第81話
想次郎の一番懸念していたことが早くも繰り広げられている。
剣や鎧、魔法の杖等々で装備を固めた周囲の面々は、その騒がしい二人に対し苛立ちの視線を向けていた。装いは様々だったが、戦場に赴く緊張感で一様に神妙な面持ちだった。
「ふん! 想次郎に負けたクセに! バーカ!」
「お前には負ける気はしないけどな! バーカバーカ!」
諍いは収まるどころか熱を増していき、今にも殴り合いが始まりそうだ。
「想次郎さん。わたし、今になって少し……、いえ、多分に後悔しています」
「もう遅いですエルミナさん」
エルミナが二人の様子を遠巻きに眺めながら、力なくそう言葉を漏らしたので、想次郎も力なく返す。
「二人とも! もうやめてよ!」
そうこうしていても仕方がないので、人混みを掻き分けながら二人の元へ辿り着き、何とかその場を収めようとする想次郎。
「よぉ、待ってたぜ」
「遅かったな、想次郎」
しかし二人は想次郎の姿を確認するなり、ケロリとした表情で出迎えた。
幸いナツメの正体に気付き咎める者はいなかった。あるいは他人のことなど気にする余裕がないのか、集まった面々は険しい表情を崩さない。これから死地に赴こうというのだ、無理もなかった。
次いでシナリスは一瞬エルミナの姿を見て、気まずそうに無言で視線を泳がせる。対するエルミナの表情は仮面に隠れている為、伺い知れない。
「ふんふんふん……」
ナツメはというと、エルミナに話し掛けてみたくて堪らないのか、彼女の周りを回りながら興奮した様子で鼻息を荒くしていた。しかし当のエルミナはあからさまにそっぽを向いていた。
「集まったようだな」
微妙な空気の中、正式な軍の人間らしき男が手を叩き、皆の注目を集める。
集まった人間たちは様々で、シナリスのような剣を携えた屈強そうな男たちが多かったが、中には魔法専門らしき杖とローブを装備した者や、大きな盾を持った者等、想次郎が街で見かけたことのない風貌の参加者もいて、どこか新鮮な風景だった。
場の全員の意識が十分に軍の男に集まったところで、本討伐クエスト説明が始まった。
「はぁ!? きいてねーぜ!」
説明の途中でシナリスが嘆くような声を上げる。
どうやら説明によると、既に先発隊が出発していて想次郎たちのいるこの場に集まった参加者は後発隊になるらしかった。
「俺たちはおこぼれ狙うしかねーってか!? あんまりだぜ!」
「そこ! うるさいぞ、黙らんか」
「ちっ!」
軍の男に指摘され、シナリスは舌打ちしながら中指を立てる。
無論、想次郎含めシナリスの目的は大物の魔物、ドラゴンを狩って大金を得ること。先発隊が既にドラゴン討伐を済ませてしまっていれば、徒労に終わる。
周囲の人々はシナリスと同じように苛立ちを露わにする者、肩を落として落胆する者、呆れたような笑みを浮かべる者、どこか安堵した表情を浮かべる者、様々であった。恐らく安堵しているグループは単に参加に対する報酬欲しさに手を上げた者たちだろうと、想次郎は思った。このまま何ら危険を冒さず金だけ貰えるならそれ程美味しい仕事はない。
しかし、想次郎にとってもそれでは駄目だ。
だが、頭のどこかで反射的に安堵してしまっているのを自覚して、想次郎はそんな弱虫な自分を少し嫌悪する。
程なくして想次郎たち後発隊の出発時間になる。
各パーティに固まって順番に、三方向へ展開するようだった。想次郎たち一行は北西方向へ進むこととなる。
「まあ、どうなるかわかりませんが、とにかく行きましょう」
「そうですね」
エルミナに言われて、想次郎は気合を入れ直し、四人はドラゴン討伐へと向かった。
街が遠ざかるにつれて次第に木々の緑は少なくなり、乾いた砂と固そうな草の生える荒野へと風景は変貌していった。
出発から一時間程歩き続けているが、ドラゴンに遭遇する気配はない。現実世界の想次郎の体力ならばすでにバテている頃だが、そこは流石は高レベルの能力を有しているといったところか、まだまだ余裕があった。
魔物であるナツメと、見るからに体力がありそうなシナリスの表情も全く疲弊した様子はなく、涼し気であった。
「平気ですか? エルミナさん」
「ええ」
仮面で表情が伺えないエルミナに想次郎が話し掛けると、短い返事だけが返ってくる。いつにも増して言葉数が少なかった。
四人は殆ど会話を交わさないまま、無言でただひたすらに先を目指した。
想次郎自身も元来あまり人付き合いが得意な方ではなかったが、さすがに息が詰まりそうであった。
相変わらず互いに敵対し険悪なシナリスとナツメ、そしてエルミナに至っては想次郎含め全方位へ棘がある。
ゲーム時においてオンラインでのプレイをしてこなかった想次郎にとって、奇しくもこれが初の複数名パーティ編成による討伐だ。しかし、想次郎にはこのメンバーが上手く連携が取る様子が全く想像できなかった。
そもそもこのメンバーは行き当たりばったりの寄せ集めも良い所だ。当然事前の演習も、作戦会議もしていない。互いにどんな能力があるのかもよくわかっていない。それで本当にパーティとして成り立つのか、今になって不安が込み上げる想次郎。加えて当初から抱えていたドラゴンという魔物への恐怖心も相まって想次郎に重くのしかかった。
ふと、現実世界の小説で「追放モノ」というストーリー展開が人気で、一ジャンルを確立していたことを思い出す。
(僕ならこんなパーティ、追放される以前に自分から失踪しちゃうかも……)
「パーティっていうと……なんか本当にRPGっぽいな」
良くないことばかり考えてしまっていた想次郎は、他のことを考えて気を紛らわせようとする。
「パーティ名とか……決めた方が良いかな……」
独り言を漏らしながら、考え事で遅れかけていた想次郎を置いて行く形で先を進む三人の背へ順々に視線を向ける。アンデッドの女性二人と金欲に塗れた人間の男が一人。
(えっと、
「チーム亡者……なんちゃって……」
想次郎は自身の戯言にクスクスと笑い声を上げた。
「こんな大事な時にもいやらしい妄想ですか? 自重してください」
後ろにいた為気付かれないと思った想次郎だが、気が付けば三人が振り返って一人でにやける想次郎の方を見ていた。
エルミナの辛辣な言葉が想次郎の心に刺さる。
「お前、ホントに変態だな。まあ、魔物女好きってとこで薄々気付いてたけどよ」
次いでシナリスの言葉が心に刺さる。
「想次郎…………」
ナツメはただただ心配そうな表情で目を細める。
「せめて何か言ってよ!」
ナツメの言葉ではない何かが想次郎の心に刺さった。
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【魔法】
土属性C2:ヴェルム
装備武器に一定時間、土属性をエンチャントする。また、装備防具の防御性能を50%アップ。
その魔法は物質に力を付与するわけではなく、森羅万象に宿る神秘的な力を高める。土の強化魔術は錬金術の基礎になった魔術でもある。特に宝石の類には神秘的な力が多く宿るとされており、剣等の武器の装飾に使用されるのは力の誇示以外にそういった意味合いもあった。
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