第106話
強大極まるドラゴン型アンデッドと対峙するエルミナ。
こうしている間にも、その大きな身体を覆う表皮の至る所が剥がれ落ち、奥に覗く赤黒い肉が胎動するように蠢いていた。恐らく魔物の口であろう隙間から汚れた色をした気体が一定の間隔で、まるで瘴気のように漏れ出ていた。
エルミナは仮面の下で威嚇をするように牙を剥き出しする。
バンシーを始め、人型アンデッドの牙は特有の毒を持っている。しかし相手の見た目からして、毒が効果的でないのは明らかだった。
まず先に膠着状態を破ったのはドラゴン型のアンデッド。ゆっくりと、しかし大きく右前脚を振り上げる。
その勢いで、一際大きい表皮の一欠けらが腐り落ちて、地面で生々しい音を立てた。
「アンデッドは腐敗が止まっている……、でしたっけ」
エルミナは以前の想次郎とのやり取りを思い返していた。アンデッドである自身の身体が腐敗して周囲に臭いを放っているのではないかという懸念。
その時は、「アンデッドは腐敗が止まっているのでは」という想次郎の勝手な推論を信じることにしたエルミナだったが、
「まったく、お陰様で悩みの種が一つ再燃してしまいました」
目の前の魔物の姿を目の当たりにして、エルミナは仮面の下で自嘲気味に溜息を吐いた。
震えが混じったぎこちない溜息だった。
(さて、どうするべきか……)
エルミナはミセリとクラナを一瞥し、すぐに巨大な魔物が振り上げる前脚へ視線を戻す。悩んでいる猶予はない。
「仮面のお姉さん、危ないから下がって! わたし、魔法使えるの!」
エルミナの傍らで少女は叫ぶ。だが、両脚は震え、それが強がりであることは明白であった。
しかし、彼女が心から他者を守りたくて行動していることが、エルミナには強く伝わった。エルミナにとってはそれだけで十分だった。決意するのには。
「耳を塞ぎなさい」
「……え? な……?」
エルミナの唐突な言葉に意味を掴みかねたミセリは、思わず目を丸くする。
「良いですから!」
わけもわからないまま、ミセリとクラナは勢いに圧され、指示通り自身の両耳を塞いだ。
「果たして、通常のドラゴンと同様に通用するかは不明ですが……」
それを確認してからエルミナは仮面に手を添え、少し躊躇う素振りを見せたかと思うと、一息にその仮面を外した。
「っ!? お姉……さん…………」
両耳に手を当てがった状態まま、ミセリはエルミナの顔を見上げ、そして言葉を失う。
仮面の下に隠されていたのは美しい女の顔。雪のように白い肌、目元に流れるような銀髪がゆらゆらと風に揺れ、瘴気が満ち光源の少ない薄闇の中で輝いている。
そして一際目を引くのは、美しさとはまるでかけ離れた傷の存在。美しさとは相反するその大きな傷跡が、顔を引き裂くように歪に走り、そしてデタラメに縫い合わされている。
神聖なモノへの冒涜。
彼女の美しい顔に走る背徳的な傷跡を見て、ミセリは純粋にそう思った。
そして人間離れするような紅い瞳。まるで燃えるようなその双眸は、既に巨大な魔物の方へ向いていた。
裂けたスカートから覗く太腿、ロンググローブを脱いだ腕、ミセリが改めて意識を向けると、至る所に同じような傷跡が確認できる。
驚きと恐怖と戸惑いが入り混じったミセリの表情を横目に、エルミナは一度固く両目を閉じ、そして大きく見開いた。
ゆっくりと振り上げていた魔物の腕が腐臭をまき散らしながら、三人に迫る。
「――――っっっっっ!!!!」
次の瞬間、辺りを支配したのは、声とは言えないような声、音とは言えないような音。鼓膜を突き刺すような高音に、地響きのような低音が交じり、空気を破壊するような振動が、瞬時に二人の視界を歪ませる。
「っつ!?」
ミセリとクラナは脳を引き裂かれるような感覚と、その感覚が引く頃に芯の底から湧き上がる言い知れぬ恐怖心に、思わずその場にしゃがみ込んだ。
エルミナの〝
飛び去るとまではいかないまでも、距離を取った状態で明らかな警戒を見せるドラゴン型アンデッド。
「今です!」
エルミナは足元でしゃがみ込んでいるクラナとミセリの手を引くと、魔物とは反対の方角へ走り出した。
「お!? お姉さん!?」
エルミナの身体のことや今起こった出来事を全く消化し切れていないミセリとクラナは、咄嗟のことに足を縺れさせながらも、何とかその場を脱した。
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【スキル】
C2:聖属性耐性
聖属性攻撃によるダメージが50%減少。
信仰に対する最大の拒絶は、より強固な信仰心である。強固であればある程、心は救われ、同時に見える現実を失っていく。神という概念が生まれたからこそ、人々は相いれ、そして争うのかもしれない。
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