第86話

「エクレイル!」


「風牙!」


「ウェント!」


 上空のスカイハンター目掛け、三人は遠距離向けのスキルを立て続けに放つ。しかし、それを嘲笑うかのようにスカイハンターは高高度へ飛翔し、射程外へ避けてしまう。


 次第に三人の呼吸が乱れ始める。攻撃の空振りを続けた結果、敵に対したダメージを与えられないまま無駄に体力だけを消費していった。


 そして三人の攻撃が止まるその隙を的確に見極め、上空からの奇襲を仕掛けるスカイハンター。


 想次郎たちも負けじとスカイハンターが攻撃の為に高度を下げた瞬間を狙おうと画策するが、防御や回避をしなければならない急場では思うようにいかない。


 このままでは先に想次郎たちの方に限界が訪れるのは目に見えていた。しかしどうにもならない。


「くっそ、あいつ……一生降りてこないつもりだぜ」


 シナリスは額に滲んだ汗を拭いながら上空で旋回し、攻撃の隙を伺うスカイハンターを恨めしそうに顎でしゃくった。


「お前ら、まだやれるか」


「正直、ヤバいかも……」


「あたしも……頭がぼーっとしてきたよ……」


 想次郎とナツメは体力の限界に加え、魔力が底を突きそうであった。


「だよな……まずいな……」


 シナリスの表情に焦りが見え始める。あえて口にこそ出さないが、彼自身も限界が近いことを自覚していた。


 スカイハンターは明らかにこの局面を狙った立ち回りをしている。想次郎はそう確信し、そして戦慄した。


 これまで戦った魔物がただ実直に突っ込んで来るだけだったことを鑑みても、見た目だけでなく、戦闘においてもこの魔物は、これまで想次郎が相手にしたどの魔物よりも数段も格上だということがわかる。


「どうするよ、メガネ」


 シナリスが上空への警戒を怠らないまま想次郎に言葉を投げ掛ける。


「どうするって……」


 想次郎は必死に考えを巡らせるが、気力を消耗した頭では何も纏まらない。苦し紛れにすぐに取り出せるようにポケットに入れていた指輪を握り締めてみたものの、こうなってしまっては指輪を使ってどうにかなる問題ではないことは明白だ。


「誰か一人が囮になってその隙に残りの二人で攻撃は?」


 想次郎が考えあぐねていると、ナツメが先に策を提示する。


「そ、そんな……」


 想次郎はその案を聞くなり顔を青くする。あのような強敵相手にそのような危険な役、臆病者の自分には到底できない。だからと言って仲間にやらせるという選択も想次郎は気が進まなかった。


「まあ、こうして三人固まってジリ貧よりはそうするしかないか……」

 

 シナリスがナツメの意見に賛同仕掛けた時、


「あ、あのっ!」


 突然想次郎は声を上げた。


 想次郎にはもう一つの選択肢があった。その選択肢はスカイハンターと対峙した時から、いや、それこそこのクエストを受けた当初からずっと頭をチラついていた選択肢だ。


 常に頭にありながらも、自身の状況が状況の為、口にできなかった選択肢。口にすべきでないと思っていた選択肢。だがこうして窮地に陥っている今なら主張しても許されると思い、想次郎は恐る恐る口に出す。


「あの…………、ここらで諦めて逃げる……ってのは……どうかな?」


 勢いは最初だけで、自信なさげなか細い声だった。


「…………。囮は俺がやる」


 少し間をおいて、シナリスは想次郎の提案を軽やかに無視し、二人から離れて行く。


「なんでよ! 死んじゃうかもしれないんだよ!」


 想次郎はシナリスの背中に向かって叫んだ。


「馬鹿かおめーは」


 シナリスは振り返らないまま想次郎へ言葉を返す。


「え?」


「その選択肢を出すなら遅過ぎだ。見ろよあいつ、中途半端にちょっかい出されてすっかりお怒りだ。相手は空飛んでんだぜ? 消耗しちまった俺らが、激おこなあいつから逃げ切れるとでも本気で思ってるのか? バーカ」


「それは……」


 シナリスの正論に想次郎は反論できず、口を噤む。


「生きて帰りたけりゃ、あいつをぶっ倒すしかねぇ」


「大丈夫だ想次郎。あたし、まだやれるからさ」


 傍らでやり取りを眺めていたナツメは大きな猫の手の指を立てて、八重歯を見せた。


 背後には想次郎が一番守りたい人、エルミナもいる。振り返らないまま、その大切な存在を意識し、想次郎は一度深く息を吐き出した。


「よし……やろう……」


 それを合図にシナリスは駆け出す。そして丁度スカイハンターが旋回しているその真下まで来ると、剣を振りながら挑発した。


 スカイハンターがシナリスに気を取られている隙に、ナツメと想次郎は大きくその両側に回り込む。それに気付かない様子でスカイハンターは翼をたたみ急降下すると、鋭い爪の前足をシナリス目掛けて振り下ろした。


「がぁっ!!」


 シナリスは何とか剣でその攻撃に応じるが、急降下による重力加速の勢いが乗ったその衝撃を受け切れる筈もなく、スカイハンターの前足に掴まれたまま砂にめり込んだ。片足で押さえたまま身動きができないシナリスの頭を食い千切ろうと、スカイハンターが大口を開けたその時、


「今だっ!」


 シナリスが叫ぶ。ナツメと想次郎は既にスカイハンターの巨躯の両側から挟み込むようにして接近し、それぞれ剣と爪を振り下ろしていた。








------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【特殊スキル】

C2:鋼の牙

対象一体へ物理属性中ダメージを与える。また確率で怯み状態を付与。付与確率は対象とのレベル差により変動する。

それは比喩ではなく、竜種の魔物は定期的に体内に鉱石の類を取り込むが故、文字通り金属を含有する頑強な牙を持つ。竜種の魔物から得られる牙は魔物の固い外皮を切り裂く武器を生成する為の貴重な素材となっている。

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