第87話

「砕牙!」

「影切!」


 両の脇腹を狙った二人の剣技が同時にヒットし、スカイハンターは咄嗟に上空へと飛び上がる。追撃しようにも砂埃で視界を奪われ、顔を手で覆う二人。


 視界が晴れると同時に、空からぼたぼたと赤黒い液体が落ち、砂地を濡らしていった。それは空中で旋回するスカイハンターの動きに合わせて渦を巻くように斑点状の模様を作っていく。


 どうやら二人の攻撃でスカイハンターにある程度の手傷を負わせることができたようだった。


「うまくいったな……はは……」


 よろめきながら満足そうな笑みを浮かべ、立ち上がるシナリス。


 間一髪のところで解放されたシナリスであったが、掴まれた時に爪が食い込んだのか、左肩と両脇から出血していた。


「大丈夫……?」


「あ? ああ。頑丈さが取り柄だからな」


 心配そうにしている想次郎に向かい、傷だらけの腕を回してみせると、


「さあ、もう一度だ」


 シナリスはそう言って砂に埋もれていた剣を引き抜いた。


 想次郎はシナリスが本当に無事なのか内心気が気ではなかったが、「今迷えば皆死ぬ」、そう強く心に刻んで感情を押し殺した。


 想次郎とナツメは再びシナリスから距離を取り、次の攻撃の機会に備える。


「撃連斬・風牙!」


 しばらくは警戒していたスカイハンターだったが、シナリスが挑発代わりに剣技で風の刃を飛ばすと、再び急降下を始めた。


「おっし! キタキタ!」


 シナリスは先程と同じように剣を構え、両足に一層の力を込める。だが……、


「くっそ! お前ら、来んな!」


 降下するスカイハンターはシナリスへ届く寸前で両翼を大きく広げ、急停止する。


 スカイハンターの挙動の怪しさにいち早く勘付いたシナリスは剣を構えたまま二人へ呼び掛けるが、しかし、無中で駆ける二人は止まれない。そのまま三人は低空位置で留まるスカイハンターのすぐ真下の位置に固まってしまった。


「やられた……馬鹿ではねーみたいだな」


 シナリスがそう漏らすと、スカイハンターは高度を維持したまま三人へ向けてその大口を開いた。


「まさか……」


 事前に保有スキルを盗み見ていた想次郎は真っ先に察する。スカイハンターの荒い呼吸のリズムに合わせて、口内から先走るように炎が漏れ出ていた。


「どうやらそのまさかだ……走るぞ!」


 その瞬間、灼熱の炎が空気を焦がしながら三人の頭上から降り注いだ。


「「「あああああああっ!」」」


 炎が地面に届く前に慌てて走り出す三人。直後、周囲の空気の温度がいっきに上昇する。


 一同に振り返って確認する余裕なんてなかった。背に感じる凄まじいまでの熱気。想次郎は背中が燃えているかのような錯覚を覚えた。


 スカイハンターの吐く〝火炎の息〟は何らかの可燃性物質を含んでいるのか、ほとんど砂と石だけの地面に炎が残り、三人が走り去った場所をなぞるようにして人の背丈程もあろうかという火柱が炎々と燃え盛っていた。


 スカイハンターは低空飛行を続けながら三人を炎で飲み込もうと追う。人の足で逃げようとも、すぐに炎に捉えられてしまうのは明らかだった。


 想次郎は一瞬、障壁を張る魔法を考えたが、魔法の盾なんかで防いでどうにかなる規模の炎ではないことがわかりきっていただけに、すぐに断念する。それ以前に魔力を消耗した今、そのような強力な盾を張り続けられる自信が想次郎にはなかった。


 三人の脳裏に死が過ったその時であった。


「こっちよ!」


 叫び声の主はエルミナ。三人が一斉に確認すると、少し先のひと際大きな岩影からエルミナが顔だけを出して手招きしていた。


「急げっ!」


 シナリスの怒声を合図に、三人はエルミナのいる大岩目掛けて全力で駆け、滑り込むようにしてその陰に身を隠した。


「間一髪だ……」


 瞬時に岩の両側から炎が吹き荒れる。 


 岩で遮られてはいるものの、左右から漏れる熱気だけで肌が焼けそうだった。直接触れていなくとも、こうして炎の近くに晒されているだけでも着実に体力が削がれていった。


「助かりました……エルミナさん……」


 炎から逃げてきた三人はその場で膝を付いて呼吸を整える。


「でも、ここからどうすれば……」


 岩陰の外ではスカイハンターが炎を吐き続けており、むやみに動けない。しかしいつまでもこうしていては追いつめられるばかりだ。


 想次郎がそう考えた時である。唯一の退路である筈の岩の反対側に大きな陰りが生じた。一同が気付いた時にはもう遅かった。   


「そりゃないぜハハ……なかなかお利口さんじゃねーか……」


 シナリスが立ち上がれないまま力のない声で呆れるように呟く。岩と炎で逃げ場をなくした三人に向け、ゆっくりと口を開くスカイハンター。


(今度こそ終わりなの……?)


 想次郎は今度こそ死を覚悟した。この瞬間ばかりはこの世界が、死ねばセーブポイントで再び目覚めるゲームであることを願ってしまっていた。


「耳を塞ぎなさい!」


 動けずにいる三人に向かってエルミナが叫ぶ。


 三人は理解が追い付かないまま半ば反射的に両手で耳を塞いだ。それを確認したエルミナは大きく息を吸い込んだかと思うと、両手を胸に添え、スカイハンター目掛け一気に吐き出す。


「――――――――――――っっっっっ!!!!」


 それは声とは言えないような声。音とは言えないような音。まるで高周波音のような甲高い振動が三人の脳を揺らす。


 〝恐怖の叫びクライオブフィアー〟。エルミナはバンシー特有の特殊スキルを発動した。








------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【特殊スキル】

C3:火炎の息

対象全体へ炎属性大ダメージを与える。

神の末裔でもあるドラゴンはその息吹で立ち塞がるモノ一切を焼き払ってきた。悪魔に堕ちてなお、未練がましく持ち続ける神族としての名残は、最早その傲慢さだけなのかもしれない。

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