第104話
一人廃小屋に残された想次郎。
床に伏したままでは、窓から外の様子を窺い知ることすらできない。
ただとても静かで、風の音や鳥の泣き声すら聞こえてこない。状況を全く把握できない中で部屋に満ちるこの静寂が、ただひたすらに不気味だった。
「…………っく……」
横目に見つめる視線の先には痺れでぐったりとした右手。意識を集中し、力を込める。
時間の経過と共に麻痺が弱まった所為か、全く動く気配のなかった右手が微かに動いたのが確認できた。
「はぁ……はぁ……」
何とか身体を動かそうと力み続ける所為で、額には脂汗が滲んでいる。
「だんだん……はぁはぁ……動くようになってきた……」
それからしばらくもがいているうちに、辛うじて動く腕を使って何とか床を這いずれるくらいにまで、想次郎の身体機能は回復していた。
だが依然として立ち上がれないことは変わらない。街へ行ってしまったであろう三人を追うことは到底できなかった。
「そうか……、僕にそんな自覚なかったけど、半日も目を覚まさなかったんだよね……」
想次郎は床を這いずりながらシナリスの言葉を思い返す。
「エルミナさんがあんなに怒るなんて思わなかった……」
仮にこのまま彼女らの元に辿り着いたとして、想次郎に何ができるだろうか。
「でも、それだけ心配してくれていたってことだよね」
それでも想次郎は小屋の外を目指す。
「エルミナさんだけじゃない。シナリスも、ナツメも……」
顎の先からぽたぽたと水滴が落ち、薄く埃の張った床を濡らす。満足に身体を動かせない想次郎にはそれが汗か涙かわからなかった。
「ん?」
何かを見つけ、想次郎は動きを止める。想次郎の視線の先、床に傷が付いている。無論古いボロ小屋だ、床の傷など数えきれない程あるが、その傷だけは他の自然に付いたものとは明らかに違っていた。
むしろ人為的かつ意図的に付けられたもののように見える。何故想次郎がそう感じたか。それはその傷が矢印のような形をしていたからに他ならない。それも他の傷に比べて明らかに目新しい。
想次郎の記憶が正しければ、その傷の付けてある床の位置は、シナリスが小屋を出て行く直前まで腰を下ろしていた場所付近であった。
「まさか……」
想次郎は矢印の方向を確認する。視線の先には朽ちかけた木製の収納棚が置かれていた。
想次郎はもがきながらその棚の方角へ向きを変えると、そのまま這いずって何とか辿り着いた。
棚の上部は、ガラス製の戸が割れ、開きっぱなしになっていた。想次郎が見上げる限りでは、割れた食器や何かはわからない残骸の類しか確認できない。棚下部には引き戸が付いており、開けないことには中が視認できなかった。
「うぬぬぬぬぬぅ…………」
力の通わない指先を引き戸の取っ手に引っ掛けようとするが、上手くいかず、最終的には腕ごと手のひらを押し当て、何とか摩擦で開けようと踏ん張る想次郎。
古い木製の引き戸は嚙み合わせが悪く、なかなか開こうとしない。
「くううぅ…………よ……し……」
それでも想次郎は当てがった腕を左右にがたがたと揺らしながら、何とか引き戸を開けることができた。
開けた棚の中は埃っぽい他はほとんど空であった。が、その奥に、ぼろきれで作られた袋のようなものが確認できる。
頭ごと突っ込み、口を使って取り出してみると、それは古い布製の巾着袋だった。手で床に抑え込み、口で結びを解いてみると、中から小さな豆粒のようなものが漏れて、床に散乱した。どうやらそれらは丸薬のようだった。中には想次郎が持ち歩いている解毒薬や回復薬と似た色彩のものもある。
「
想次郎は床に散らばったままの丸薬に向けて魔法を唱える。そして視界に浮かんだ文字を一つひとつ確認していく。
(回復薬、回復薬、解毒薬、回復薬、解毒薬、……………………これは!)
想次郎は心の中でシナリスに礼を言うと、目当ての丸薬をまるで犬のように口と舌だけを使って飲み込んだ。
すると途端に身体の痺れが治まり、すぐに立てるまでになった。先程まで動けなかったのが嘘のようだった。
「……皆、今行くから!」
想次郎は武器すら持たないまま、街へ向かって全力で駆けだす。
「どうか無事でいて!」
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【アイテム】
C1:ミアハの丸薬
状態異常〝麻痺〟を回復する。
魔物が生成する麻痺毒を中和させる所謂麻痺治しの薬。一時的に身体の自由が奪う麻痺毒は即効性がある為、麻痺毒を持つとわかる魔物と対峙する際、予め口内に仕込んでおく者もいる。
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