず間違いなくこの世のものではないことは分かる。
自称死に神は俺の表情を見て満足したのか、一瞬で鎌を消し去ると、不満げに先ほどまで母さんが使っていた椅子に座った。
「……あいにくまだ死ぬ予定はないのですが、一体俺に何の用ですか?」
「用があったのはお前の方だろ。いきなり契約破ろうとしやがって。もしかして死にたかったのか?ならもう少し気合い入れろ」
「待って待って!何言っているのか意味分からない……」
すると死に神は何かを察したように大きくため息をつく。
「最近命に関するトラブルに巻き込まれた覚えは?」
「全く。受験の時は死にかけたけど」
今度は逆に死に神が俺を指さす。
「それだよ。お前は一回受験の時に命に関わるレベルで衰弱した。それを助けたから俺がここにいること分かっているのか?」
さっき鎌で死にかけているのだが、全く信じられない。
「……その顔は信じてないな?」
「ごめん、正直全然信じられない」
「別に信じなくてもいいぞ。それならどうせそのうち死んで、俺も次の契約者探すから」
簡単に言う自称死に神の言葉に、俺は何となく納得させられてしまう。
「まぁとりあえず信じるよ。それで気になったのだけど契約者って何?」
「それも説明しないとか。・・じゃあ死に神が無償で人助けすると思うか?」
「よく分からないけど助けてもらったお礼って感じか?俺に出来ることなら何でも言ってくれ」
目に見えて死に神がイライラしているのが分かる。ただ見た目が少し変わった子供にしか見えないので、さほど恐怖感は感じられない。
「だからお前が告白しようとして倒れたのが契約違反だってこと」
「その理屈だと、俺が告白すると契約違反みたいな話なのか」
「そう言っているの。愛情っていうのは一番シンプルな生命活動だからな」
「意味分からないのだけど……」
「だから……まぁこれ以上は体験すると分かりやすいだろうな。邪魔になると悪いから一旦消えてやる」
ニヤニヤしながら死に神の姿がゆっくりと消えた。
「お前そんなことも出来るのかよ!?」
男子的には最高にカッコいいとテンションが上がる。
「受験の間は気を使って姿は見せてなかったんだよ。感謝しろ」
この態度でなければ素直に感謝していただろう。これ見て受験とか無理だから。
死に神が消えてからすぐに扉がノックされる。
ノックするということは母さんではなさそうだ。
「お邪魔します……でいいのかな?」
天使が突然に訪れた。ナースに対する比喩表現とかそういう生易しいものではなく。
「ふ、冬香か…わざわざありがとうな」
なんだ女神の間違いだったようだ。
天使だか女神だかと崇められる少女が病室にいれば、嫌でも表情が和らいでしまう
彼女はお見舞いにお礼を言う俺に対して首を横に振った。
そして彼女の表情は少し怒っているようにも見える。
「話していたらいきなり目の前で倒れられたら誰だって心配するよ。本当にびっくりしたんだから」
「ごめん……」
やはり冬香に告白しようとしたときに、いきなり倒れてしまったらしい。
だとすると彼女に俺の気持ちは最後まで聞こえていたのだろうか。
彼女に聞こえてしまうのではないかとおもってしまうほどに心臓の心拍数が跳ね上がる。
「それで……えっと、お土産じゃなくてお見舞い」
そんな俺の気持ちはつゆ知らず、冬香は少しだけウキウキした様子でいる。
そして冬香はバッグを音もたてずに漁ると、その中身を俺に差し出してくる。
よほど面白いものか俺の好きなものでも持ってきてくれたのかと釣られてテンションが上がる。
「ん、これ。大事に食べて」
しかし中から出てきた物に、俺は一瞬何か出てきたのかを認識できなかった。
「……魚の切り身?」
スーパーとかで色々な魚が入って、少しだけ安いパックの刺身。
なかなか類を見ないお見舞いに俺が再び困惑した表情をしていると、冬香は悲しそうな雰囲気になってしまう。
「もしかしてだけど……間違っていたのかな?」
途端にしゅんとした表情になってしまった冬香を、俺はとっさにカバーする。
「要らないなんてことはないから!俺魚大好きだからさ!…………ちなみにどうして刺身にしたのか聞いてもいい?」
