第67話

「相変わらずのその速さは大したもんだが、攻撃の瞬間、てめぇは動きが鈍る。決闘場ん時はあくまでもヤラセが当初の予定だったからな。本気じゃねぇだけかもとも思ったが、今ので確信した。てめぇは明らかに勝負を舐めてやがる」


「そんな……ことは……」


 頭では否定しながらも、想次郎は言われて改めて自覚する。人間を切ることへの躊躇い。この期に及んでまだ自身にその覚悟がないことを。


 心当たりがあるだけに言い返せない。


(彼女にあんなことをされても、僕はまだこうなのか……)


 想次郎は言い返せない代わりに、奥歯をさらに強く噛んだ。


「おらどうした挑戦者。ご丁寧にも失敗をやり直させてやるってんだ、示し合わせ通り勝者を演じてみせろ」


 シナリスは手にしていた剣を床に突き刺すと、丸腰のまま両手を広げて想次郎に近付く。


「おらぁっ!」


「がはっ!」


 そしてそのまま想次郎の腹を蹴り上げた。僅かに宙へ浮かび、そのまま床に落ちる想次郎の身体。小さく蹲り、血の混じった胃液を吐いた。


「おらおら!」


 シナリスはなおも攻撃を止めない。髪を掴んで無理矢理立たせると想次郎の腹に顔面に、拳を打ち込んでいく。


 反撃できないまま好き放題に殴られ続ける想次郎。


 その様を虚ろな眼差しで見守ることしかできないエルミナ。


「あが……」


 ようやくシナリスの猛攻は止まる。想次郎は再び床で蹲ると呻き声を漏らした。


「ふん……」


 そんな想次郎の様子を見てシナリスはつまらなそうに鼻を鳴らす。


「しっかし、アンデッドの女か……」


 苦しみに喘ぐ想次郎を尻目に、シナリスは再びエルミナの方へ視線を向ける。


「気味わりぃな。まあ、殺されかけながら手ぇ抜いてるてめぇも大概だが。とんだ変人もいたものだ」


 表情に変化はないが、「気味が悪い」という言葉を聞いた瞬間、微かにエルミナの肩が震えたのを想次郎は見逃さなかった。


 常に冷淡で表では一切そういった素振りを見せないが、アンデッドであろうと、人間の心と記憶を取り戻した今、彼女は生前とは変わり果ててしまった自身の姿に苦悩している。


 今日だってそのことを気にしていた。


 今までずっと、彼女はそのことに強く苛まれながら冷静を装って過ごしていた。人間には戻れない魔物の身体。家族も村の仲間も失い、自分一人が魔物として、忌み嫌われる化け物として存在している。そのことに自分一人で抱え込み、苦しんでいる。


「……して……ください……」


 想次郎は声を振り絞る。震える手を床に付き、身体を支えながら何とか起き上がる。


「あ?」


「取り消してください……」


 そう言って、シナリスを睨み付けた。


「ははっ! 聞こえねぇなぁ! 死にぞこない」


「取り消せぇっ!」


 想次郎は立ち上がると拳を振り上げ、シナリスに向かって飛び掛かった。


 放たれた想次郎の拳はシナリスの頬に食い込む。足をよろめかせながらもシナリスは踏み止まり、想次郎を殴り返す。


「おら! どうした!」


 しばし両者の殴り合いが続く。


 本来ならば想次郎に分があると思われる正面切っての殴り合いだが、実はそうではなかった。


 決闘場での折、極度の緊張の最中であった為、想次郎の記憶は曖昧になってしまっているが、シナリスは物理耐性というパッシブスキルを会得している。殴打のような単純な物理攻撃に強い頑強さが備わっていた。加えて想次郎は既にかなりのダメージを追って満身創痍の状態である。


 殴り合いが続くにつれて想次郎の動きが徐々に鈍くなっていく。腫れた瞼の所為で視界も朧気だ。


「おらっ!」


 シナリスの渾身の拳が顔面を捉え、再び吹っ飛ばされる想次郎。


 転げた衝撃で革のポーチが千切れ、中身を振り撒きながら床に散らばった。


「てめぇにはがっかりだぜ。ムカつきついでにそこの化けもんは俺が退治していってやる。アンデッドは頭潰さねぇとダメなんだっけか? 舐めるのが大好きなてめぇはそこで床でも舐めてろや」


 そう言ってシナリスは先程床に突き刺しておいたバスタードソードを抜き、威嚇するように一度空を切った。


「や……め……」


 想次郎は床を這いながら何とかエルミナの元へ向かおうとする。


 しかし無情にも、シナリスは想次郎よりも先にエルミナの目前へ辿り着き、剣を構えた。


「…………」


 エルミナの赤い瞳に映る、自身に向けられた白銀の刀身。それでもなお彼女は表情一つ変えず、しかし何かを覚悟したかのように唇を真一文字に結ぶと、そっと両眼を閉じた。


「やめ……て……」


 床を這う想次郎。


 その彼の指先に何かがあたる感触があった。


 黄金色の宝石。


 焚火の明かりで燃えるように揺らめく輝きを放っている。それは回復薬と解毒薬の他に唯一想次郎がポーチ入れていた初期アイテム。〝女神の贈り物〟。


「助けて……」


 想次郎は縋るようにその宝石へ手を伸ばす。それが何かを思い出せないまま。


「助けて……神様……。僕に彼女を守る力を……」


 そしてその石を手の中に握り込むともう一度強く願った。


「神様どうか! お願いします!」


 すると想次郎の手の中から眩い光が迸った。








------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【魔法】

火属性C4:ケオ・エルツオン

対象一体へ火属性特大ダメージを与える。

大地に眠る穢れ無き炎よ。未だ見ぬ真なる炎よ。その焦熱を以て悪しき者を、その身に纏う虚妄諸共一切を焼き尽くし賜へ。


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