第80話
「わかりました。わたしも参加しましょう」
「えぇっ!?」
想次郎は宿に戻るなりエルミナにドラゴン討伐の件を話した。そして事情を聞いたエルミナは二つ返事で参加を表明する。
「なんです? そんな大声上げて」
「いや、絶対嫌がると思ってたので……」
それ以前にエルミナの怒りを買うことを予期していただけに、想次郎からすると打ち明けるにあたりかなりの勇気を要したのは言うまでもない。
「嫌なことは確かです。それも並みの嫌さ加減ではありません。腹いせにあなたを嚙み殺してしまいそうな程、嫌です」
エルミナは〝嫌〟を特に強調させて言った。
「そ、そんなにですか……はは……」
想次郎は身の危険を感じ、たじろぐ。怒りを買っていることだけは確かだったようだ。
「では何故です?」
「そんなもの、大金が掛かっているからに決まっているではないですか。初めて現実的な金策に巡り合ったのですから、これを逃す手はないでしょう。背に腹は代えられません」
「なるほど……」
「『なるほど』って……。あなた、本当にこのひっ迫した状況がわかっていますか? わたしは魔物ですから少しばかり過酷な環境でも肉体が耐えられるかもしれませんが、あなたは生身の人間なんです。もっと危機感を持ちなさい」
「すみません……」
この世界にも四季の概念があるとしたら、当然冬のような寒さの厳しい季節もやってくる道理になる。仮に現実世界のゲーム通りの世界だとするなら、現実の気候がモデルになっている可能性は十分にあると言えた。
そうなればエルミナの主張する通り、生身の人間である想次郎が路頭に迷った時には、無事に生き抜けるか怪しいものだ。
何はともあれ、想次郎の苦悩の甲斐なく、エルミナの快諾を以てドラゴン討伐任務への参加が決定した。
「おっはよー! メガネ君、仮面のお姉さん!」
あれから三日後、魔王の斥候討伐任務の登録を済ませ、シナリスたちと合流すべく宿を出たところで、店先を掃除中のミセリが想次郎たちに気持の良い挨拶をした。
先日のことはどうやらある程度時間が解決してくれたらしく、ミセリに普段の元気が戻っていた。
「お、おはよう……ミセリ」
「おはようございます」
二人はそう挨拶を返す。想次郎の方はややぎこちない感じになってしまっていたが、反射的に出る拒絶のリアクションをどうにか抑えただけマシと言えた。
一方エルミナは平静を装ってはいるが、前のように想次郎の後ろに隠れ気味で、消極的な状態に戻ってしまっていた。自身の口からは「気にしていない」と主張してはいたものの、やはり少し思うところがあるらしい。
「今日もお出掛け?」
「ま、まあね……」
「ふーん。そうそう! メガネ君知ってる? 最近この街で魔物討伐の協力を募ってるって話」
「え!? そ、そうなの!? ぜんぜん知らないなー……はは……」
あからさまに挙動がおかしくなる想次郎。背後のエルミナが想次郎の耳元で「へたくそ」と囁いた。
「ま、メガネ君が知るわけないよねー。あー、どうにかして参加できないかしら。わたしの実力ならそんな魔物の一匹や二匹、魔法で余裕だと思うのにー」
「ミセリなら確かに余裕だよね! あんなにすごい魔法が使えるんだから!」
想次郎は面倒ごとを吹っ掛けられたくない一心で、必死にミセリを持ち上げる。
「じゃ、じゃあ。僕たちは行くね! もしかしたら今日は帰れないかもしれないからクラナさんによろしく!」
「はいはーい! いってらー!」
そうして二人は何事もなく、宿を後にした。
ドラゴン討伐のクエスト。本来は四人揃って参加の申請を行う必要があったが、そこは決闘場にコネのあるシナリスの計らいでなんとかなったらしかった。
想次郎はともかく、魔物である二人の正体が露見することは避けなければならないだけに、討伐以前から全く油断はできなかった。
「わかっていると思いますが、細心の注意を払ってください」
「ええ、わかっています」
エルミナの念押しに想次郎は答える。
「戦いになってしまえば、そんな余裕なくなるでしょうが、集合場所には人がたくさんいる筈です。それにわたしは良いとして、もう一人、いるでしょう?」
「ナツメですよね。大丈夫……だと思います。人前ではできるだけ目立たないようにとしつこいくらいに言い聞かせましたから」
「……そうですか」
想次郎の言葉を完全に信用したというよりは、やむを得ずといった感じだった。
「このまま何事もなく参加できますように……」
大丈夫、自分にもそう言い聞かせながら、道中もずっと想次郎はそう祈り続けていた。
「ああ!? 猫娘! もいっかい言ってみろ!」
「何度でも言ってやるよ! このチ〇カスやろう!」
「良い度胸だ! ドラゴンよりも先にまずはお前を討伐してやるよ!」
「やってみろ! お前の臓物をドラゴン用の撒き餌にしてやるよ!」
街を出て、指定された集合場所へ辿り着くと既に他の参加者の面々が集結しており、その中で一際目立っている一角があった。
姿を確認するまでもなく、ナツメとシナリスだ。想次郎たちよりも一足先に到着し、早速喧嘩を始めている。無論周囲皆の視線を集めながら。
「さて想次郎さん。わたしたちは今からあそこへ合流する予定らしいですよ」
「そうですね……」
エルミナの言葉に、想次郎は遠い目で応えた。
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【魔法】
氷属性C2:ヴァシュルム
装備武器に一定時間、氷属性をエンチャントする。
教会の街、ロンドウェールの外れには「ロンドウェールの悪魔」という魔物が現れ、夜な夜な悲し気な歌を響かせるという。純白の羽衣に包まれたその美しい魔物の姿を見たものは身体が固まり動けなくなる。身も心も凍り付いて。
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