「輝くんお刺身好きだったから……だから選んだんだけど……もしかしてもう嫌いだった?」
確かに小学校の頃は、よく寿司が好きだと言っていた気もするが、もう3年以上も前のことだし、刺身ももちろん好きだが、食の好みだって正直変わってしまっている。
「ごめんね……お見舞いって初めてでどうしていいか分からなくて……」
しかしそれを一切言わせないあまりの可愛さがそこにあった。
とっさに俺の顔が赤くなるのが分かったが、何もかもとりあえずフォローを入れることが先決だ。
「そんなことない!そんなことないから!嬉しいよ。とりあえず冷蔵庫入れとくな?」
すると冬香は途端に明るい雰囲気を取り戻して、俺は何とか安堵することが出来た。
「そっか……今度はお金貯めて大きいマグロとか買ってくるね」
健気にそう言う冬香を直視することが出来ず、俺には訂正する余裕なんてなかった。ただもう2度と入院はしてはならないらしい。
「じ、十分冬香が持ってきてくれただけで俺は……痛っ!痛たたたた」
ちょっと恥ずかしい言葉を言った瞬間、腹部に今朝と同じような痛みを感じる。
今朝ほどではなかったが、声も出さずに耐えられるほど生半可な痛みではなかった。
しかし痛み以上に恐ろしかったのは、目の前に現れた外国の本とかに出てくる骸骨の死に神が現れたことだった。
口からは白い息を吐き、手に持つ死に神の鎌を今か今かと構えている。
この姿を見て、あの死に神が言っていたことが完全に位理解できた。
これがどうやら俺の現実のようだ。
「大丈夫?」
「……あぁ、大丈夫」
鳴りやまない心臓の音を、息を吐いて少しでも平常時に近づけた。
痛みが落ち着くと、死に神は砂のように消え去った。
「……ならいいけど。本当に危なそうだったら先生呼んでくるよ…」
かなり心配そうにのぞき込んでくる冬香に申し訳なくなってしまう。
そんな彼女の気を晴らすために色々と俺が倒れてからのことなどの話を聞くと、どうやら下で母さんと会っていたらしく、そのままパンや飲み物だけ渡されて母さんは一旦帰ったらしい。自由過ぎる性格は似なくて良かった。
「ところで……受験改めておめでとう」
「ありがとう……なんだか嬉しい気持ちも誰かさんが倒れて全部よく分からなくなっちゃったけど」
「大変ご迷惑をおかけしました」
「もう……反省してよ?これからはもっと私が一緒に居るから心配させないでね?」
ㅤ冬香にはもう少し自分の可愛さを自覚して欲しい。契約とか関係なく人を殺せる恐ろしき人間である。
この少女はもう少し自分の殺傷能力の高さを自覚してほしいものだ。
「……それでさ!俺が倒れた時なんだけどさ!」
俺は少しだけ大きい声で話を切り替えようとした。
少し無理やりすぎる気もしたが、俺にはそれでも聞いておかなければいけないことが一つあった。
『俺の告白伝わった?』
なんて簡単に聞けるほどには俺のメンタルが強いわけはなかった。
「うん……顔が赤かったから風邪だったのかと思ったよ。昔から無理しすぎなところあるよね」
「……じ、自分でも分からなかったから、もう少し体調管理気を付けるよ」
「うん……私もこれからはずっと一緒に居てあげるから」
勿論、彼女はそういうつもりで言ったのではないことは分かるのだが、お互いにその言葉に顔を真っ赤にしてしまう。
そうして沈黙が続く中、冬香は静かに立ち上がった。
「……ちょっと待ってて」
相変わらず表情の変化は乏しい冬香だが、どうやらトイレらしく急いで病室を出て行った。
「惚れた側は弱いな……」
俺はベッドに倒れ込む。
身体が暖かくなっているのがよく分かる。
「良い感じに青春してるな。見ていて吐きそうになる」
苦言を言いながら、再び死に神がベッドの横に現れる。
「うわっ!いつから見てたんだよ!」
「存在消してただけだから。それにちゃんと人間じゃない姿で現れただろ」
「……あれお前だったのか」
コイツの見せた幻覚とか、コイツの上司とかだと思っていた。
「だから死に神って言ってるだろ。別にお前に合わせて人間の姿でいてやる通りはないだが?」
「さっきのは怖すぎるから今のままでお願いしたいです」
「それで分かったか?お前には契約の呪いがかかっている。好きな子……お前の場合はあの女か?彼女に好きだって気持ちを伝えようとすると身体に激痛が走って、生命力奪うんだよ」
