第105話
「おい猫娘」
地面に刺した剣の鍔に手を付きながら、シナリスはナツメに声を掛ける。対するナツメはその場でへたり込んで俯き、顔を上げないまま耳だけを動かして返事した。
周囲には二人が倒したアンデッドの残骸が散らばる。
「俺ら、一体何匹のアンデッドをやった?」
「知る……か……」
何とか呼吸を整えたナツメはそう言って、シナリスを睨み付けた。
「なんだ、もうへばったのか?」
そう言って嘲笑するシナリスだが、彼もまた剣の鍔に体重を預けていなければ立っていることすらままならなかった。
周囲のアンデッドの群れを何とか一掃し、現在二人は束の間の休息を取っている。が、それは文字通り束の間だ。離れた場所からは無尽蔵に湧いているらしいアンデッドの呻き声が響いていた。
次に敵と接触するまでのあいだ、どれだけ体力の回復が図れるのかはわからない。だが想次郎を置いて来た今、エルミナの無事を確認せずに帰還できる筈もなかった。
「お前こそ、つらそーだぞ」
ナツメはシナリスを睥睨しながら言葉の反撃を返す。
「足手まといにだけはなるなよ? この雑魚。ざーこぉ」
「あぁ、そうそう。お前、他のアンデッドとあんまり見分けがつかねーから、次は間違えて切っちまうかもな」
シナリスも負けじと反論する。
「安心しろよ。お前の剣なんて目を閉じてても避けられるから」
「ははは……おもしれぇ……なら今試してみっか? 猫娘」
「ふん、目が笑ってないぞ? 必死か?」
双方弱々しい語気ながら、しばし不毛な煽り合いは続く。
「「!?」」
だが、二人は遠くに敵の気配を感じ、ほぼ同時に口を噤んだ。まさに殴り合おうと互いに拳を振り上げた瞬間であった。
気配のした方を確認すると、人のようなシルエットが三人分確認できる。だが、すぐにその三体が人ではないことがわかった。
身体は大きいが、まだ人の範疇だ。だが、その頭部から歪にねじ曲がった角が二本突き出ているのが、遠目からでも確認できる。
「味方ではないようだな」
「別に期待はしてねーけどな」
シナリスの言葉に、ナツメは吐き捨てるように返した。
「やれるか?」
「あたりめーだ」
今度はナツメが問い、シナリスが笑み混じりに返す。
いかに二人が手練れであっても、ここまでの短時間で体力の回復はできない。本音は限界であったが、強がりを崩さない気力だけは保っていた。
「くそ、クランプス……」
敵が徐々に近づき、その全容がより明瞭になったところでナツメが呟く。言葉を吐き出しながも、苦しそうに何かを飲み込むような声色だった。
ナツメが〝クランプス〟と呼ぶ魔物は、人間と近い体格ながらその顔は似ても似つかなかった。まるで老婆のようなしわくちゃな肌、酷く骨張った頬、絡み付くような白髪、口内に収まりきらない牙、大きく窪んだ眼孔、その奥で光る眼球はまるで蛇のもののような形状をしていた。
「知ってるのか? 俺はあんなアンデッド初めて見るぞ」
「こんなところにはふつーいねーからな。もっと北の方の土地特有のアンデッドだ……。一体どうなってるんだ?」
「…………、お前北国出身か?」
「今はそんなことどうでも良い」
普段と違い、茶化すシナリスの言葉を歯牙にもかけないナツメ。余裕がないことの表れだった。
「鐘を持ってる奴がいたら最悪だ。見つけ次第すぐに倒さないとマズい。大変なことになる」
「へぇ。それ、この世の終わりとどっちが大変?」
シナリスは泥を滲ませたように淀んだ色の空を見上げた。
「次に不真面目な返答してみろ。あいつらが襲って来るより先に、あたしがお前を殺してやる」
「そんなムキになんなって」
そう言いながらシナリスは離れた所にいる三体のクランプスに視線を向ける。一体は鎖のような長いものを手からぶら下げているが、それ以外が何を手にしているのか、距離が開いている為、いまいち判別が付かない。
「つっても、さっきのお前のお友達と比べると大したことなさそーだがな」
シナリスは地面に伏している獣人型のアンデッドを剣先で指した。
確かに先の戦闘で倒した魔物に比べると動きも緩慢で、醜悪な首から上以外はただボロ布を纏った老人にも思える。
「お友達じゃねー!」
ナツメが声を荒げると、物陰に潜んでいたのか、二人の背後で二体のクランプスが姿を見せる。
「ふぅ……。やられたぜ」
瞬く間に二人は五体のクランプスに囲まれてしまった。
クランプスたちは一切声を発さずに、一定の距離を保ちながら二人を取り囲み、
それぞれが手にしている獲物を弄んだ。錆びた金属音だけが二人の耳に届いた。
シナリスは相手の動きに注意を払いながらも、一体ずつその手にあるものを確認していく。草刈り鎌、鳥の羽の付いた杖、大きな鉈、錆びた鎖、くすんだ土色の鐘……。
「えっと……、さっきの話だけど、何を持ってたらマズいんだっけか?」
シナリスの頬を一筋、嫌な汗が伝った。
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【スキル】
C2:闇属性耐性
闇属性攻撃によるダメージが50%減少。
それは無垢な心に宿る清らかな力ではなく、欲念の果てにこそ宿る絶望の残滓。いつだって、叶う筈のない願いを抱いた者だけに、闇はそっと寄り添う。
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