第88話
「っつ!!」
耳を塞いでなお脳内を揺らすようなエルミナの叫び声に、想次郎は必死になって歯を食いしばった。しかし次第に耐え難い感情が心の底から湧き上がるのを感じた。
それは今現在体感している迫りくる死にも勝る程の、強烈なまでの恐怖だった。恐怖を感じながらもその恐怖の対象が判然としない奇妙な感覚。思考が酷く乱される想次郎。
だがそれは想次郎が人並外れた怖がりだからではない。
「な……だこれ……」
「き……もち……わるい……」
それはシナリスとナツメも同様だった。耳を塞いでいるにも関わらずエルミナのスキルの影響を受け、三人は膝を折る。
しかし、同時にスカイハンターの動きも止まっていた。
エルミナの〝声〟を、露出した両耳もろに受けたスカイハンターは、身体を不格好に傾けた飛び方で、逃げるように四人がいる岩陰から離れて行った。
四人は何とか体勢を立て直し、岩陰を脱すると、スカイハンターから距離を取る。
「エルミナさん……すごいです……。助かりました」
「ああ……、少々強烈だがな」
十分に離れたところで想次郎はエルミナに礼を言った。シナリスも気付けに頭を振りながら、素直に感謝している様子だ。ナツメはまだ余韻が残っているのか、目を回したように足をふらつかせていた。
「ええ……、少しはお役に立てたようで良かったわ……」
「エルミナさん?」
想次郎はエルミナの様子を不自然に思い、俯き気味の彼女の顔を覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「ええ……。何ともないわ。アレをすると勝手にこうなっちゃうみたい」
エルミナ右目の端から一筋、涙が流れて頬を伝っていた。
「普段はどんなに悲しくても涙なんて一滴たりとも出ないのに……不思議ね」
「エルミナさん……」
「大丈夫だって言ってるでしょう? しつこいと噛み付きますよ」
「す、すみません」
「助かったとはいえ、状況は良いとは言えないぜ……」
シナリスは、一度は遠くへ逃げ去ったものの旋回し再びこちらへ向かって来る黒い影を眺めながら、そう呟いた。
同時に想次郎は考えていた。
(近づいた時にさっきみたいに隙さえできれば……)
考えながらも、既に想次郎の中でやるべき最適解は出ていた。あとは本当にやるか、やらないか、それだけであった。
想次郎は次第に大きくなる黒い影を見つめる。悩んでいる暇はなかった。
(やらなければ死ぬだけだ……。僕だけじゃなく……)
想次郎はポケットの指輪を握り締め、エルミナに視線を向ける。
「エルミナさん。さっきの、もう一度できますか?」
「できるかできないかで言えば、勿論問題なくできますが、どうしてです?」
「ギリギリまで引き付けてからあいつを怯ませてください。動きが止まったその隙に僕が魔法であいつを攻撃します」
「しかし、先程体感しておわかりかと思いますが、耳を塞いでなおあのような状態ならば、魔法はおろか、満足に動くことすらできないと思いますが。一応言っておきますが、この能力とあなたとの相性は至上最悪かと」
「問題ありません。お願いします」
想次郎は自分の中の恐怖心が大きくなってしまう前にと、〝不屈の指輪〟を指にはめた。
瞬間、想次郎の心に静寂が訪れる。緊張が引いていき、次第に内側の鼓動が落ち着いていく。以前シナリスと戦った時に感じたあの感覚だ。
想次郎は一度大きく深呼吸する。
自分でありながら自分でないような感覚。しかし、記憶はしっかりと残っている。今時分がすべきことも、わかっている。想次郎はそれらを頭で反芻すると、
「大丈夫……。僕は僕だ」
口に出して再確認し、すぐにスカイハンターの姿を見据えた。
「エルミナさん。僕のうしろへ」
「ええ」
想次郎は両手に剣を構え、敵から視線を外さないままエルミナを自身の背後へ促した。
「こっちだ!」
まずはシナリスとナツメがスカイハンターを挑発し、想次郎とエルミナの元へ誘導する。
二人を追ってスカイハンターが迫り来る。激しく咆哮を上げながらより一層怒っている様子だった。
「想次郎さん……」
背後のエルミナが不安そうに想次郎の名を呼ぶ。
「大丈夫ですエルミナさん、僕を信じて。合図したらさっきのスキルを、良いですね?」
「ええ、わかってるわ」
スカイハンターが目前に迫る。二人を追いながら口を開け、炎を吐こうと大きく息を吸い込んでいた。
「おいメガネ! 行くぞ!」
シナリスが叫ぶ。シナリスとナツメの二人は想次郎にぶつかる直前で左右に分かれて飛び退いた。スカイハンターと想次郎が真正面に対峙する。
スカイハンターは急に視界から消えた二人に構わず、一番近くにいる想次郎へ目標を定め直し、吸い込んだ空気を灼熱の炎に変えて吐き出そうと、長い首を後方へしならせる。
「エルミナさん!」
「――――っっっっっ!!!!」
想次郎の合図と同時に、背後に隠れていたエルミナはスカイハンターが炎を吐き出すより先に、叫ぶ。
〝
至近距離で受ける強烈な音の振動に耳の奥が痺れる感覚。しかし、想次郎は平静を保ったままだ。
(よし……いける! この至近距離で弱点の雷魔法を当てられれば……)
そう確信した想次郎はゆっくりと落ち着いた様子で正面に両手をかざし、空中で停止したスカイハンター目掛け、魔法を唱える。
「テリス・エクレイル!」
雷魔法に〝魔法三倍化〟を付与した乾坤一擲、まさしく渾身の一撃だ。この機を逃すわけにはいかなかった。
「…………?」
しかし、手の平の表面でばちっと一瞬火花のような光が走ったのみで、魔法は発動しない。
「魔法が……撃てない……くっ…………」
困惑する想次郎。その直後目眩に襲われ、その場で膝を折った。想次郎の魔力はとうとう枯渇してしまっていた。
「このタイミングで……」
想次郎の頬を汗が一筋流れた。恐怖心が取り除かれた中でも焦りという感情は明確に感じるようだった。
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【剣技】
C3:斬光烈破
対象一体へ聖属性を付与した斬撃大ダメージを与える。さらに攻撃範囲拡大効果。
祈りを剣気と織り交ぜ刃に乗せて放つ光刃は、二日月のような薄い弧を描く。瞳に映るその残光は、首が落とされた後もしばらく消えることはない。
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