第69話

 それは抜刀の瞬間を気取られずに相手を切る想次郎の剣技。


 想次郎はシナリスの腕からカランビットナイフの刃を乱暴に抜くと、追撃を加えようと踏み込んだ。シナリスは避けようと後ろへ大きく飛び、距離を取る。が、しかし、シナリスが床に着地したかと思うと既に想次郎が目前にまで迫っていた。


「抜き足」


「な!? 速っ……!?」


 想次郎は素早くカランビットナイフを振りながらシナリスを縦横無尽に切りつけていく。シナリスは最早攻撃を防ぐことに専念するしかなかった。首や心臓といった急所への一撃を何とか防ぎながらも腕や足、脇腹が想次郎の操る刃によって次々と切り裂かれていく。


 そうしてとうとうその場に膝を付くシナリス。


「はぁっはぁっ……」


 シナリスには既に剣を握る力すら残されていなかった。目の前で刃を向ける表情の無い想次郎を見上げ、何かを諦めたかのように自嘲を含んだ笑みを浮かべる。


「レベルは僕の方が遥かに上なんですよ? あなたに勝てるわけないじゃないですか」


「はぁっはぁっ……」


 シナリスは何も応えず、ただただ想次郎に視線を向けながら肩を上下させ、荒い呼吸を繰り返すばかりであった。


 先程燃え移った壁の炎が勢いを増し、二人の姿を煌々と照らし出す。


 想次郎はカランビットナイフを腰へ収めると、徐に自身の右手の平をシナリスの眼前にかざした。


「見たいって言ってましたよね。火の玉」


 想次郎は至近距離の顔面目掛け、炎の魔法を放つつもりだ。魔物が瞬時に灰と化す想次郎の炎魔法。当然人がまともに受ければ助からない。


 シナリスはその間も決して視線を背けず、眼前に突き出された指の隙間から見える自身に引導を渡そうとする少年の顔を、その目に焼き付けていた。


「終わりです」


 想次郎が手に魔力を込め、炎魔法の名を口にしようとしたその時である。何者かがその右腕を掴んだ。


「……?」


 少し間があって想次郎が視線を向けると、腕を掴んだのはエルミナであった。


「エルミナさん……」


「もう十分でしょう」


「でも、こいつはエルミナさんに――」


「もう十分だと言っているんです」


 深手を負っている筈のエルミナの手は殆ど力が入っておらず、今の想次郎ならば簡単に振り解ける。


「もうやめてください。お願いです」


 やはり深傷が身体に響くのか、エルミナは腕を掴んだまま辛そうな表情でその場で膝を付くと、懇願するように想次郎へ訴えた。


 想次郎はシナリスの方へ視線を戻し、もう一度腕に縋るエルミナの目を見て、それからゆっくりとその腕を下した。


「あ…………」


 ちょうど指輪の効力が切れたのか、想次郎に本来の感覚が戻り始める。


 心拍数が上がり始め、血流が激しく巡っているにも関わらず、首筋からはさーっと血の気が引くような、まるで矛盾する感覚。


 少し遅れて額から大量の汗が流れ始める。


「ああああ、あの……僕…………」


 想次郎は目の前で死にかけている血まみれの男と深手を負ったエルミナを交互に見ながら、急に酷く狼狽え始める。


「ぼ、僕……どうしたら……」


「そうですね……」


 想次郎の言葉を受けてエルミナは簡潔に答える。


「まずは急いでここから出ましょうか」


 壁に燃え移っていた炎は気が付けば天井まで達しており、元々朽ちかけていた天井の梁の一部が崩れ、炎を纏って想次郎たちのすぐ真横に落ちた。


「このままでは全員死にます。まあ、わたしは既に死んでますけど」


「そうですね!」


 急を要する為彼女のブラックジョークの方には特に触れず、想次郎は賛成する。


「わたしは何とか歩けますから、あなたはその男を」


「わ、わかりました! …………で、でも! エルミナさんは本当に大丈夫ですか?」


「相変わらずくどいです。アンデッド特有の再生能力で歩けるくらいには回復しています。我ながら恐ろしい身体です」


 想次郎はシナリスの腕を肩に掛かえ、エルミナの手を引き、共に急いで建物の外へ避難した。


 外へ出て建物を離れると、それを見計らったかのように、轟音と火の粉をまき散らしながら建物は倒壊した。


「幸い近くに燃え移りそうな他の建物はないようですし、大丈夫でしょう」


「ですかね……。放火の罪とかに問われないかな……」


 シナリスを地面に下しながら燃える建物の残骸を眺め、遠くを見るような表情をする想次郎。


「まあ、何とかなるでしょう。最悪今抱えてる借金も含めて逃げてしまえば良いんです」


「エルミナさんって意外と頼もしいです」


「気が付いたら魔物になっている経験をしたくらいですから。もうちょっとやそっとのことでは驚きに値しませんよ」


「なるほど……」


 二人は火事に気付いた人間が集まって来る前にと、その場を後にした。


 シナリスはそのまま廃墟に寝かせたままにした。しかし傷の所為でそのまま力尽きてしまうことを懸念し、想次郎は念の為彼に回復薬を飲ませておいた。







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【魔法】

風属性C4:レヴ・テンペスタ

対象一体へ風属性特大ダメージを与える。

天を衝く大樹に住まう大鷲よ。九つの世界を見渡す監視者よ。地に降りてその両翼をはためかせよ。

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