第3話・2月16日

 今日も図書室は静かだ。ずっとこんな時間が続けば良いのに。そう思うけれど、もうすぐ高校3年になり受験シーズンに突入する。勉強は幸い嫌いなほうではなかった。寧ろ、知識を誰かに広めたいほどだけれど、人と直接関わりは持ちたくないので、たまにSNSで投稿している。

 夕暮れ時、外ではサッカー部が運動している。ご苦労なことだ。

 なんとなく見ていたサッカー部の中に、紺藤を見つける。クラスメイトで頭がよく目立ち、明るく気さくにクラスメイトみんなに引っ張りだこになっても苦笑いして振る舞う姿は本当に、クラスの人気者を体現している。

 それなのに、俺とだけはあまり話すことはなかった。

「まぁ、俺は根暗だからな」

 紺藤自身にも「地味」と言われたし。別に関わり合いたくなかったからいいんだけど。

 紺藤を見ていると、なんだかもやもやした気持ちになってきて、気分がどうもすっきりしない。

 紺藤の妹、美冬のこともそうだ。彼女とは一昨日、初めて話したにも関わらず、珍しく他人を家に上げてしまったりして、自分らしくない。

 気分を変えるために、スマホで音楽を聴く。今日は……そうだな、カフェで本を読んでる気分になろう。そう思って、カフェミュージックを検索する。

 穏やかな気分を取り戻そうと思ったところで、それはやってきた。

 がらりと図書室のドアを開けて、そいつは入ってきた。そいつは、本を読みながら音楽を聴いている俺のイヤホンを引っ張って、イヤホンを抜き取る。

「ようやくゆっくり話ができる」

「は……?」

 目の前に現れたのは、先程までグラウンドでサッカーをしていた紺藤和樹だ。

「休み時間も放課後もなかなか時間が取れなきくて参ったぜ」

「……何の用? ゆっくり話したくないんだけど」

 俺は嫌な気持ちを隠さずに、接した。距離感、近いから。こういう奴にはわかりやすいように接したほうがいい。確かに美冬のことは知りたいけど、今は気持ちがざわついて仕方がないから。

「まぁまぁ、そう言わずにさ」

「ここ図書室だから。話しするところじゃないから」

「じゃ、ちょっとファーストフードかなんか食べながら話そうぜ」

「俺、買い食いしないタイプだから」

「いやあ、部活したら腹減っちまってよぉ。お前は飲み物でも飲んでりゃいいだろ」

「……」

 何を言っても聞いてくれそうじゃないな。俺は諦めて、荷物をまとめる。

 すると、紺藤は意外そうな目をしてぱちくりとこちらを見た。

「何?」

「いや、まさか話し聞いてくれるとは思わなくて」

「何だそれ。お前が言い出したんだろ」

 言っても訊かないと思ったのに。それなら、意地でも無視すればよかったかな。

「じゃあ、近くのマックでも行こうぜ」

 個人的にはスタバとかの方が飲み物が充実していていいんだけど、こいつは食べ物を食べたいだろうから、致し方なし。

「いいよ」

 俺と紺藤は、近くのマクドナルドへと向かった。

 店内に入るなり、紺藤は席を確認し、空いてる席を見つけると鞄を置いて席取りをする。優等生のくせに、行儀の悪い奴だな。

「シェイク頼んどいて。俺、席で待ってるから」

 小銭をぴったり揃えて紺藤に渡すと、おお、と謎の驚きを見せた。

「まるで俺たち友達みた、」

「じゃないから」

 友達みたい、と言う言葉を遮って、俺は否定した。お前は陽の者、俺は陰の者。分かち合えない。合いたくない。

 しばらく席で待ってると、紺藤が戻ってくる。手には、マックのポテトと飲み物セットと、俺のシェイクがトレーに乗っている。

 トレーをテーブルに置いて、よほどお腹が減っていたのか、美味そうと紺藤は呟いて、バンズに噛みついた。

「一昨日、美冬の帰りが遅いと思ったら、お前んち寄ってたんだってな」

「……仲直りしたんだ?」

「とりあえずな。美冬がお前に告白したって聞いた」

 他の男に渡すはずのバレンタインチョコレートを自ら食べたこの男のことだ、妹のことをさぞ溺愛しているのだろう。告白に対しての返事をノーにするために話をしたいんだろうか。

「やめろって言ったんだけどな」

 妹のことが可愛くて仕方がないなら、こんな空気みたいな地味な男になんてやりたくないだろう。

「やっぱりね」

 俺は得心が言ったように頷く。すると、紺藤は首を傾げた。なんでお前が首を傾げる。

「美冬……ちゃんとは、付き合わないから。安心してくれよ」

「なんで?」

「なんで?って、お前は嫌なんじゃないの? 俺が、妹と付き合うの」

「別に、何も」

 何もない? てっきり妹のことが可愛いのだと思っていたが、そうじゃないのか?

 昨日もそうだ、今日もそう。こいつの態度には違和感がある。

「気になってたことがあるんだけど」

「何?」

 俺がそう切り出すと、ポテトをもぐもぐしながら、紺藤は聞き返した。

「お前達、俺に何か、隠し事してる?」

 どうにも引っかかっていた。

 話したこともない妹が俺に告白したこと。紺藤の一連の会話や態度。全てに違和感があった。

 それは、まるで俺が家にいる時のような、嫌な感じの違和感。

「……お前が知りたいなら話すけど」

 もったいぶるわけでもなく、素の紺藤がこちらの目を見て、真顔で言った。

 知りたいとも。その違和感の正体を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る