「確かに実際に見ると、もしかしたらって思うけど……」
あまりにも現実感がなさ過ぎて信じきれない自分がいる。
「信じても信じなくても構わないけど。好きなんて言ったら激痛どころじゃなくて死ぬから。それだけは頭の中に入れておけよ」
そう言われて思い出す。
「そうだよ!好きって言えたかどうか気になってたんだよ!」
「だからお前がまだ生きているのが何よりの証拠だろ。また軽めの言葉で確かめてみなよ」
しかし自称死に神の言うことも実は筋が通っている。さっきの激痛やコイツが見せた死に神が本物だというなら全て事実だろう。
「それと最後にこれだけ覚えといて。お前にかけた契約って結構重くて、このままだと高校卒業くらいには衰弱死するんじゃないかな」
「おはよう輝くん……今日も頑張ろー」
「ここまで説得力がない頑張ろうもなかなか無いぞ。ほら起きろ」
朝の冬香は特にフワフワしている。というよりか寝ぼけている。
しかし目元をウトウトさせている彼女は普段にも増して幸が薄く見える。
「電車乗るからガムやるから食べて」
ピーナッツでも食べているかのようにゆっくりと冬香はガムを食べる。
「……飲み込むなよ?」
電車は通勤時間ということもあり、いつもギチギチだ。
こんな状況で最高にカッコいい一言でも言えたら良いのだが、思春期特有の恥ずかしさと「呪い」のせいで何がセーフなのかもイマイチ掴めていない。
しかし分かったこともいくつかある。
その一つに死に神が俺にずっと付いてくる必要はないらしく、学校に行くときもぐっすりだった。
「冬香髪留め変えた?」
「うん……お姉ちゃんがくれた」
かなり嬉しそうに冬香が言う。愛されている冬香の姉が羨ましい。
俺は髪留めを付けた冬香を褒めようとする。
「似合ってるよおぉぉぉ……・ぐ……うぅ」
とっさに声を抑えたが、思わず周りの人から見られてしまう。
どうやら俺が好きな相手を褒めたりすれば激痛が走るのは事実であり、さらには内容によってはその痛みの大きさも変わってくるようだ。
死に神は出てこなかったが、そんなことよりも痛みの印象が強すぎた。
「……大丈夫?絆創膏とか……いる?」
「……ふぅ、大丈夫だ。心配かけてごめん」
「全然いいよ。いつも心配されてばかりだから。たまには心配させて」
恐らくこの契約のことを誰かに話しても信じられないか、もしくは死に神が何かをしてくると思う。
そのせいで春休みが明け、すでに学校が始まっている今も彼女に思いを伝えることが出来ず、こうして電車でもどかしい気持ちを悶々と募らせている。
電車が揺れて、人が一気に俺の後ろに寄り掛かってくる。
俺はとっさに冬香を壁際にキープして、守るような形をとった。
「……守ってもらってごめんね」
「お前のお父さんとの約束だからな……」
電車の中はめちゃめちゃに苦しく、今にでも倒れてしまいそうになる。
彼女の父親に散々と登下校の時に冬香を一人にするなと言われている。
娘たちとは違い、ヤクザとかの類の顔をしている冬香の父親はいつ見ても恐ろしい。
もちろん痴漢や暴漢対策ということは分かるのだが、俺だって一応男だと言うことを理解しているのだろうか。あの死に神がついでにやってくれないだろうか。
「本当にごめんね……」
冬香は俺から視線を逸らす。
窓際に追いやられてしまった俺たちは冬香を庇うようにドアに寄り掛かる彼女を抱きしめる形になっており、バッチリ彼女の体温や呼吸が分かってしまう。
しかしそれ以上に大量になだれ込んでくる人の流れによってめちゃめちゃに胸がぶつかる。
「いったぁ……冬香痛くない」
「……痛い」
「どうして怒ってるんだ?」
「分からないなら分からなくていい」
そんなことを考えられないほどに胸の辺りの骨が痛いので、そっとしておくことにした。
あとで死に神に聞いて、謝罪も出来ないので少しだけイジメてもらいました。
私立K高校
間違いなくこの地域ではトップレベルの高校であり、人気に反してたったの四クラスと入学者を極端に絞るので恐ろしい倍率を毎年叩き出している。
だが俺のように不純な動機を持つ人間にとっては冬香と一緒のクラスになれる確率が上がるというのは好都合でしかなかった。
その思惑通りに冬香と俺は同じクラスになることが出来た。
「それじゃあ授業頑張って」
「おう、極力寝ないようにするよ」
俺は教室に入ると、すぐに冬香と別れる。
さすがに席までは近くにならなかったからだ。
「今日もお姫様と登校ですか?他の男子の視線に気を付けろよ」
朝から元気なやつと話すのは非常に疲れる。しかしお互いにそんなことを気にする仲でもない。
俺はわざととすら思えるその質問に食い気味で答える。
「狙っているのか!?」
「そんなに身体乗り出して聞くなよ。怖いから」
敷原 琢磨。一年にしてサッカー部のスタメン。ルックスや性格の良さはよく話題に上がるほどにこの学校でも有名な人物である。ちなみに彼女はいる。
「……別に狙ってもいいんじゃないか?ちなみに彼女には言うけど」
「二人くらい悲しみそうだからやめとくよ。今はサッカーばっかりしてるから捨てられないようにしないと」
羨ましい悩みだ。俺だってこんな呪いがなければ今頃きっと……
「すげぇ顔してるけど大丈夫か?」
「ほっとけ。大人しく前向いて授業受けろ」
教師が入ってきて大人しく琢磨は前を向く。
しかし教師も授業の準備に手間取っているらしく授業が始まらず、視線をフラフラとさまよわせていると、隣のクラスメイトと目が合う。
「目が合ったついでに提出のプリント写させてくれない?」
俺は静かに視線を移して授業の予習を始める。
「ジュース一本でどう?」
「別にいいよ」
俺はこっそりプリントを彼女に渡す。
「相変わらず優しいなぁ。お礼は出世払いで」
お前将来は金持ちのお嫁さんになりたいって言ってるのにどこで出世するんだよ。
そう言った伊原はすぐにプリントを写し始める。
友達は多く、男女ともに人望は厚い彼女だが、自分のことになるとかなりズボラになる性格だけは何とかしてほしいものである。
「……あんまり合ってない」
「なら返してくれ」
しかしこの学校に来るレベルの学力は当然持ち合わせているので、あまり勉強をしない彼女からも俺は勉強をたまに教えてもらっている。
そのうち授業が始まり、すぐにプリントを返してもらって授業に集中を移す。
ただ進学校らしくスクリーンやタブレットを使ったハイテクで高レベルの授業内容に、すぐに集中が切れてしまう。
再び視線が浮き始めると、前の方で勉強を受けている冬香のところで目が留まってしまう。
必死に教師の話は聞いているが、時折眠りそうな意識を直そうとしている。
席が遠く、お互いに同性の友人と話すことが多くなってしまう学校ではこうして俺が一方的に見ることが多くなってしまう。
しかしそんな彼女の姿は美しくて、俺は当然として何人もの生徒が一度見てから視界が固定されてしまっている。
「はーい、そこの男子生徒―。私の授業はそんなにつまらないかー?美人な私の方見とけー」
「「「見てません」」」
俺含めて五人くらい立ち上がった。
「輝くん」
「冬香帰るか?」
放課後になり、ようやく冬香が部活に向かった女子たちから解放されてこちらに声を掛けてくる。
「部活……見てみたい」
目を輝かせて冬香は俺の方を見つめる。
「それはまたどういった心変わり?」
他のクラスメイト達が部活を始めた時は、興味があるものがなさそうだと見学も断っていた彼女だ。
「友達の部活の話聞いたら楽しそうで……」
物静かで基本的に話を聞くのが多い彼女は、基本的に影響を受けやすく、そしておまけで一緒にやる俺よりも器用にこなすので、結構辛かったりする。
「せっかくだから一緒に行くよ。俺もなんやかんや部活は言ってないからさ。それに冬香と一緒に居られる時間も多い方がぁぁぁぁ……」
かなり困惑してしまう。別に愛情表現をしたわけでも褒めたわけでもないはずなのだが、いつものような激痛が走った。
「そう言ってくれると……結構嬉しい」
俺の感情が彼女への好意に繋がって痛みが走った。なんてことを考えたが、相手は天然冷静の冬香だ。さすがに現実的ではない。
「と、とりあえず少しでも気になるところ見学行こう」
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